モブなのに巻き込まれています ~王子の胃袋を掴んだらしい~

ミズメ

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番外編置き場

守りたい風景

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○イザル視点
○本編から7年後の公爵領です
 ※2回りくらいの年の差の話がありますので苦手な方は薄目で見てくださいm(._.)m


ーーーーーーーーーー


 トントントン、と小気味いい包丁の音がする。
 鉄板の前に立っていた俺は、振り返って真剣な眼差しでまな板に向かうミラちゃんを見遣った。

「ミラちゃん、あんまり無理しない方がいいんじゃない? お嬢様のお世話で疲れてるだろ」

 初めて出会った頃から十数年。少女だった彼女は随分と大人になり、そして母になった。

 声をかけると、その音がやんだ。
 顔を上げた彼女は、俺を見てにこりと微笑む。


「それが……アトリアの世話をしていたら、一緒に寝ちゃってて、寝過ぎちゃったくらいなんです。日中は皆んなが面倒を見てくれるし、とても楽なんですよ」
「アトリア様、元気だもんねぇ」

 アトリアというのは、レグルス殿下とミラちゃんの間に産まれた女の子だ。柔らかな茶髪は母譲り、紫混じりの青い瞳は父譲りのとても可愛らしい女の子。
 今はもう3歳になるだろうか。

「そういえば、今日も来るって言っていましたよ。ふふ、リアはイザルさんが大好きだから」

 ミラちゃんが公爵夫人となるために公爵領に移住する事になった時、俺は一も二もなくついていく事を申し出た。

 アナベル様と結婚し、先にこの公爵領にいたシリウスには大分怪しまれた……というか念を押されたことを今も良く覚えている。当然俺の気持ちを知ってのことだ。

 ひとつ歳上であり、旧知の仲であるシリウスとはその後飲みに行って大いに語り合った。
 あいつがアナベル様の事を好いていたという事は全くもって知らなかったが、その辺のことも根掘り葉掘り聞いておいた。
 実は酒に弱いあの騎士は、少し飲んだだけで上機嫌になってよく喋るのだ。それだけ俺に気を許してくれているということだろう。

 公爵邸から少し離れたところに位置する別邸に酔っ払いのシリウスを送り届けると、奴は出迎えたアナベル様に笑顔で抱きついていた。わたわたと戸惑っているアナベル様に、お邪魔虫の俺はひらひら手を振って退散した訳だが……いやまあ、めっちゃ羨ましかったけどね!

「ははっ、そうなんだね~。だったらアトリア様用に、ウインナー入りのたこ焼きを作ろうかなぁ」
「わあ、喜びますよ」

 その時の事を思い出してシリウスへの羨望が蘇ってしまったが、俺はその事を顔には出さずにミラちゃんとの会話を続行することにした。

 公爵夫人となっても、ミラちゃんの内面は変わらない。
 それが嬉しい。それに、俺が懸念していたよりも、レグルス殿下を始めとした彼女を護る者たちの結束は強く、思ったよりも彼女に対する社交界での風当たりは強くない。

 王太子妃に、宰相夫人、それに名だたる貴族たちは彼女の味方だ。これまで彼女が着々と作り上げた人脈は彼女を護る盾となっている。

 俺はあの時、ミラちゃんに対して"連れて逃げる"と大層な事を言ったが、彼女の事を1番甘く見ていたのは他でもない自身だったと反省しきりだ。

 ミラちゃんは逃げる事を望まないだろう。あれは完全に、俺のエゴだった。

「はあ……」
「イザルさん、どうかしましたか?」
「ううん。過去の自分をぶっ飛ばしたい気分なだけ。若気の至り、っつってもあの頃の俺もいい大人だったっつーのに……あ、なんか消えたくなってきた」
「イザルさん⁉︎」

 今さら恥ずかしくなってきた俺は、その場にしゃがみ込んで顔を伏せてしまった。
 ――ミラちゃんのことを好きだったのは事実で、守りたかったのも事実。それは否定したくないからいいんだけど……いいんだけどさあ。

「おかーさま! いじゃる!」

 過去を思い出しながら悶絶していると、鈴のように可愛らしい声が聞こえてきて、俺の身体には優しい衝撃があった。

 顔を上げると、ふくふくとした丸いほっぺが可愛らしい少女がそこにいる。

「いじゃる、ないてるの? おかーさまにいじわるされた? リアが、めっ、てしておくわ」
「あらあら」

 俺の顔を覗き込みながら心配そうに頭を撫でてくれるのはアトリア様だった。天使すぎて本当に泣いてしまいそうだ。

「もう、リアってば最後に走るんだもの」
「ミラ様、お邪魔します」

 アトリア様に続いて食堂に入って来たのはアナベル様とシリウスだ。彼らがアトリア様をここまで連れて来てくれたのだろう。

「リアはイザルさんに優しいのね」
「うん。だってリア、いじゃるとけっこんするもの」
「わぁ~こんなおじさんに……ううっ、お嬢様ありがとうございます。心が浄化されます……よしっ、早速ウインナーたこ焼きを作りますね!」
「うん! まってるわ」

 落ち込んでいた俺は、アトリア様に癒されてとても元気になった。
 悔やんでいても仕方がない。あの時の俺の精一杯だったと思って受け止めてあげよう。

 今はもう、ミラちゃんへの気持ちは恋愛的なそれではない。毎日仲良くしている夫婦を見ていると、そんな気持ちはとうの昔に昇華してしまった。

「……はい、焼けましたよ~。お嬢様、熱いから気をつけてくださいね」
「いじゃる、ありがとう! だいすき!」
「ありがとうございます。俺もアトリア様の事大好きですよ~」

 にこにこ笑顔のアトリア様に、俺はそう応える。
 ミラちゃんもアナベル様も笑っていて、シリウスはやれやれと言った表情だ。

 俺は俺のために、大好きなこの風景を守りたいと思う。ずっと続いて欲しい幸せな景色が、ここにはあるのだ。




 ――それから10年後。

「ねえイザル、あなた昔私のプロポーズを受けたわよね?」
「……へっ? あ、あの時の。いやーあの時のお嬢様はとても可愛らしかったですね」
「良かったわ、覚えていたのね。という事で、後々責任取ってもらうわ!」
「は? いやいやいやアトリア様、俺はもう結構おじさんですからね。流石にそれは色々不味いかと……」
「ふふっ、イザルは昔から変わらずとっても素敵よ。ずーっと大好きなの。私、絶対に諦めないから!」

 紫の瞳をすうっと細めて、アトリアはにっこりと笑う。
 その表情が獲物を見つけた肉食獣のようで、イザルは年甲斐もなく背筋がぞくりとした。

 彼女の後ろに見える公爵レグルス公爵夫人ミラに視線を向けるが、彼らは既に説き伏せられたらしく、疲れた顔で首を横に振っている。

「え、えーと。ほら、俺なんかよりもっと素敵な人はいっぱいいると思いますよ。シリウスの息子とか、王都にいけば王子も宰相子息も同年代でしょう」
「いいえ。私はイザルがいいの」
「えぇ~……本当ですか……」
「ええ、本当よ」


 まさかこうして本当の親子以上に歳の離れた少女に熱烈に追いかけ回されることになるなど、かつてのイザルは全く想像出来なかった。

 来月学園に入学すれば、先述した同世代の貴族子息たちとの触れ合いで自分への恋心に似た気持ちは無くなるだろうーーその見通しが甘かったことを、後々イザルはまた思い知ることになるのだった。




ーーーーーーーーーー
お読みいただきありがとうございます。
わちゃわちゃの港町回。アトリアは肉食女子。
王族の皆様は執着心が強いのでね、、イザルがどうなったかは想像に難くないです。
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