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悪い夢
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止む事を忘れた長雨は、毎朝の登校を憂鬱にする。
県立小井川高校は、ただでさえ潮風のせいで湿度が高いというのに、梅雨時はさらに不快指数が増す。
しかし、葉山シンジの足取りは軽かった。
ビニール傘から垂れて、シャツの肩を濡らす雨粒も、スラックスの裾を汚す歩道の水たまりも、教師による校門前の抜き打ち検査ですら。
もうすぐ彼女に会えるのだと思うと不思議とイライラしないのだ。
「おはよう、シンジ」
昇降口で傘をたたむシンジの鼓膜が甘く震えた。すぐに振り返るのはなんだかかっこ悪い気がして、わざと靴を脱ぐ事を優先させながらおもむろに振り返る。
「おはよう、ゆら」
渡辺ゆら――。
生まれて初めてできたシンジのカノジョだ。ゆらの長い黒髪は、おびただしい湿気にも負けずに、さらさらとそよいでいる。
彼女の周りにだけは、爽やかな風が吹き抜けているかのように。
爽やかな水色の夏服姿を見るのは、一年ぶりだ。
少し厚みのある唇は、ほんのりとピンクに色づいている。
シンジはその柔らかそうな唇に、うっかり吸い込まれる。
抱き寄せて、唇を合わせる。
忙しなく行きかう生徒の事なんて、気にも留めずに――。
その時だ。
リーーーーーーーンと、けたたましく鳴り響くアラーム音で、現実に引き戻された。
驚きのあまり、心臓が痛いほど飛び跳ねて、ベッドの上でうつ伏せに体をひっくり返した。
枕元のスマホを手繰り寄せ、停止ボタンを押す。
「夢かー。だよなー」と独り言。
時刻はまだ朝方の5時。
学校は8時40分始業だし、自転車で20分もあれば到着する。8時に起きたって余裕で間に合う。起きるにはまだ随分早い。
「なんでこんな時間にアラームセットしてあるんだ?」
まるで他人事のようにそんな言葉をもらし、再び枕に頭を預けた。
まどろんだ教室に並ぶ夏の制服。まるで炭酸水のように爽やかなブルーと白のコントラストが、蒸し暑さをひと時忘れさせる。この光景を見るのは1年ぶりだ。
隣の席にはゆら。
取り立てて美人というわけでも、アイドル並みに可愛いというわけでもない。きれいという表現が当てはまるだろうか。
例えるなら百合の花のように楚々としていて、穏やかな音楽が聞こえてきそうな雰囲気だ。黒めがちな瞳に少し垂れた目尻。ぽってりとした唇。透き通るような声はおっとりとしていて、シンジの癒しなのである。
高温多湿の疲れでうとうとしている生徒が目立つ中、ゆらは相変わらず熱心に教師の話に耳を傾けては、ノートを取っている。
その横顔ばかりを眺めていた。
その視線に気づいた彼女は、長い髪を耳にかけて恥ずかしそうにほほ笑むと、立てた人差し指を黒板に向けた。
「ちゃんと勉強しなさい」と、声を出さずに口だけ動かす。
シンジは言われた通り、黒板に顔を向けたが、教師の言葉などちっとも入って来ない。教師の顔さえ歪み、黒板の文字はまるでアラビア文字みたいにクネクネしていて意味を持たない。
「あれ? 何の授業だっけ?」
そう言って、ゆらの方を見やる。
そして絶句した。
さっきまで爽やかにほほ笑んでいた彼女は、頭から血を流して机に突っ伏していたのだから。
「ゆらー! ゆら!!!」
急いで駆け寄ったシンジの目に映ったのは、血の滴る斧を持った男。
いかれた侵入者だ。
「ゆらー、しっかりしろ、誰かー、誰かーーー」
「救急車ーーー」
と叫んだ自分の声で目が覚めた。
そして、シンジは飛び起きる。
「まただ」
そう声を漏らして、頭を掻きむしった。
「まさか、ゆらが……」
県立小井川高校は、ただでさえ潮風のせいで湿度が高いというのに、梅雨時はさらに不快指数が増す。
しかし、葉山シンジの足取りは軽かった。
ビニール傘から垂れて、シャツの肩を濡らす雨粒も、スラックスの裾を汚す歩道の水たまりも、教師による校門前の抜き打ち検査ですら。
もうすぐ彼女に会えるのだと思うと不思議とイライラしないのだ。
「おはよう、シンジ」
昇降口で傘をたたむシンジの鼓膜が甘く震えた。すぐに振り返るのはなんだかかっこ悪い気がして、わざと靴を脱ぐ事を優先させながらおもむろに振り返る。
「おはよう、ゆら」
渡辺ゆら――。
生まれて初めてできたシンジのカノジョだ。ゆらの長い黒髪は、おびただしい湿気にも負けずに、さらさらとそよいでいる。
彼女の周りにだけは、爽やかな風が吹き抜けているかのように。
爽やかな水色の夏服姿を見るのは、一年ぶりだ。
少し厚みのある唇は、ほんのりとピンクに色づいている。
シンジはその柔らかそうな唇に、うっかり吸い込まれる。
抱き寄せて、唇を合わせる。
忙しなく行きかう生徒の事なんて、気にも留めずに――。
その時だ。
リーーーーーーーンと、けたたましく鳴り響くアラーム音で、現実に引き戻された。
驚きのあまり、心臓が痛いほど飛び跳ねて、ベッドの上でうつ伏せに体をひっくり返した。
枕元のスマホを手繰り寄せ、停止ボタンを押す。
「夢かー。だよなー」と独り言。
時刻はまだ朝方の5時。
学校は8時40分始業だし、自転車で20分もあれば到着する。8時に起きたって余裕で間に合う。起きるにはまだ随分早い。
「なんでこんな時間にアラームセットしてあるんだ?」
まるで他人事のようにそんな言葉をもらし、再び枕に頭を預けた。
まどろんだ教室に並ぶ夏の制服。まるで炭酸水のように爽やかなブルーと白のコントラストが、蒸し暑さをひと時忘れさせる。この光景を見るのは1年ぶりだ。
隣の席にはゆら。
取り立てて美人というわけでも、アイドル並みに可愛いというわけでもない。きれいという表現が当てはまるだろうか。
例えるなら百合の花のように楚々としていて、穏やかな音楽が聞こえてきそうな雰囲気だ。黒めがちな瞳に少し垂れた目尻。ぽってりとした唇。透き通るような声はおっとりとしていて、シンジの癒しなのである。
高温多湿の疲れでうとうとしている生徒が目立つ中、ゆらは相変わらず熱心に教師の話に耳を傾けては、ノートを取っている。
その横顔ばかりを眺めていた。
その視線に気づいた彼女は、長い髪を耳にかけて恥ずかしそうにほほ笑むと、立てた人差し指を黒板に向けた。
「ちゃんと勉強しなさい」と、声を出さずに口だけ動かす。
シンジは言われた通り、黒板に顔を向けたが、教師の言葉などちっとも入って来ない。教師の顔さえ歪み、黒板の文字はまるでアラビア文字みたいにクネクネしていて意味を持たない。
「あれ? 何の授業だっけ?」
そう言って、ゆらの方を見やる。
そして絶句した。
さっきまで爽やかにほほ笑んでいた彼女は、頭から血を流して机に突っ伏していたのだから。
「ゆらー! ゆら!!!」
急いで駆け寄ったシンジの目に映ったのは、血の滴る斧を持った男。
いかれた侵入者だ。
「ゆらー、しっかりしろ、誰かー、誰かーーー」
「救急車ーーー」
と叫んだ自分の声で目が覚めた。
そして、シンジは飛び起きる。
「まただ」
そう声を漏らして、頭を掻きむしった。
「まさか、ゆらが……」
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