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黒い影
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昼下がりの教室。チョークと黒板が擦れ合う音が耳を撫でる。
小ぶりの雨が心地よく窓を叩くから、授業中であるにも関わらずうっかりうとうとと舟をこぎそうになる。
筍泥棒のおじさんは、兵頭肇という人物だった。
あの日、山でシンジに語った事は全て本当の事だったらしく、本土に住んでいるという母親が、身元の確認と、遺体の引き取りに来たそうだ。
警察からシンジの事を聞いた兵頭の母親が、わざわざ浜の屋に挨拶に来たらしい。
シンジはちょうどお遣いに出ており、会う事はできなかったが祖父がそう教えてくれた。
結局、助けてあげる事ができなかったという後味の悪さは、シンジから睡眠時間を奪った。
ほぼ一睡もできないまま、月曜日の朝を迎えていた。
通路側の一番端。一つ飛び出した一番後ろの席。
本来ならゆらの席だが、シンジは今日もその席に座り、未来の殺人犯を待っているところだ。
兵頭が犯人じゃないと言う事は、やはり水戸に付きまとっているというラッパー風情が怪しい。
教師はすっかり元の位置に座れという事を諦めて、席順表を書き直してくれた。
傍から見たら不可解極まりない行動なのだろう。
クラスメイトの男たちは遠巻きに、冷ややかな視線を送っている。
女たちは概ね関心を示さない。
水戸だけが「どうしてその席がいいの?」としつこく訊ねてくるぐらいだ。
あれから毎日水戸と一緒に帰っているが、これまで怪しい人物に遭遇する事はなかった。
「はーい、ここ! テストに出ます。しっかり復習するように」
教師のその言葉で生徒たちは、まるでスイッチが入ったかのようにいっせいにペンを走らせた。
その時だ。
机に黒い人影が映った。音もなく近づいた影に思わず目を引ん剝く。
おもむろに背後を振り返ると、一瞬にして体が凍り付いた。
黒いパーカーのフードを目深にかぶった、中肉中背の男が立っていたのだから。フードの裾から覗く目は虚ろで、顔に表情はない。
まるで何かに導かれるように、躊躇なく頭上高く斧を振り上げた。
「にっ逃げろーーー!!! 不審者だーーーー!!!」
今にも詰まりそうな喉を精いっぱい広げてそう叫んだが、思いのほか大きな声は出ない。
体は硬直したまま。スローモーションのように落ちてくる斧の刃先は、ギラギラと黒光りしながらまっすぐシンジの頭上に落ちて来る。
やられる。死ぬ! もう終わりだ。
異常事態に気付かない生徒たちは静寂を守っている。
教師の言葉だけが当たりに響き渡っていた。
ガシっ!!
鈍い音と共に、成す術なくシンジの頭上に振り下ろされた斧の刃先は、ズンっと脳に突き刺さる。額から垂れるドロドロとした血液が顔を覆い、口の中には強烈な鉄の味が広がる。
ミシミシと音を立てて頭がい骨が押し広げられていく。
意識はある。
痛みもある。
しかし、体は言う事をきかない。
ガクガクと痙攣したまま、背中から床に吸い込まれた。
「うわっ!!!」
床に落ちる瞬間、大声と共に目が覚めた。
バクバクと早鐘を打つ心臓のせいで、乱れる息を整えながら辺りを見回した。
それは、いつもの授業の風景だ。両手で頭を確認したが斧も刺さっていない。
殺人鬼もいない。
ただ一つ、いつもと違うのは、全員がシンジに注目しているという事だ。
目覚める瞬間、大声が出てしまった。
授業中に爆睡して夢を見るなんて情けない。
「葉山君。この問題を解いてください。空白に入るセンテンスはなんですか?」
教師の鋭い声がシンジを焦らせる。
ガタっと椅子を鳴らして立ち上がり、深々と頭を下げた。
「すいません! 寝てました」
クスクスと笑い声が沸き立つ。
教師は左手を腰に当て、大げさに呆れた顔を作った。
「放課後、職員室に来なさい」
「はい」
小ぶりの雨が心地よく窓を叩くから、授業中であるにも関わらずうっかりうとうとと舟をこぎそうになる。
筍泥棒のおじさんは、兵頭肇という人物だった。
あの日、山でシンジに語った事は全て本当の事だったらしく、本土に住んでいるという母親が、身元の確認と、遺体の引き取りに来たそうだ。
警察からシンジの事を聞いた兵頭の母親が、わざわざ浜の屋に挨拶に来たらしい。
シンジはちょうどお遣いに出ており、会う事はできなかったが祖父がそう教えてくれた。
結局、助けてあげる事ができなかったという後味の悪さは、シンジから睡眠時間を奪った。
ほぼ一睡もできないまま、月曜日の朝を迎えていた。
通路側の一番端。一つ飛び出した一番後ろの席。
本来ならゆらの席だが、シンジは今日もその席に座り、未来の殺人犯を待っているところだ。
兵頭が犯人じゃないと言う事は、やはり水戸に付きまとっているというラッパー風情が怪しい。
教師はすっかり元の位置に座れという事を諦めて、席順表を書き直してくれた。
傍から見たら不可解極まりない行動なのだろう。
クラスメイトの男たちは遠巻きに、冷ややかな視線を送っている。
女たちは概ね関心を示さない。
水戸だけが「どうしてその席がいいの?」としつこく訊ねてくるぐらいだ。
あれから毎日水戸と一緒に帰っているが、これまで怪しい人物に遭遇する事はなかった。
「はーい、ここ! テストに出ます。しっかり復習するように」
教師のその言葉で生徒たちは、まるでスイッチが入ったかのようにいっせいにペンを走らせた。
その時だ。
机に黒い人影が映った。音もなく近づいた影に思わず目を引ん剝く。
おもむろに背後を振り返ると、一瞬にして体が凍り付いた。
黒いパーカーのフードを目深にかぶった、中肉中背の男が立っていたのだから。フードの裾から覗く目は虚ろで、顔に表情はない。
まるで何かに導かれるように、躊躇なく頭上高く斧を振り上げた。
「にっ逃げろーーー!!! 不審者だーーーー!!!」
今にも詰まりそうな喉を精いっぱい広げてそう叫んだが、思いのほか大きな声は出ない。
体は硬直したまま。スローモーションのように落ちてくる斧の刃先は、ギラギラと黒光りしながらまっすぐシンジの頭上に落ちて来る。
やられる。死ぬ! もう終わりだ。
異常事態に気付かない生徒たちは静寂を守っている。
教師の言葉だけが当たりに響き渡っていた。
ガシっ!!
鈍い音と共に、成す術なくシンジの頭上に振り下ろされた斧の刃先は、ズンっと脳に突き刺さる。額から垂れるドロドロとした血液が顔を覆い、口の中には強烈な鉄の味が広がる。
ミシミシと音を立てて頭がい骨が押し広げられていく。
意識はある。
痛みもある。
しかし、体は言う事をきかない。
ガクガクと痙攣したまま、背中から床に吸い込まれた。
「うわっ!!!」
床に落ちる瞬間、大声と共に目が覚めた。
バクバクと早鐘を打つ心臓のせいで、乱れる息を整えながら辺りを見回した。
それは、いつもの授業の風景だ。両手で頭を確認したが斧も刺さっていない。
殺人鬼もいない。
ただ一つ、いつもと違うのは、全員がシンジに注目しているという事だ。
目覚める瞬間、大声が出てしまった。
授業中に爆睡して夢を見るなんて情けない。
「葉山君。この問題を解いてください。空白に入るセンテンスはなんですか?」
教師の鋭い声がシンジを焦らせる。
ガタっと椅子を鳴らして立ち上がり、深々と頭を下げた。
「すいません! 寝てました」
クスクスと笑い声が沸き立つ。
教師は左手を腰に当て、大げさに呆れた顔を作った。
「放課後、職員室に来なさい」
「はい」
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