暗黒騎士は溺愛するのに名前は呼ばない?

甘糖めぐる

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後編 私と彼は

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 色んなものの名前が抜け落ちる。

 ひとり、月明かりの下、力なく座り込んだ彼女は震える自分を抱きしめる。

 ――私の、名前は、なんだっけ……?

 わからない。なにも。
 段々、頭がぼんやりとしてきて、自分自身が曖昧になっていくように感じる。

 ――誰か……助けて……。私、わたしの、なまえ……。そうだ、あの、一緒にいた人なら……なにか知ってるかも……。

 彼女は、なんとかして、彼のことを思い出そうとする。依然として記憶にモヤがかかったようだけれど、なんとなく、ひとつだけわかることがあった。

 ――いや、知らないかな……。たぶん、彼は、一度も……私の名前を、呼んだことが、ない。

 そう。きっと、そうなのだ。

 ――ああ、きっと、私と彼は。その程度の、なんでもない関係だったんだ……。

 そう思うと、なぜか、胸がきゅっと締め付けられた。

 徐々に“わからない”ことに対する恐怖心さえ薄らいでくる。

 ――ああ……なんだか、眠たくなって……きたな……。

 地面にうずくまって、目を閉じる。だって、眠たくなったから。人間は地べたで寝るものではないなんて、知らないから。自分が人間という生き物だなんて、知らないから。なんにも、わからないから。

 そして、意識を、手放す――









「リセナ!」

 はじめて、彼の声で、自分の名前を聞いた。

「――!」

 はっとして目を開けると、✕✕✕が珍しく張り詰めた表情でこちらを見下ろしていた。名前はまだ思い出せないけれど、自分を抱え起こしてくれているのが大切な人なのだということはわかる。

 互いに安堵したのもつかの間、そばにあった木が軋みをあげた。樹皮が、無数の人間の顔のように変形し、枝はムチのようにしなる。

 アレが全ての元凶なのだと、瞬時に判断して――彼は、最大出力の魔力で斬撃波を放った。

 闇の魔力が、たった一撃で、木に擬態した異星生物を粉々に破壊する。

 その瞬間、リセナは全てを思い出した。

 彼は、グレイ・ヴィア。魔王への復讐のために、魔力増幅アンプリフィエを利用しようと現れた青年で――それなのに、彼女が自ら協力を決めるまで、無理強いすることなく待ってくれていた優しい人。

「グレイ……!」

 再び静かになった森で、リセナは、彼の名を呼びながら駆け寄った。

 勢いよくぶつかる前に、グレイが鎧を解いて彼女を受け止める。その瞳は、先程までとは打って変わって、穏やかにリセナを見下ろしていた。

 ◆

 アリスターの森の異変は消え、今までの被害者も全員元通りになった。(どうにも、互いの名を呼び合いながら会話をするタイプの人たちはそこまで大事に至らなかったらしい)――という知らせをケット・シー経由で受けたのは、グレイが再び旅に出る日の朝だった。

 また自室のベッドの上で、後ろから抱え込まれているリセナが彼の腕をとんとんと叩く。

「あの、もう魔力は完全に回復してますよね? まだ出発しなくていいんですか?」
「……出て行けと言うのなら、そうする」
「いや、そういうわけじゃないけど……次の予定とかないんですか?」

 尋ねてみてから、リセナは愚問だったなと思う。グレイはクールで孤高みたいな雰囲気を醸し出しておきながら、実はかなりのマイペースなので、たぶん予定とかはない。

 グレイが腕の力を緩める。リセナはその隙にくるりと方向を変えると、彼を正面から見つめた。

 ――そんなの、もっと、いてほしいに決まってるのに。

 あわよくば、また、彼に名前を呼んでほしい。

 ――この前は、目を閉じてる時だったから。グレイがリセナって言ってるところ、見たいなあ……。

 彼の口元をじーっと見つめていると、ふと。グレイは彼女の頭を片手で抱くように支えて、そのまま――、唇同士を押し当てた。

「――!?」
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