夏服と雨と君の席

神楽耶 夏輝

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両親の怒り

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 担任に呼び出されたのはそれから三日後の昼休みだった。
 昨日までの雨模様が嘘であったかのように、空には梅雨の晴れ間が広がっている。
 ジンジンと音がしそうなほど強い日差しがさしこみ、もうすぐ夏だと教えている。
 細く開いた校長室の窓から吹き込む生ぬるい風が、白いカーテンを揺らした。
 黒い革張りのソファは三人ほどが余裕で座れるほど広い。
 重厚なセンターテーブルを挟んだ向こう側に座っているのは、教師ではなくてゆらの両親だ。
 両サイドには、担任、教頭、校長、学年主任が汗を拭き拭き肩をすくめてシンジの言葉を待っている。

「間違いありません。渡辺ゆらさんを事故に追いやったのは僕です」
 白髪交じりだがきっちりセットされた清潔感のある髪型で、茶色い背広を着ているのはゆらの父親。頑固そうな顔つきで、眉間の皺を一層深くした。

「一体どういう事だね? うちのゆらが君に危害でも加えたのか?」
 口調は柔らかだが、その言葉尻には隠しきれない憤怒が混ざっている。怒りが爆発するのは時間の問題だ。
 恐らく、莉子がゆらの両親に伝えたのだろう。両親はシンジとゆらが恋人同士である事は知らないはずだ。従って、現段階では、シンジは一方的にゆらに危害を加えた問題児という事になっているというわけだ。
 当然だ。それでいい。

「あのぉ、大変申し訳ありません。普段はとっても仲のいい二人なんですよ。ちょっと行き違いとか、誤解とかで、けんかでもしてたのかな?」
 担任が慌ててフォローに入る。

「月曜日の朝、昇降口の前でゆらを突き飛ばしたのもあなた?」
 今度はゆらの母親が口を開いた。父親とは違い、冷静だ。おっとりとした口調はどことなくゆらに似ている。
「はい」
「泥だらけの制服を持って帰ってきたから驚いちゃって。ゆらは転んだだけだって言ってたんだけど、見ていた子が教えてくれてね」
 シンジはうなづくように、浅く頭を下げた。
「どうしてそんな事をしたのか、教えてほしいのよ。ゆらは何も言わないから」
「特に理由なんてありません。ただ、嫌いになっただけです。顔も見たくなくて帰れって言いました」
「なんだとぉー!!」
 ついに父親の怒りが爆発した。
 ソファから立ち上がり、今にも襲い掛かって来そうに鼻息を荒くしている。担任と学年主任が慌てて止めに入る。
「すいません。しっかり指導しますので。お父さん、落ち着いてください。何かと難しい年ごろなんですよ」
 父親は立ち上がったまま座ろうとはしない。殴られても構わないが、殴り掛かって来る事もないだろう。
 ゆらの父親は小学校の教頭なのだから。
「指導じゃなくて、処分しろ! うちの娘はこいつに突き飛ばされて事故に遭ったんだ。怪我をして腕の骨まで折ってるんだ。右手だぞ右手! その責任はどう取るんだ」
 シンジが車道に突き飛ばしたという事に話しが作り変えられている。
「警察も頼りにならん」
「それはその、葉山君の保護者さんの方にもちゃんとお伝えしますので」
「こんな野蛮な生徒がいる学校に大事な娘を預けるわけにはいかん。ゆらは本土の高校に転校させる」
「いやいや、お父さん、ちょっと待ってください。落ちついてください」
 転校と聞いて、無意識に眉根がぴくぴくと痙攣する。
 問題が解決するまで学校に来ないで欲しかっただけなのに、永遠に会えなくなるような気がして、頭の中が真っ白になる。
「帰る! 二度とうちの娘に近付かないでくれ」
 父親はシンジを怒鳴りつけるようにそう言い放ち、母親に視線を落とす。
「帰るぞ」
 教師たちは全員立ち上がり、引き留めるでもなくおろおろとその背中を眺めていた。

 ゆらの両親の気配が完全になくなるのを見計らったように教師たちは元の位置に戻り、シンジの方に身を乗り出した。
 真っ先に口を開いたのは担任だ。
「あまりプライベートな事には口を出せないのだけど、今度、おじいさんと一緒に渡辺さんのお宅に謝りに行った方がいいわ」
 シンジは、担任を見据えて返事をする。
「嫌です。祖父には関係ありません。自分の責任は自分で取ります」

 校長室の内線電話が鳴ったのはその時だ。

 数回のコールの後、受話器を取った校長は驚いたように眉根を寄せた。
「わかりました。生徒指導室のほうに案内してください。今、担任と一緒に向かわせます」
 そう返事をした後、受話器を置きシンジを見やる。
「葉山君。警察が君に話を聞きたいそうだ。すぐに生徒指導室に行きなさい」
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