夏服と雨と君の席

神楽耶 夏輝

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居場所

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 ジャージに着替えたゆらは、恐々、教室の引き戸をスライドさせた。
――ない。
 ゆらの席がない。
 扉を開けたらすぐそこにあったはずのゆらの席には、シンジが座っていた。
 廊下側の一番端。一つだけはみ出した一番後ろの席。
 中学の時から席順は変わらない。面子が変わらないのだから、席もそのままだ。
 正確には隣にあったはずのシンジの席が、ゆらの席に移動している。
「シンジ?」
 シンジはゆらの方に顔を上げると、険しい目つきで睨みつけた。
「帰れ」
「え?」
 こんな時間に帰れるわけなどない。もうすぐ期末テストだって始まるのだ。突然の出来事に頭は疑問符でいっぱい。こんな時、ゆらはすぐに委縮してしまう。
 気持ちを切り替えようと、教室を見回すと、窓側の一番後ろに追いやられている机を見つけた。教室の角に移動されていた机は、ゆらの席だ。
 まるでいらない机のように、ぽつんと隅っこに佇んでいる。
「どうして?」
 泣きたい気持ちを必死でこらえて、シンジを見据える。
 シンジは腕組みをして、ゆらから顔を反らした。
 全身でゆらを拒絶しているように見える。
 こんなシンジを見たのは初めてだった。

 時刻は8時。始業のチャイムが鳴り響き、入室と着席を知らせた。
 その知らせに生徒たちは素直に従う。
 もう間もなく担任の教師が入って来て、朝のホームルームが始まってしまう。
 何も答えてくれないシンジから視線を外して、ゆらは隅っこにはじき出された机に向かった。
 ずるずると窓側の一番後ろに移動させて、着席。
 いつもすぐ隣に座っていたシンジとの距離が、いつもとは違う景色を見せる。

 ガラガラと前方の扉が開いて、担任の小岩井先生が入って来た。
 先生も、もう夏の装いになっている。
 白い半そでのブラウスに、黒のタイトスカート。カールのかかったセミロングの髪を後ろに一つに束ねて。
「起立」
 学級委員の号令で生徒たちが一斉に立ち上がる。
「礼」
 45度に腰を折り、顔を上げると、小岩井先生と目が合った。
「着席」
 教壇の上の席順票に視線を落として、ゆらとシンジを交互に見る小岩井先生は少し驚いた顔をした。
「どうしたの? けんかでもした?」
 ゆらとシンジの関係は、全校生徒ばかりか、先生達も知っている。
 それだけ、この学校、いやこの島でのシンジの存在感は大きいのだ。
 いつも仲良しでいいわね、と揶揄いまじりにそんな言葉をよくかけて来ていた。
「教科担当の先生が混乱するから、席を戻してちょうだい」
 ゆらはシンジの方を見やる。
 シンジは先生にも反抗的な態度で、そっぽを向いている。
「ほら、早く。渡辺さん。席を戻して」
 ゆらは、おずおずと立ち上がり、シンジの席があった場所に机を引きずり移動した。
 シンジの隣にしばらく佇むも、シンジは相変わらずゆらをみない。
「難しいお年頃ね。1時限目の授業が始まるまでには元に戻しておいてちょうだい。いいわね」
 そう念を押して、諦めたように、いつも通りホームルームを始めた。
 ゆらも仕方なく、椅子に腰かけた。

 先生が教室を出て行くと、まもなく一時限目。英語の授業となる。
 普段は予習などしないが、ゆらは英語の教科書を出して、机の上に広げた。気を紛らすためだ。
 できるだけシンジに気を取られないように。
 下を向いていられるように。
 ちっとも頭に入らない英文を目で追う。蛍光ペンで引いた線を指でなぞって。
 その時だ。
 強く肩を掴まれる感覚で顔を上げた。
 目の前には、怖い顔をしたシンジ。
「帰れって言ってるだろう。俺の言う事が聞けないのかよ」
 二人の様子に気付き始めたクラスメイト達が、ひそひそと耳打ちし合う。
「何があったんだろう?」
「ゆら、とうとう嫌われた?」
「マジでざまぁだね。早く帰ればいいのに。もう学校来なくていいっての」
 そんな言葉が胸を引き裂く。
 きっと、これまでも悪口は言われていたはずなのだ。
 そんな言葉で傷つく前に、シンジの優しい笑顔がゆらを守ってくれていた。

「シンジ。ちゃんと話そう」
「話す事なんてないよ。帰れ」
 シンジはゆらの肩口を掴み、強く引っ張った。
 その勢いで、ガタン!! と大きな音を立てて、椅子ごと床にひっくり返ってしまった。
 椅子が傾いた拍子に床に投げ出されたゆらは、強く肘を打ち付けうずくまった。
「いっ……たぃ」
 じんじんと痺れを訴える肘は、赤く擦り剝けて、うっすらと血がにじんでいる。
 もう、シンジの顔を見る事はできない。どんな顔でゆらを見下ろしているのかと思うと、とても顔を上げる事ができなかった。

「ゆら。大丈夫?」
 手を差し伸べたのは、山口蓮斗。幼稚園からずっと一緒に大きくなった幼馴染だ。
 蓮斗はゆらの体制を整えてやると、シンジを睨んだ。
「お前、女に手出すとか最低だな」
「蓮斗、やめて」
 シンジはそんな人間じゃない。そんな風に言わないで。
 心の中で叫ぶ事しかできず、とうとう涙があふれてしまった。
 連斗のシンジへの言葉が、何より悲しかった。

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