モブなのに巻き込まれています ~王子の胃袋を掴んだらしい~

ミズメ

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1巻

1-3

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 なるほど。弟さんは、お兄さんから背徳はいとくの夜食、温玉おんたま釜玉かまたまうどんの話を聞いて、自分も食べたくなったみたいだ。すぐにでも用意したいところだけど、ひとつだけ問題がある。

釜玉かまたまうどんはまだメニューには載せていなくて、これから夜のメニューに追加する予定です。それで、今は卵がないから、作れないんです」
「そうか……」

 弟さんの声が、弱々しくなる。実際、とても残念そうな顔をしている。
 そんなに食べたかったのだろうか。
 だが生憎あいにく、今は新鮮な卵のストックがない。朝になればにわとりさんが卵を産んでいるかもしれないけれど……
 お兄さんは、私にぺこりと頭を下げた。

「無理を言ってしまって申し訳ありません。仕方がありませんね。レオ、部屋に戻りましょう」
「……ああ」

 くるりと向きを変えてふたりが立ち去ろうとする。その背中には、哀愁あいしゅうのようなものがただよっていた。

「あの!」

 私は、そんなふたりをついつい呼び止めてしまう。
 何より、腹ぺこな人をそのまま部屋に戻すわけにはいかない。

「ちょっと、座って待っていてくれませんか? 何か作ってお持ちします。卵はないですけど、うどんはいっぱいありますから!」

 精一杯の笑顔を作って「こちらにどうぞ!」となかば強引に席に案内したあと、私は急いで厨房へと駆けた。
 でためん、切ったお野菜、ベーコン、胡麻ごま
 食材を準備して、調理台に並べる。

「ミラ、ほらこれ。量は多くないが、以前試しに仕入れたものだ」

 お父さんから受け取った小瓶こびんに入っているのは、茶色がかったとろりとした液体。
 ふたを開けてにおいをぐと、胡麻ごまこうばしい香りがする。
 やっぱり、を作るときは、胡麻ごまあぶらのほうが美味おいしいもんね。
 お父さんが厨房にいるのだから、彼らの分のお夜食を作ってもらうこともできたけど、私は自分で作りたかった。だから、お父さんにお願いして作らせてもらうことにした。
 卵がない上に、いつものスープもこれから仕込むところだから、まだできていない。
 スープを使わないとなると、私の頭に浮かんだうどんのレシピはひとつだった。
 火にかけた鉄のフライパンに胡麻ごまあぶらとベーコンを入れると、じゅう、と小気味よい音がした。
 ベーコンの脂身あぶらみがふつふつと動き出したところで野菜を投入し、美味おいしい塩味えんみあぶらをしっかりとまとわせる。すでにこの時点で、食欲をそそるいい香りだ。

「ほう。うどんをいためるのか? うどんはスープに入れて食べるもの、という先入観があったが、確かにパスタもいためることがあるなぁ」
「でしょう? うどんもいためたら美味おいしいと思うの!」

 感心してのぞんでくるお父さんに、私は得意げに言う。

「まあミラ、すごいわ」

 お母さんも、優しくめてくれた。
 踏み台に乗って料理を作る私を、両親は後ろから見守ってくれる。
 その温かい視線を感じながら、私は野菜に火が通ったところでめんを入れ、手早く混ぜる。
 そこに醤油しょうゆを回しかけると、鍋肌にあたったところがじゅうじゅうとげ、一気に醤油しょうゆこうばしい香りが広がった。

「……最後に胡麻ごまをかけて、と」

 本当は鰹節かつおぶしをふわりとのせて、熱気に踊る様子を楽しみたいのだけど、この世界でそれは見たことがない。今度探すことにしよう。
 とにかく今は、この出来立ての焼きうどんを、あの腹ぺこ兄弟に届けるのが優先だ。
 出来立て熱々の焼きうどんを急いで運ぼうと思ったら、大皿をお母さんが持ってくれた。私はお母さんの後ろから、取り皿やお水などを持っていくことにする。
 食堂に足を踏み入れた瞬間、腹ぺこ兄弟の視線が私に――というよりは、山盛りのうどんに集まるのを感じる。お母さんがテーブルの上に焼きうどんを置いたとき、ゴクリとつばを呑む音が聞こえた。

「さあ召し上がってください。特製の……あらミラ、これはなんていうお料理?」
「焼きうどんだよ」

 腹ぺこふたりに取り皿を配膳はいぜんしながら、お母さんの問いに答える。
 お母さんはにっこり笑って、兄弟のほうに向き直った。

「そうそう、特製の焼きうどんです。どうぞ」
「やきうどん……」
「……さっきからしていたいい香りの正体はこれだったんですね。では、いただきます」

 焼きうどんの名前を復唱するフードの弟さんを横目に、先にお兄さんがうどんにはしをつける。
 彼はうどんの山から取り皿に少しめんを移したあと、パクリと口に運んだ。

「……! 美味おいしいです! レオ、レオも食べてみてください」

 慎重にうどんを食べ始めたお兄さんは、驚いた表情をしたあと、急いで弟さんの分を小皿に取り分けて手渡す。
 弟さんはその皿を受け取り、お兄さんと同じく、恐る恐るといった表情でうどんを口に入れた。そして何度か咀嚼そしゃくしたあと、お兄さんと同じく目をみはる。

美味おいしい……!」


 そう小さく呟くと、彼はまたひと口食べる。
 もぐもぐと頬張ほおばって呑み込むと、無言でまた次のひと口。
 お兄さんも遠慮がちではあるけれど、また少し自分の取り皿に焼きうどんをのせたようだった。
 ふたりの様子を見て、私は嬉しくなる。

「お口に合ったみたいで、よかったです。では、ごゆっくりどうぞ」
「食べ終わったら教えてくださいね」

 夢中で焼きうどんを食べるふたりに、そう言ったお母さんと一緒に頭を下げて、私たちは厨房へと引っ込む。あのペースだと、すぐに食べ終わったという合図がありそうだ。
 厨房に戻った私は、お父さんとお母さんと三人で、残しておいた焼きうどんを味見することにした。こうばしい醤油しょうゆ風味ふうみとベーコンの塩気、めんのもちもち食感をみんなで楽しむ。
 そして十数分後、からっぽの大皿と取り皿、コップを持って、お兄さんが厨房の中に声をかけてきた。

「ご馳走ちそうさまでした。一気に食べてしまいました」

 思ったよりも、ずっと食べ終わるのが早かった。
 スープで食べるうどんとはまた違って、焼きうどんにはこうばしさという武器があり、それがまたあとを引く。きっと、その魅力にあらがえなかったのだろう。わかるわかる。
 私は腹ぺこ兄がお母さんに食器を渡すところを見ながら、腕組みをしてふむふむと頷く。すると、お母さんと何やら話していたお兄さんは、ふいに私のほうを見た。
 意味深なその眼差まなざしと、私の視線が交差する。

「これを作ったのは、お嬢さんなんですよね?」
「あ、はい。一応……」
「昨日のたまごのうどんもですよね?」
「……そうです」

 よくわからないまま、お兄さんの質問に答えると、彼は優しい微笑みを浮かべた。

「とても料理がお上手なんですね。シェフのお名前を伺ってもよろしいでしょうか」

 その言葉を聞いて、私はお兄さんの前へと足を進める。

「ミラといいます」
「ミラさん……。君はきっと将来、素晴らしいシェフになれますね。今日のうどんも、とても美味おいしかったです」

 背の高いお兄さんが、ひざを曲げて私に視線を合わせてくれる。
 薄暗い食堂とは違って明るい厨房にいる今、笑顔のお兄さんはとてもカッコいいことがわかった。
 そんな人にめられると、なんだかむずがゆい。
 年甲斐としがいもなく、いやまあ、外見の年齢的にはいいのだろうけど、テレテレと照れてしまう。

「あの……」

 私が内心身悶みもだえていると、お兄さんの後ろからフードの弟さんがひょこりと顔を出した。

「ミラ、ありがとう。やきうどん、初めて食べたけど、すごく美味おいしかった」
「よかったです。今度はたまごのうどんも用意しておきます。明日はきっと卵があるので」

 そう言ったあとにお父さんのほうをちらりと見ると大きく頷いていたので、大丈夫ということだろう。宿泊者限定、温玉おんたま釜玉かまたまうどんは明日の夜から始まるようだ。

「本当か! やきうどん、美味おいしかったけど、やっぱりたまごのほうも気になってたんだ! ありがとう、ミラ!」

 弟さんはフードをかぶったままだったが、キラキラとした笑顔はしっかり見えた。
 私の料理でこんなに喜んでくれるのなら、絶対にたまごのうどんを食べてもらいたい。
 ――そうして翌日の夕方、明らかにうきうきとした様子でお兄さんと共に食堂に来た弟さんは、念願の温玉おんたま釜玉かまたまうどんを口にした。
 配膳はいぜんの手伝いをしていた私は、彼が焼きうどんのときと同じように美味おいしさに感動している様子を見て、思わず笑顔になったのだった。



   二 ヒロインにも事情がある


 温玉おんたま釜玉かまたまうどんがメニューの仲間入りを果たしてから、しばらく経ったある日。
「お手伝いもいいけれど、たまには遊んでおいで」とお母さんに言われた私は、今日は教会に遊びに来ていた。正確には、教会に併設された孤児院で、スピカの住まいでもある。
 孤児院を訪ねると、早速さっそくスピカが出迎えてくれた。

「あれ、ミラ? 珍しいね。食堂は休み?」
「おはよう、スピカ。今日は私だけお休みをもらったの。ちょっと調べたいこともあったし」
「ふうん?」

 不思議そうな顔のスピカに中に入れてもらって、他の子供たちにも挨拶あいさつをしたあと、私は本棚ほんだなへと向かった。

「え、なになに? 勉強するの?」

 驚いたような声をあげるスピカに、私は答える。

「うーん。ちょっとこの世界のことを知りたくて」

 先日、約束どおりお母さんに見せてもらった地図は、私がイメージしていた日本地図や世界地図とはまるで違っていた。
 簡素な図形の上にこの町が黒の点で示され、そこを起点として東西南北の街道が簡単な線でしるされているだけだった。勿論もちろん、地形なんてものはわからず、『港町方面』とか『山』とか、そんな単語しか書かれていない。どのくらいの距離があるのかはわからないが、とりあえずこの町から東の街道に沿って行くと、王都に着くらしい。
 他に何かこの国のことがわかるものがないかを探しに来てみたのだが、本棚ほんだなには子供向けの絵本ばかりが並べられ、それらしい本はない。
 この小さな町には図書館のような施設もないし、各家庭に本があることはまれだろう。
 この町では勉強をする子供はほとんどおらず、みんな家の手伝いをしているから。
 探している本があるとしたら教会くらいだろうと思っていたのだが、完全に当てが外れてしまった。
 街道の休憩地点であるこの町は、それなりに旅人は来るし、物資も足りている。学校はないけど多くの商人や旅人たちと交流があるからか、識字率は低くないようなのに。
 私は、この世界のことをもっと知りたい。それで、いろんなものを作りたいのだ。

「……なんかミラって、昔から真面目だよね。前世のこと思い出したのって、この前なんでしょ? だけどあんまり変わんないんだね」

 私の隣で一緒になって本をめくりながら、スピカは頬杖ほおづえをついてそう呟く。
 そっか、私はこの前のスピカの発言のおかげで前世のことを思い出したけど、スピカは違うのか。

「そういえば、スピカはいつから記憶があるの?」

 軽い気持ちで問いかけたが、スピカの表情は悲しげなものに変わる。

「……お母さんが死んだときだから、三年前くらい」
「そっか。ごめん、無神経だったね」

 三年前といえば、私たちはまだ五歳。両親が健在で、今も帰る家があって、素朴そぼくながらも温かい家庭で育った私とは違って、スピカはそのときから独りなのだ。
 申し訳ない気持ちになって謝る私に、スピカはふるふると首を横に振った。

「ううん。お母さんが死んだことはショックだったけど、乙女ゲームのことを思い出せたから、よかったの。だって、この先天涯孤独てんがいこどくだと思いながら暮らすことに比べたら、あとでお父さんが迎えに来て、楽しくて幸せになれる学園生活が送れると知れて、気が楽だったし」
「スピカ……」
「だって、ゆくゆくは王子様とだって出会えるんだよ? それに……お母さん以外にも本当の家族がいるって、まだわたしにはお父さんがいるって知ってたから、乗り越えられた」

 淡々と話すスピカに、私は悲しいような切ないような、複雑な気持ちになった。

(……だからスピカは、乙女ゲームの展開を信じているのか)

 それが、ヒロインに転生したスピカにとっての生きる希望で、かてなのだ。
 私たちが暮らしていた現代社会に比べたら、いくら本当の中世ではない乙女ゲームの世界といっても、生活水準はかなり落ちる。
 よくある悪役令嬢のように高位貴族に転生したならば少し違うのかもしれないが、便利な現代の記憶があるまま、この小さな町の小さな孤児院で暮らすことになったら、どうだろう。
 わらにもすがる思いで、将来ここから救い出してくれる人を待つだろう。
 それが、スピカにとっては十歳でお迎えに来てくれる伯爵家の使いであり、学園で出会う攻略対象者たちなのだ。この町でのスピカの振る舞いがこれまで高慢こうまんだったのも、『知っていた』からなのだと、唐突に理解した。
 スピカはずっと知っていたんだ。いずれここを出ていって、二度と戻らないことを。

「――あ、でも」

 パラパラと本をめくっていたスピカがふいに顔を上げる。
 彼女はなんと声をかけていいかわからずにいた私を見て、花がほころぶようにふわりと笑った。

「前はただ早く十歳になれって、そればっかりだったけど、ミラと過ごすようになってからは楽しい」
「スピカ……」

 思わず感極まった私に、スピカはさらに続ける。

「わたしのことをちゃんと見てくれるし、怒ってくれるし。お姉ちゃんができたみたい」
「そういうことなら……私のこと、お姉ちゃんって呼んでくれてもいいんだよ?」

 私がそう言うと、スピカは勢いよく大声をあげる。

「呼ばないよ! 同い年なのに変に思われるじゃん! でも、ミラ……ありがとう」

 それだけ言うと、スピカは照れたようにぷいとそっぽを向いてしまった。
 なんだろう、可愛い。
 スピカはいろいろなことが重なって、少し視野が狭くなってしまってただけ。ゲームの展開に頼るのではなくみずからの考えで歩いていけるようになれば、破滅はめつてきな未来は訪れない。そんな気がする。
 現にスピカの態度は以前よりも丸くなり、彼女を毛嫌いしていた町の女の子たちは戸惑とまどっているようだ。スピカを崇拝すうはいしている男の子たちは……まあ男の子は放っておこう。最終的に大切なのは同性からの評価だと思う。
 ひとりで納得した私は、雑然と並ぶ本棚ほんだなから少しずつ本を取り出し、読書に没頭ぼっとうすることにした。


 それからしばらくふたりで本を探したが、私が知りたい情報はあまりなかった。
 まあでも、こんなにじっくり本を読むことはなかったから、字の勉強にはなった。
 だからかは知らないが、隣にいるスピカはぐったりしている。

「スピカ、この世界のことについて、ちょっと聞いてもいい?」
「いいよ。でも終わったらご飯食べたい」

 質問をすると、切実な言葉が返ってきた。一生いっしょう懸命けんめいに頑張ってくれたスピカは、お腹がいているらしい。確認し終わったら昼食作りのお手伝いに行かなくては。
 早くスピカにご飯を食べてもらうためにも、ぱぱっと聞いてしまおう。

「ここが乙女ゲームの世界、っていうのは間違いない?」
勿論もちろん! わたしの名前もそうだけど、ヒロインの幼少期と同じ顔だし、境遇も一緒だもん。町の名前も」

 スピカが自信満々に言い切るので、これは間違いないのだろう。

「じゃあさ、そのゲームの中に、食べものとかは出てきた? ここは魔法のある世界とかじゃないよね? 私も生まれてから、魔法は一度も見たことないし」
「食べものに注目してゲームやってなかったからわかんないけど……クッキーはあったって言ったよね。あ、あとはピクニック的なデートイベントがあったけど、サンドイッチみたいのが背景に映ってた。カップケーキみたいなやつとか。ゲームのシナリオに魔法はなくて、純粋な恋愛要素だけ」
「なるほど……。あ、海のシーンはなかった? 魚料理とかあった?」
「んー、港町にお忍びデートするイベントはあったけど、料理はどうだろ? でも海のそばなんだから、魚料理もあるんじゃない」
「そっか……!」

 一通りスピカの回答を聞いて、私は身を乗り出す。
 ゲーム内にも海がある町はやはり存在しているらしい。いつか絶対に行きたい。
 スピカが教えてくれたゲームの情報と私がこれまで暮らしてきた知識を合わせて、この世界のことを整理していく。
 この国は、うどんブームのおかげかはわからないけれど、小麦の製粉技術は進んでいるらしい。うちの地下室に氷室のようなものがあるから、冷凍も問題なさそうだ。
 電気やガスはないから、調理はかまどを使うのがメイン。うちは宿屋だから厨房が広くて、パン用のかまど以外にも火にかけられる場所があるけど、一般家庭ならもっと制限されるだろう。
 やっぱりこの国は、現代日本のように進歩しているところと、そうでないところがあって、どうもちぐはぐだ。
 乙女ゲーム自体が日本で開発されたからかもしれないけれど、もしかしたら、私たちのように前世の記憶を持つ人々がいて、持っている知識と技術で少しずつ進歩したのかもしれない。

(ああ、なんかこの世界のご飯の可能性は無限大な気がしてきた……! 王都に行ったら、どんな食材があるんだろう)

 私が知っているのは、あくまでこの小さな町のことだけだ。スピカが連れて行かれるであろう王都での暮らしは、もっと豊かなものなのだろう。お貴族様だし。
 スピカから得られた食材の情報に、私は思わずにまにましてしまった。すると私のワンピースのそでを、スピカが軽く引っ張る。

「ていうかミラって、乙女ゲームの攻略対象者がどんな感じとか、気にならないわけ? どんなイケメンが攻略対象者で、どう攻略するのかとか。さっきから食べもののことばっかりじゃん」
「え? ああ~うん、特には興味ないかな。二十年前にうどんを考案した第二王子には、会って話を聞いてみたい気はするけど」

 彼女を見ると、あきれたような顔で私を眺めていた。
 でも仕方がない。モブである私が気になるのは、今後一生出会わないであろうキラキラの攻略対象者のことよりも、食材のことなのだから。

「それよりやっぱり、王都とか港町の食材が気になるかなぁ。港町に行ったらさばとかあるかな? 私が知ってる限りではヨーロッパにもさばサンドの文化があったはずだから、あってもおかしくないと思うんだけど」
「ミラ、あんたね……」

 スピカがじとっと見つめてくるけれど、私は思考にふける。
 さばがあったら、まずは焼き魚かなあ。ああでも、ころもをつけて、フライにして、カリッとげちゃうのもいいよねぇ。焼き魚に大根おろしを添えて、それに味噌みそしるがあったら……うん、白いご飯が欲しくなる。
 だが生憎あいにく、白米は生まれてこの方見たことがない。
 もしかしたら王都に行けばあるかもしれない。
 きっと城下町の市場に行けば、この町よりもたくさんの食材が私を迎えてくれるだろう。
 さばから派生して、たくさんの食材に思いをせる私に見切りをつけたのか、スピカは黙って、広げた本の整理を始めている。
 スピカが乙女ゲームが大好きなのと同じように、私だってお菓子作りや料理全般が大好きなのだから、どうしても思考回路がそちら寄りになるのは許してほしい。

(……そんな私が異世界ものの小説を読み始めたのは、何がきっかけだったんだろう)

 たくさんの食材と便利道具に囲まれた豊かな前世では、今以上に料理に没頭ぼっとうしていたはずだ。それなのに、私がお菓子や料理以外に興味を持ったきっかけはなんだったのだろう。
 思い出そうとしても、そのあたりの記憶は相変わらずもやがかかったようにぼんやりとしている。
 パティシエとして生計を立てていたのなら、忙しい日々だったはずだ。どこで、私は……

「……ラ、ミラ!」
「……スピカ?」

 少し離れた位置で本の整理をしていたはずのスピカが、私の両肩を掴んでいた。
 いつの間に移動したんだろう。全く気がつかなかった。
 私がまだぼんやりしていると、スピカはそのまま私の肩を揺さぶる。

「なんなのよ、食べものの話しながらニマニマしてたかと思ったら、急に真顔になって黙り込んで……」
「あ……ごめん」
「呼んでもすぐ答えないし……どこか悪いのかと……! っ、ほら早くしてよ、お昼も何か作ってくれるんでしょう」

 スピカは私のことを心配してくれたようで、必死の形相ぎょうそうになっていた。けれど急に顔をそむけてスタスタと歩き出してしまう。
 だけど私には見えた。あちらを向く瞬間、ほんのり桃色に染まった彼女の頬が。

「ふふ、心配してくれてありがとう、スピカ! 今日はお母さんがたくさんパンを焼いてくれたから、うどんじゃなくてパンだけどいい?」

 彼女を追いかけながらそう言うと、少しけてから、「別にうどんだけが好きなわけじゃないし!」という元気な声が返ってきた。
 先を進むスピカを追いかけるようにして孤児院の厨房に着くと、すでにシスターたちが昼食の準備をしていた。
 大きな鍋が火にかけられている。きっと野菜スープか何かを作っているのだろう。
 教会への寄附金や支援物資で運営されているこの孤児院は、当然のことながらとても豊かな食生活ができているとは言えない。ただ、子供たちはえる心配をする必要はない。
 贅沢ぜいたくな暮らしはできなくても、今現在の安定した暮らしは保証されているのだ。

「ねえミラ、何を作るの?」

 お母さんから預けられたパンが入ったかごを持っている私に、スピカがそう問いかける。
 使える材料は限られているし、孤児院でも普段から作れるような、簡単なメニューがいいだろう。
 スープは出来上がっているようだから、工夫をするならパンのほう。となると……

「パン・コン・トマテって知ってる?」

 スピカに聞いてみると、「は? 何かの呪文じゅもん?」という、ある意味予想どおりの返事があった。首を傾げる彼女に、私はその料理の説明をする。


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