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反抗(三)
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多少迷ったものの新たな魔物に遭遇することなく、詩音は地下三階へ繋がる階段に到達できた。
そして移動した地下三階の広間から、今度は一気に校舎の体育館まで行ける階段へ足を乗せた。昇ってばかりで太腿がつらい。犯された身体は体力を消耗していた。
だが疲れたなんて言っていられない。迷宮でたった独り、次に魔物に遭遇したら今度こそ殺されるかもしれないのだ。
詩音は歯を食いしばって階段を昇り切り、ついに地上へと出た。
(雨だ……)
体育館の外はまだ明るかったが、探索前は降っていなかった雨がグラウンドを濡らしていた。
(靴すら履いてない裸なんだからどうでもいいか)
詩音は苦笑して素足を濡れた地面に付けた。身体にも大粒の雨が打ち付けられる。天然のシャワーだ。魔物に愛撫された肌が雨水によって洗われていく。
(みんなに身体を見られちゃうな……)
校舎を探ればカーテンやら身に纏える物が見つかるだろう。しかし魔物に襲われる確率が高くなる。
詩音は生き延びること、それを最優先させて裸のまま寮へ駆けた。
寮の玄関チャイムが鳴らされたのは16時36分のことだった。
藤宮ら雫姫捜索隊は二階の自室へ引き上げており、一階にはその時お宝発掘隊の面々しか居なかった。学院警備室から物資の補充が来る日ではないので、レクレーションルームで談話していた黒田、相馬、笹川は鳴ったチャイムを訝《いぶか》しんだ。
ピンポーン♪
また鳴った。三名はハンドガンを握り玄関ホールへと移った。
「……誰だい?」
相馬の問いかけに、扉の向こうで澄んだ少女の声が答えた。
「桜木シオンです! はぐれてしまいましたが戻りました。開けて下さい!!」
警備隊員達は顔を見合わせた。
「桜木って、藤宮が言ってた生徒会長だよな? 魔物に誘拐されたって」
「アンタ独りで戻ってきたのか? 魔物を倒して?」
「そうです、本人です! 開けて下さい!」
切羽詰まった少女の声。雨音も聞こえている。開けてやりたいが、喋る魔物であるトウヤ少年に遭っていた隊員達は警戒を解けなかった。
「笹川、藤宮を呼んでこい」
「はい!」
先輩に言われた笹川はすぐに二階を目指して駆けていった。
「すまない生徒会長、少しだけ待ってくれや……。俺は黒田だ。怪我をしているか?」
扉の向こうの少女に優しく声をかけながら、黒田と相馬は藤宮の到着を待った。
四分後、笹川に先導されて銃を手にした藤宮、多岐川、水島が玄関ホールに集結した。彼らの後ろには生徒や医師の三枝の姿も有った。
「生徒会長? アンタなのか?」
笹川から事情を聞かされていた藤宮が一歩前に出て、改めて扉向こうへ尋ねた。
「そうです藤宮隊長! 私です! 開けて下さい!!」
声は間違いなく詩音のものだ。藤宮はホールに居る全員の顔を見回してから小声で指示を出した。
「警備隊員達は銃を構えてろ。生徒達は絶対に前へ出るなよ?」
そして藤宮は内鍵を外して玄関扉を開けた。
皆が緊張の面持ちで見守る中へ、現れたのは瑞々しい肌を持つ裸の少女だった。一糸纏わぬ詩音が玄関内へおずおずと進んだ。相馬と笹川の目が釘付けとなった。
「先輩!」
駆け寄りそうになった世良を、水島が左腕を横に出して止めた。
「駄目だ、近付くな」
「どうして!? 桜木先輩ですよ? 無事に帰ってきたんですよ?」
「寮長のことを忘れたのか? 寮長も俺達が来る前に一度、迷宮ではぐれたそうじゃないか」
「あ…………」
「そして戻ってきたのは寮長に化けた魔物だった」
そうだった。詩音の姿をしている彼女も魔物かもしれないのだ。
水島から注意を受けた世良は近付くことをやめたが、その場でTシャツを脱ぎ始めた。
「え? おいセラ!」
上半身スポーツブラ一枚となった世良は、Tシャツを丸めてから結んで、そして詩音へ向かって投げた。
「先輩、それ着て下さい!」
まだ正体が判らない相手。それでも裸で恥ずかしそうにしている彼女を世良は可哀想に思ったのだ。
Tシャツを受け取った詩音は涙ぐんだ。
「ありがとう……高月さん」
言動は自分が知る桜木詩音と一致している。どうしたものかと藤宮が迷っていると、理知的な声が奥から届いた。
「彼女は大丈夫、魔物ではありません」
清水京香だった。雫姫であることを隠している彼女は続けた。
「私……こういうことに鼻が利くんです」
「ん? 霊感が強いってこと?」
質問した三枝へ京香は頷いた。
「はい。寮長の時は身体から魔物の匂いがしていました。でも人間の匂いもしていたから、寮長がどちらなのかよく判らなかった」
世良が思い出した。
「そう言えばキョウカ、寮長には気を許さない方がいいって私に忠告してくれたね」
「ええ。寮長が魔物だと私がしっかり判別できていれば、あんなに多くの犠牲者を出さずに済んだのに…………」
落ち込んだ様子の京香を多岐川がフォローした。
「魔物は日光から身を護る為に、寮長の人間部分を残して擬態していたんですから、見破られなくても仕方が無いですよ」
「でも……」
「それはもう済んだことです。今のことを考えましょう。生徒会長は人間だとあなたは思うのですね?」
「はい。妖に攫われたせいで妖気が少しこびり付いてはいますが、身体からは人間の匂いしかしません。間違いありません」
藤宮、多岐川、水島が銃の構えを解いた。Tシャツの下から出る詩音の太腿から目を離せない相馬が藤宮に聞いた。
「おい、信じていいのか?」
「ああ。あのお嬢さんの勘はよく当たるんだ」
京香を雫姫だと知っている藤宮は信用して、険を消して詩音を見た。
「助けられなくてすまなかった。よく独りで頑張ったな生徒会長」
詩音は堪らず泣いてしまった。その彼女に世良、小鳥、杏奈が駆け寄った。
「桜木先輩、お帰りなさい!」
「ご無事で良かったです」
「濡れたままだと風邪をひきます。シャワー室へ行きましょう」
詩音の身体には魔物との性交の痕跡が残っていた。でも誰もそのことには触れなかった。独りで恐ろしい目に遭った少女をこれ以上傷付けてはならない。
シャワー室へ向かった生徒達を見送った京香は、多岐川へ礼を言った。
「私の意見を後押しして下さってありがとう。おかげで生徒会長がみんなの輪に戻れました」
「いえ……」
(もう済んだこと、今のことを考えよう……か。未だ妹の死を引き摺る私がよく言えたものだ)
珍しく自嘲の笑みを浮かべる多岐川。そんな彼を京香は気になった。
そして移動した地下三階の広間から、今度は一気に校舎の体育館まで行ける階段へ足を乗せた。昇ってばかりで太腿がつらい。犯された身体は体力を消耗していた。
だが疲れたなんて言っていられない。迷宮でたった独り、次に魔物に遭遇したら今度こそ殺されるかもしれないのだ。
詩音は歯を食いしばって階段を昇り切り、ついに地上へと出た。
(雨だ……)
体育館の外はまだ明るかったが、探索前は降っていなかった雨がグラウンドを濡らしていた。
(靴すら履いてない裸なんだからどうでもいいか)
詩音は苦笑して素足を濡れた地面に付けた。身体にも大粒の雨が打ち付けられる。天然のシャワーだ。魔物に愛撫された肌が雨水によって洗われていく。
(みんなに身体を見られちゃうな……)
校舎を探ればカーテンやら身に纏える物が見つかるだろう。しかし魔物に襲われる確率が高くなる。
詩音は生き延びること、それを最優先させて裸のまま寮へ駆けた。
寮の玄関チャイムが鳴らされたのは16時36分のことだった。
藤宮ら雫姫捜索隊は二階の自室へ引き上げており、一階にはその時お宝発掘隊の面々しか居なかった。学院警備室から物資の補充が来る日ではないので、レクレーションルームで談話していた黒田、相馬、笹川は鳴ったチャイムを訝《いぶか》しんだ。
ピンポーン♪
また鳴った。三名はハンドガンを握り玄関ホールへと移った。
「……誰だい?」
相馬の問いかけに、扉の向こうで澄んだ少女の声が答えた。
「桜木シオンです! はぐれてしまいましたが戻りました。開けて下さい!!」
警備隊員達は顔を見合わせた。
「桜木って、藤宮が言ってた生徒会長だよな? 魔物に誘拐されたって」
「アンタ独りで戻ってきたのか? 魔物を倒して?」
「そうです、本人です! 開けて下さい!」
切羽詰まった少女の声。雨音も聞こえている。開けてやりたいが、喋る魔物であるトウヤ少年に遭っていた隊員達は警戒を解けなかった。
「笹川、藤宮を呼んでこい」
「はい!」
先輩に言われた笹川はすぐに二階を目指して駆けていった。
「すまない生徒会長、少しだけ待ってくれや……。俺は黒田だ。怪我をしているか?」
扉の向こうの少女に優しく声をかけながら、黒田と相馬は藤宮の到着を待った。
四分後、笹川に先導されて銃を手にした藤宮、多岐川、水島が玄関ホールに集結した。彼らの後ろには生徒や医師の三枝の姿も有った。
「生徒会長? アンタなのか?」
笹川から事情を聞かされていた藤宮が一歩前に出て、改めて扉向こうへ尋ねた。
「そうです藤宮隊長! 私です! 開けて下さい!!」
声は間違いなく詩音のものだ。藤宮はホールに居る全員の顔を見回してから小声で指示を出した。
「警備隊員達は銃を構えてろ。生徒達は絶対に前へ出るなよ?」
そして藤宮は内鍵を外して玄関扉を開けた。
皆が緊張の面持ちで見守る中へ、現れたのは瑞々しい肌を持つ裸の少女だった。一糸纏わぬ詩音が玄関内へおずおずと進んだ。相馬と笹川の目が釘付けとなった。
「先輩!」
駆け寄りそうになった世良を、水島が左腕を横に出して止めた。
「駄目だ、近付くな」
「どうして!? 桜木先輩ですよ? 無事に帰ってきたんですよ?」
「寮長のことを忘れたのか? 寮長も俺達が来る前に一度、迷宮ではぐれたそうじゃないか」
「あ…………」
「そして戻ってきたのは寮長に化けた魔物だった」
そうだった。詩音の姿をしている彼女も魔物かもしれないのだ。
水島から注意を受けた世良は近付くことをやめたが、その場でTシャツを脱ぎ始めた。
「え? おいセラ!」
上半身スポーツブラ一枚となった世良は、Tシャツを丸めてから結んで、そして詩音へ向かって投げた。
「先輩、それ着て下さい!」
まだ正体が判らない相手。それでも裸で恥ずかしそうにしている彼女を世良は可哀想に思ったのだ。
Tシャツを受け取った詩音は涙ぐんだ。
「ありがとう……高月さん」
言動は自分が知る桜木詩音と一致している。どうしたものかと藤宮が迷っていると、理知的な声が奥から届いた。
「彼女は大丈夫、魔物ではありません」
清水京香だった。雫姫であることを隠している彼女は続けた。
「私……こういうことに鼻が利くんです」
「ん? 霊感が強いってこと?」
質問した三枝へ京香は頷いた。
「はい。寮長の時は身体から魔物の匂いがしていました。でも人間の匂いもしていたから、寮長がどちらなのかよく判らなかった」
世良が思い出した。
「そう言えばキョウカ、寮長には気を許さない方がいいって私に忠告してくれたね」
「ええ。寮長が魔物だと私がしっかり判別できていれば、あんなに多くの犠牲者を出さずに済んだのに…………」
落ち込んだ様子の京香を多岐川がフォローした。
「魔物は日光から身を護る為に、寮長の人間部分を残して擬態していたんですから、見破られなくても仕方が無いですよ」
「でも……」
「それはもう済んだことです。今のことを考えましょう。生徒会長は人間だとあなたは思うのですね?」
「はい。妖に攫われたせいで妖気が少しこびり付いてはいますが、身体からは人間の匂いしかしません。間違いありません」
藤宮、多岐川、水島が銃の構えを解いた。Tシャツの下から出る詩音の太腿から目を離せない相馬が藤宮に聞いた。
「おい、信じていいのか?」
「ああ。あのお嬢さんの勘はよく当たるんだ」
京香を雫姫だと知っている藤宮は信用して、険を消して詩音を見た。
「助けられなくてすまなかった。よく独りで頑張ったな生徒会長」
詩音は堪らず泣いてしまった。その彼女に世良、小鳥、杏奈が駆け寄った。
「桜木先輩、お帰りなさい!」
「ご無事で良かったです」
「濡れたままだと風邪をひきます。シャワー室へ行きましょう」
詩音の身体には魔物との性交の痕跡が残っていた。でも誰もそのことには触れなかった。独りで恐ろしい目に遭った少女をこれ以上傷付けてはならない。
シャワー室へ向かった生徒達を見送った京香は、多岐川へ礼を言った。
「私の意見を後押しして下さってありがとう。おかげで生徒会長がみんなの輪に戻れました」
「いえ……」
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