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戸惑い
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莉子はきっちりとアイロンのかかったハンカチをポケットから取り出すと、泥まみれになったスカートと、スクールバッグを拭ってくれた。
撥水加工のバッグはすぐに元通りの色を取り戻したが、制服はそういうわけにはいかない。
完全に乾くのには随分時間がかかる。
「ごめんね。ハンカチ汚れちゃったね」
莉子は心配そうにゆらの顔を覗き込んでこう言った。
「保健室で着替えさせてもらったらいいよ。ジャージある? なければ私の貸してあげる」
「ありがとう。ジャージ持ってるから、保健室で着替えさせてもらうよ」
莉子とは、母親同士が姉妹だ。
家も近所で小さい頃から、ゆらと莉子も、姉妹のようにして育った。
のんびり屋で妹タイプのゆらとは対照的に、莉子は世話好きでお姉さんタイプ。親類の集まりではよく年齢を逆に間違われる事も度々だ。
まるで莉子の方がお姉さんみたい。
それでもゆらは必死で笑顔を作って見せる。
「もう、教室行って。大丈夫だから」
本当は今にも泣きたい気分だなんて事は、絶対にバレないように。
「莉子、おはようー」
莉子の同級生が声をかけて来た。
もう、行って、と目で合図すると、ゆらを気にしながらも、莉子は友達と教室の方へと消えて行った。
やっと悲しい顔ができる、と、ゆらは少し肩の力を抜いた。
教室とは逆方向の保健室へと、重い足取りで歩く。
泥んこと雨で濡れネズミのようなゆらを、生徒たちはひそひそ話しながら、遠巻きに避けて通る。
飴色の廊下を渡り切って、左側のドアが保健室だ。
引き戸をノックすると「どうぞ」と、優しそうな声がゆらを包んだ。
「失礼します」
引き戸を開けて中に入ると、白衣を着た養護教諭の坂井先生が、書き物をしている手を止めて、ゆらに視線を移す。
「あら、どうしたの? 雨に濡れちゃった?」
「はい。着替えさせてもらっていいですか?」
そう言った声は、自分でも情けなるほど、消え入りそうだった。
酒井先生は、ほぼ事務的にほほ笑んで、ベッドを囲んでいるカーテンをシャっと広げた。
そちらに歩くゆらを見て、驚嘆の声をあげた。
「あらら。後ろが泥だらけ。随分派手に転んだのね」
そう言って、軽く笑う声が、ゆらにはなんだか有難かった。
真っ白いタオルを貸してくれて「寒くない?」と気遣う。
「ありがとうございます。大丈夫です」
そう言って、カーテンを引いた。
そしてようやく、頭の中を整理する。
一体何がどうなって、シンジはゆらを突き飛ばしたのだろうか?
そんな疑問と向き合った。
シンジと最後に話をしたのは昨夜の事だった。
いつも通り、電話で他愛ない会話をして、「また明日」とお休みを言い合った。
何か気に入らない事を言ってしまっただろうか?
それとも、他に好きな人でもできたのだろうか?
そんな事を思うと、はらはらと涙がこぼれだす。
坂井先生が渡してくれた、柔軟剤のきいたタオルでゴシゴシと顔を拭って、気持ち悪く体に張り付く制服と下着を脱いだ。
撥水加工のバッグはすぐに元通りの色を取り戻したが、制服はそういうわけにはいかない。
完全に乾くのには随分時間がかかる。
「ごめんね。ハンカチ汚れちゃったね」
莉子は心配そうにゆらの顔を覗き込んでこう言った。
「保健室で着替えさせてもらったらいいよ。ジャージある? なければ私の貸してあげる」
「ありがとう。ジャージ持ってるから、保健室で着替えさせてもらうよ」
莉子とは、母親同士が姉妹だ。
家も近所で小さい頃から、ゆらと莉子も、姉妹のようにして育った。
のんびり屋で妹タイプのゆらとは対照的に、莉子は世話好きでお姉さんタイプ。親類の集まりではよく年齢を逆に間違われる事も度々だ。
まるで莉子の方がお姉さんみたい。
それでもゆらは必死で笑顔を作って見せる。
「もう、教室行って。大丈夫だから」
本当は今にも泣きたい気分だなんて事は、絶対にバレないように。
「莉子、おはようー」
莉子の同級生が声をかけて来た。
もう、行って、と目で合図すると、ゆらを気にしながらも、莉子は友達と教室の方へと消えて行った。
やっと悲しい顔ができる、と、ゆらは少し肩の力を抜いた。
教室とは逆方向の保健室へと、重い足取りで歩く。
泥んこと雨で濡れネズミのようなゆらを、生徒たちはひそひそ話しながら、遠巻きに避けて通る。
飴色の廊下を渡り切って、左側のドアが保健室だ。
引き戸をノックすると「どうぞ」と、優しそうな声がゆらを包んだ。
「失礼します」
引き戸を開けて中に入ると、白衣を着た養護教諭の坂井先生が、書き物をしている手を止めて、ゆらに視線を移す。
「あら、どうしたの? 雨に濡れちゃった?」
「はい。着替えさせてもらっていいですか?」
そう言った声は、自分でも情けなるほど、消え入りそうだった。
酒井先生は、ほぼ事務的にほほ笑んで、ベッドを囲んでいるカーテンをシャっと広げた。
そちらに歩くゆらを見て、驚嘆の声をあげた。
「あらら。後ろが泥だらけ。随分派手に転んだのね」
そう言って、軽く笑う声が、ゆらにはなんだか有難かった。
真っ白いタオルを貸してくれて「寒くない?」と気遣う。
「ありがとうございます。大丈夫です」
そう言って、カーテンを引いた。
そしてようやく、頭の中を整理する。
一体何がどうなって、シンジはゆらを突き飛ばしたのだろうか?
そんな疑問と向き合った。
シンジと最後に話をしたのは昨夜の事だった。
いつも通り、電話で他愛ない会話をして、「また明日」とお休みを言い合った。
何か気に入らない事を言ってしまっただろうか?
それとも、他に好きな人でもできたのだろうか?
そんな事を思うと、はらはらと涙がこぼれだす。
坂井先生が渡してくれた、柔軟剤のきいたタオルでゴシゴシと顔を拭って、気持ち悪く体に張り付く制服と下着を脱いだ。
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