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538 剣を打ってみてくれ
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ベクロテに行った翌日。ルキアスはザネクとシャルウィが狩りをするのを横目に鋼材を一日『捏ね』続けた。
更にその翌日には三人で鍛冶工房へと行った。オープニングセレモニーも間近となった町は工事関係者以外の人通りも増えている。
「頼みがある。この鋼材を使って剣を打ってみてくれないか?」
ザネクは団子状に丸まった鋼材を取り出して見せる。
「これがあんたが欲しがった鋼材かも知れない」
「何だと!?」
鍛冶師は一瞬で色めき立つ。
「どこで手に入れた!?」
「待て待て、剣を打ってあんたが望んだものになったら出どころを教える。違ったら教える意味は無いだろ? ちょっと特殊なんで無闇に教えたくはないんだ」
「……いいだろう。その条件を受け入れる」
鍛冶師の決断は早かった。
「夕方にまた来てくれ。それまでに打つ」
どうやら予定を全てうっちゃって最優先にするようだ。
「来たな。裏庭に来てくれ」
三人が夕方に鍛冶工房を訪れると、直ぐに裏庭に通された。
「立ててあるのが預かった鋼材で打った剣だ。そして俺が持っているのがいつもの鋼材で打った剣だ」
鍛冶師は簡単に説明すると剣を構え、振り抜いた。
キンと甲高い音がして鍛冶師の持つ剣が折れた。
「見ての通り、この間の剣よりも強靱な剣になった。教えてくれ。あの剣に使った鋼材はどんな素性のものなんだ?」
ザネクとルキアスは顔を見合わせて頷き合った。約束だから話さない選択は無い。
「元はこれだ」
ザネクは『捏ね』られていない鋼材を取り出して見せる。ホームセンターでカットして貰ったままだから鍛冶師なら店売りの品だと一目で判るだろう。
「ホームセンターで買った炭素工具鋼だ。この塊一つで一万ダールしない値段だった」
「はあ? ちょ……」
鍛冶師の目が険しくなるのをザネクが手の平を突き出して抑える。
「これを、ルキアス」
「うん」
ルキアスが鋼材を受け取って『捏ね』る。鋼材があっと言う間にぐにゃぐにゃだ。
「はあああっ!?」
鍛冶師が素っ頓狂な声を上げた。ザネクの後ではシャルウィが両腕を擦っているが誰も気に留めない。
「『捏ね』たら鋼材がああなるんだ」
「鋼材を『捏ね』られる筈が……!」
「普通はそう考えるけどな、続ければ何でも『捏ね』られるようになるみたいなんだ」
「……」
「ただあまり大っぴらにはしたくないんで、他人に話さないでくれるとありがたい」
「判った」
「……鋼材を融通してくれとも言わないんだな?」
「見た目じゃ違いの判らない鋼材じゃ、仕入れようがないからな。よく判らない鋼材で剣を打っても店売りにできない。自力で調達できるようでなけりゃ使う意味は無いさ」
剣を打つ時の手応えは異なるが、打ってみなければ判らないのでは取り引きできるものではないと言う。例えばルキアスが手抜きをしないまでも勘違いで『捏ね』の甘い鋼材を納品してしまったとして、その『捏ね』の甘さを指摘された時、果たしてルキアスには言い掛かりをつけて鋼材をせしめようとしているのと区別が付くか。恐らくは無理だ。形があるものならまだ可能性があるが、『捏ね』た鋼材は不定形だから全く判別できない。すると信頼が一気に崩れるだろう。お互いの目のある取り引きの場で瑕疵を指摘できるなら信頼は崩れないが、一方の目の無い場所でしか瑕疵が判らなければどうにもならない。
こうして取り引きを続けられなくリスクを抱え込むよりも端から取り引きをしない方がお互いのためになる。
鍛冶師は肩を竦めて言うと、立てていた剣を万力から外す。
「この剣は貰ってくれ。情報をくれた礼だ」
「そう言うことなら貰っとくぜ」
ザネクはかなり凄い剣を手に入れた。但し刃は立っていない。
更にその翌日には三人で鍛冶工房へと行った。オープニングセレモニーも間近となった町は工事関係者以外の人通りも増えている。
「頼みがある。この鋼材を使って剣を打ってみてくれないか?」
ザネクは団子状に丸まった鋼材を取り出して見せる。
「これがあんたが欲しがった鋼材かも知れない」
「何だと!?」
鍛冶師は一瞬で色めき立つ。
「どこで手に入れた!?」
「待て待て、剣を打ってあんたが望んだものになったら出どころを教える。違ったら教える意味は無いだろ? ちょっと特殊なんで無闇に教えたくはないんだ」
「……いいだろう。その条件を受け入れる」
鍛冶師の決断は早かった。
「夕方にまた来てくれ。それまでに打つ」
どうやら予定を全てうっちゃって最優先にするようだ。
「来たな。裏庭に来てくれ」
三人が夕方に鍛冶工房を訪れると、直ぐに裏庭に通された。
「立ててあるのが預かった鋼材で打った剣だ。そして俺が持っているのがいつもの鋼材で打った剣だ」
鍛冶師は簡単に説明すると剣を構え、振り抜いた。
キンと甲高い音がして鍛冶師の持つ剣が折れた。
「見ての通り、この間の剣よりも強靱な剣になった。教えてくれ。あの剣に使った鋼材はどんな素性のものなんだ?」
ザネクとルキアスは顔を見合わせて頷き合った。約束だから話さない選択は無い。
「元はこれだ」
ザネクは『捏ね』られていない鋼材を取り出して見せる。ホームセンターでカットして貰ったままだから鍛冶師なら店売りの品だと一目で判るだろう。
「ホームセンターで買った炭素工具鋼だ。この塊一つで一万ダールしない値段だった」
「はあ? ちょ……」
鍛冶師の目が険しくなるのをザネクが手の平を突き出して抑える。
「これを、ルキアス」
「うん」
ルキアスが鋼材を受け取って『捏ね』る。鋼材があっと言う間にぐにゃぐにゃだ。
「はあああっ!?」
鍛冶師が素っ頓狂な声を上げた。ザネクの後ではシャルウィが両腕を擦っているが誰も気に留めない。
「『捏ね』たら鋼材がああなるんだ」
「鋼材を『捏ね』られる筈が……!」
「普通はそう考えるけどな、続ければ何でも『捏ね』られるようになるみたいなんだ」
「……」
「ただあまり大っぴらにはしたくないんで、他人に話さないでくれるとありがたい」
「判った」
「……鋼材を融通してくれとも言わないんだな?」
「見た目じゃ違いの判らない鋼材じゃ、仕入れようがないからな。よく判らない鋼材で剣を打っても店売りにできない。自力で調達できるようでなけりゃ使う意味は無いさ」
剣を打つ時の手応えは異なるが、打ってみなければ判らないのでは取り引きできるものではないと言う。例えばルキアスが手抜きをしないまでも勘違いで『捏ね』の甘い鋼材を納品してしまったとして、その『捏ね』の甘さを指摘された時、果たしてルキアスには言い掛かりをつけて鋼材をせしめようとしているのと区別が付くか。恐らくは無理だ。形があるものならまだ可能性があるが、『捏ね』た鋼材は不定形だから全く判別できない。すると信頼が一気に崩れるだろう。お互いの目のある取り引きの場で瑕疵を指摘できるなら信頼は崩れないが、一方の目の無い場所でしか瑕疵が判らなければどうにもならない。
こうして取り引きを続けられなくリスクを抱え込むよりも端から取り引きをしない方がお互いのためになる。
鍛冶師は肩を竦めて言うと、立てていた剣を万力から外す。
「この剣は貰ってくれ。情報をくれた礼だ」
「そう言うことなら貰っとくぜ」
ザネクはかなり凄い剣を手に入れた。但し刃は立っていない。
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