夏服と雨と君の席

神楽耶 夏輝

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豪雨

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 夕刻7時。
 朝から降り続いていた雨は、雷を伴った豪雨となっていた。咆哮するような雷鳴を轟かせ、稲妻を放つ。午後からの降水確率30パーセントという予報はまるで冗談のように、強い風までも伴い、空はうねりをあげている。
 そのせいで、サッカー部の練習は中断。
 早めの解散となった。

 着替えを済ませたシンジは、水戸との約束通り家庭科室に向かう。
 こんな日は例え室内使用の部活であっても早めに切り上げるのが、この島の学校の慣例である。
 海と山に囲まれたこの地域では、豪雨による災害が付き物だからだ。そろそろ避難勧告も発令される頃だろう。

 うるさく窓を叩く音が響く廊下には、女子生徒の談笑の声が漂っている。
 声が聞こえる部屋は家庭科室だ。シンジはその引き戸を開けた。
 後片づけまで終え、帰り支度をしている制服姿の女子生徒数人が、雑談に耽っていたようだ。その中心となっているのは水戸だった。
 ドアが開く音に全員の視線がシンジに集まる。
 その視線は好奇に満ちていて、早くこの場から立ち去りたいという思いに駆られる。
「水戸。帰るぞ」
 そう声をかけると、椅子から立ち上がり他の仲間に、はにかんだ笑顔で、バイバイと手を振り小走りでこちらにやって来た。
 まるでエールを送るかのように、女子たちが水戸にバイバイと手を振る。
 彼女たちは、きっと勘違いをしている。
 シンジと水戸が付き合うとでも思っているのだろう。
 バカバカしい。
 そうは思っても、なんだかむずがゆい気持ちになって、変に意識してしまいそうになる。
 隣に並んだ水戸と昇降口の方へ向かって歩く。
「あいつらも早く帰った方がいいけどな。雨、酷くなりそうだし」
「うん。たぶん、もう帰ると思うよ。ストーカーの話もしておいたし」
「そうか」

 そのストーカーとやらが、シンジの夢の中に出て来た凶悪犯ならば、その前に尻尾を掴んで警察につかまえてもらえば、少なくともゆらが襲われる事はないはずだなのだ。

 今朝、担任は言った。
「渡辺さんが今朝、事故に遭いました。命に別状はないそうです。詳細はこれからの検査にもよりますが、親御さんのお話では、二週間ほどで学校へも来られると思う、と言う事でしたので、安心してくださいね」

 その報告に胸を撫でおろしたシンジだったが、不審者にゆらが殺されるという懸念は消えない。
 ゆらが登校してくる前に、そいつを止めなくては。

 靴を履き替えて外に出ると、すっかり辺りは真っ暗で、ひさしがあるにも関わらず、風にあおられた大粒の雨が二人に襲い掛かった。
 飛ばされないように傘の柄をぎゅっと抱きしめるように掴んでいる水戸と、駐輪場に向かった。

 シンジはレインコートを着て、自転車を押す。
 水戸は、そんなシンジを雨から守るように、傘をさしかけて隣を歩く。
「俺はいいよ。飛ばされないようにしっかり握ってな」
「うん」
 時々、強く吹き付ける風が、水戸のか細い体をよろけさせる。
「大丈夫?」
「うん。なんとか。すごいよね。台風みたい」
 もはや、傘なんてなんの役にも立たない。あっという間に水戸の制服は体にぴったりと貼りつくほど濡れていた。

「そのストーカーなんだけど、どんな顔だったんだ?」
「んとねぇ、髪の毛が真っ黒で、伸ばしっ放しって感じ。目はぎょろっとしてた。顔は笑ってるんだけど、目は笑ってない感じで怖かった」
「そっか。服装は?」
「黒いTシャツにダボっとしたジーンズ」
「背格好は?」
「身長は、私よりも高いけど、葉山君よりは低いかな。体格は中肉。太っても痩せてもいない。恰好だけ見たらラッパーって感じもしたよ」
「ラッパーか……。確かに、この辺では見かけない風貌だな」
「でしょ!」
「若いの?」
「どうだろう? 学生ではない。二十代後半から三十代前半って感じかな」
「なるほど。うちのじいちゃんの食堂、観光客も多いから、そういう奴を見かけなかったか、訊いてみるよ」
「うん」
 水戸は安堵の笑顔を見せた。
 その時だ。
「きゃっ」
 水戸の悲鳴と共に、傘は木の葉のように宙に舞った。
 突然、強い風が吹きつけたのだ。どうにか濡れずに守られていた水戸の髪や顔は見る間にずぶ濡れになる。
 傘はあっというまに海壁を超えて、うねりを上げる海へと消えて行った。
「うわー、最悪。先週買ったばっかりの傘だったのに」
 水戸は情けなく眉尻を下げてシンジの顔を見た。
「はは。さすがに諦めろ。いくら俺でもあれは回収できないぞ」
 こうなったら仕方がない。交通ルールにも校則にも違反してしまうが――。
 シンジは自転車に跨った。少しでも早く家に送り届けた方がいいだろう。
「後ろに乗れよ。家まで送っていく」
「いいの?」
「ああ、早く乗れって」
 水戸が荷台に、横向きに腰かけたのを確認して、思い切りペダルを踏み込んだ。
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