大好きだけどお別れしましょう〈完結〉

ヘルベ

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5【カイル視点】

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 今逃げられたのか?
 目、合ったよな?
 さっきまでイーリィが居た場所を呆然と見つめていると、同僚に肩を叩かれた。

「さすがに別れた男と鉢合わせは気まずかったんだろうな。ほら、巡回に戻るぞ」
「は?なんつった?」

 意味の分からないことを言われ思わず聞き返すと、同僚こそ意味が分からないといった表情をしている。

「この間別れ話してただろ酒場で。俺以外にも見てた奴いるぞ」
「……なんだそれ、知らねえよ」
「え、何言ってんだよ…」

 お互いに混乱して、とりあえずこんな所で話す内容じゃないからと仕事終わりに酒場に寄って話すことにした。

 一日の業務が終わり次第、俺は矢も楯もたまらずまっすぐに指定の酒場に向かう。
 落ち着いて話すために壁際の端の席を取り、酒と軽くつまめそうなものを注文した所で同僚がやって来た。
 
「早いなカイル。待たせちまったか」
「いや、大丈夫だ。こっちこそくだらない事で時間を取らせて悪いな」
「くだらない、ね」

 頭を掻く仕草で勿体付ける同僚に焦れながら、途中で切った話の続きを促す。

「もう三か月くらい前か?この酒場でカイルと彼女で別れ話してただろ」
「……そんなもん記憶にねえぞ」
「そう言われちゃこっちも酒入ってたし、記憶違いかとも思ったんだが、その場にいた他の連中も現場を見たと言ってる。確認したいならしとけ」

 その目撃者の名前を何人か挙げられ、押し黙る。
 少しの沈黙の後、酒とつまみがテーブルに置かれた。
 なにかを誤魔化すようにその酒を呷る。

「手紙読みながら相手してたら怒ったって感じだったな。別れましょうって言われて、お前はうんだかんーだか返事してたような」

 じわ、と嫌な汗が背中を伝う。
 俺は必要な書類以外は滅多に読まない。あまり文字の読み書きが好きじゃないのだ。

 その俺が手紙を読んでたとなると心当たりが一つだけ。

 いいところのお嬢さんからのファンレターを隊長経由で渡され、応にしろ否にしろ必ず返事を書くように釘を刺され渋々読んでいたのがそれだ。

 それを面倒に思ってる所にイーリィにデートの催促をされ、面倒事が増えたと怠くなりながら仕事帰りに少し会う約束をしたことを芋づる式に思い出す。
 …本当に別れ話してたのに俺に記憶が無かっただけなのか。

「ま、良かったんじゃないか。お前彼女に押し負けて付き合ってたんだろ?」
「…まぁな」
「晴れて自由の身って訳だ。お前彼女が恋人になってからずっと不満そうだったしな。これからは押しかけ女房がいないんだし楽になるぞ」
「…………」

 好き勝手言いやがってと内心で悪態をついてから、しかし、と考え直す。
 イーリィ、というか恋人という存在が疎ましかったのは確かだし、それを態度に出していたのは自覚がある。

 母親が恋愛で身を持ち崩したのを見て育った俺は、愛だの恋だのに振り回されることに嫌悪感を抱いている。

 よくある話で、吟遊詩人に惚れた母は、貢ぐだけ貢いで捨てられた憐れな女だ。
 俺を生んだのも男を繋ぎとめるためで子供が欲しかった訳じゃない。

 そのせいかほとんど放置され、近所の助けを借りなんとか食いつないだ。
 母親は一日のほとんどをぼーっと呆けて過ごして、たまに喋ったかと思うと「あの人はどこなの?」とそればかり。
 たまに俺に目を向ける時は、その吟遊詩人に顔が似ているせいで代わりをさせられそうになる始末。

 恋愛感情に支配されると子供が居たとしても大人になれない、歳だけ取った未成熟な愚か者が出来上がるのだと思うと反吐が出るのだ。

 だから適当に娼館やその時口説いた女で性欲を発散させつつ自由に生きて来たのに、あいつはそんな俺の何が良かったのか、必死にファンとして追いかけて来ては熱烈に求愛し、四度も告白され根負けして付き合い始めた。

 それから、実に健康的に生きてきてそうなイーリィに今までの生活を一変させられてしまった。

 小うるさく注意してくるから昼過ぎまで寝るのをやめたし、きっちり三食食べるようになった。
 よく飯を作ってくれるようになってから、体の調子はかなり良い。

 二日酔いした後の迎え酒なんてしようものなら本気で怒り出す。代わりにレモンを絞って甘く味付けしたものを渡された。

 良くも悪くもはっきり物事を言う奴なので、言い過ぎたと思うとすぐその場で反省する。賑やかすぎる。

 気遣いはできるのに隠し事はできないタイプで、「ここ綺麗でしょ?あたしが掃除したの」「これ実はあたしが作ったのよ!お店のじゃ無いの!凄いでしょ」とすぐに種明かしをする。褒めてやるまでうるさい。

 迷子になっている子供がいれば一緒に親を探し、重そうな荷物を背負ってる年寄りの荷物を代わりに持ってやり、風邪を引いた一人暮らしの友人の見舞いに仕事が忙しい時期であろうとこまめに通う。偽善者と言ったら誰の名前?と返された。

 正直、本当に煩わしかった。
 あいつは腐った愛情しか知らない俺に見せつけるように正常で。

 両親にたっぷり愛され、苦労も悪意も知らずに育ったような、本当に――。

「楽になんのか、これ」

 零した俺に、心配そうな同僚が顔を覗き込んできた。
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