私立桜妃女学院ラビリンス【R18】

水無月礼人

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報告

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 部屋に内鍵をかけてから、水島は自分専用のトランシーバーをリュックから引っ張り出した。自室を与えられたおかげで、雇い主である桐生清吾との秘密の連絡が容易に行えるようになった。
 20時半。大学から帰宅した清吾の夕食も終わった頃だろう。

『はいこちら桐生邸』
「水島だ。セイゴさんを頼む」

 いつものやり取りをして、六分後に清吾が登場した。

『待たせたね、セイゴだ。今日は何の報告だ?』
「妹さんに関する任務を遂行しました」
『!………………』
「ご希望通り迷宮で、魔物と戦う形に演出しました」

 トランシーバー向こうの清吾はしばし沈黙した。自分が下した命令とはいえ、実の妹の死を告げられることには抵抗が有ったようだ。

『……そうか、ご苦労』

 十数秒後、ようやこたえた清吾へ水島は尋ねた。

「シズク姫に指名された高月セラ、桐生は彼女をどう扱うつもりですか?」
『あのコに関しては手出しができないね。式守理事の一番の手札だから。前に教えたろ、桐生は式守には頭が上がらないんだよ』

 式守理事の娘を桐生茜が殺害してしまった。
 長い期間その賠償を桐生は支払ってきたが、雫グループから追放されなかっただけでも幸いだったと言えよう。

『……安心したかい? 水島』
「どういう意味でしょう?」
『キミは高月セラに気が有るんだろう?』
「バレてましたか」

 世良と結婚する気でいる水島に、二人の関係を隠しておく気持ちはさらさら無かった。

「ぶっちゃけまして彼女と付き合ってます」
『おいおい……と言いたいところだが、今回ばかりは応援するよ。キミの恋人がシズク姫になれば、式守と桐生の関係改善に役立つかもしれないからね』

 水島は苦笑した後に訂正した。

「残念ながら、セラは指名のやり直しを希望しています。生き神様になる気は一切無いようで。セラを使っての工作は無理でしょう」
『そうか。まぁ、あのコは欲が薄そうだからね。残念、式守へは別の手を考えよう』

 あっさりと清吾が諦めたので水島は意外に思った。

「セラに言い聞かせろ、とは命令しないんですね」
『その気が無い相手に無理矢理やらせても良い結果は生まれないよ。父と茜は弱みを握って相手を支配することが好きだけどね、押さえ付けるやり方ではいつか必ず逆襲される。窮鼠きゅうそ猫を噛むだ。どうなってもいいと開き直った人間は怖いよ?』

 実際に茜は奴隷にしていた杏奈に裏切られた。

『賢いやり方は相手の欲を見極め、仕事の後にはちゃんと欲しい物を与えてやることだ。簡単な話、相手にとって良い主人になってやればいいんだ。そうすれば長く仕えてくれる』
「なるほど。確かにあなたは僕にとって良い雇い主ですね。そして欲が薄いセラには効果が無いと」
『ああ。ちなみに彼女が暫定とは言えシズク姫に指名されたこと、僕は父にも他の理事にも話していないよ』
「それはどうして?」
『他の陣営に邪魔をされず、高月セラがシズク姫になればいいと思ったからだ。式守理事は控えめな方だが他の理事達は────、我が父上を始めとしてみんな強欲だからね。シズク姫を手中に収めた途端にはっちゃけてろくでもない事をしかねない。だったら式守理事にグループのトップに立ってもらった方がいい』

 またもや水島は清吾の発言に意外な印象を受け、疑問に感じた。清吾は桐生を雫グループの頂点にしたくはないのかと。

「セイゴさんご自身には野心が無いのですか?」
『有るさ』

 清吾は即座に答えた。

『望みは桐生の存続だ。僕の役目は桐生の家名と、桐生の下で働く従業員の生活を護ることだ』
「それはまた……ご立派なこころざしですね」
『ふん、腹黒い男らしくないとハッキリ言え』
「申し上げましたらボーナス査定に影響が出ますので」
『ハハッ。キミのその人を食った態度が大好きだよ』
「ですが正直、らしくないなと思いました」
『そうかな? 言い換えれば、僕は桐生の存続の為にならという意味だけれど?』
「ああ……しっくりきました。それでこそセイゴさんです」
『ハッ、本当に遠慮の無いヤツだ!』

 水島は思った。清吾は現代の殿様なんだと。領地と領民を護り、必要が有ればいくさを仕掛けて血を流すことに躊躇ためらいが無い。将来は父親よりもよほど上手く桐生をまとめ上げるだろう。

『さて高月セラがシズク姫を降りるとして、他に適任者が居るのだろうか?』
「僕の目では生徒会長の桜木シオンが最有力候補ですね。今までは地味でしたが、本日迷宮の深部で独りはぐれたにもかかわらず、見事に生還するという根性を見せました」
『それは凄いな……。だがシオンちゃんか……。五月雨姉妹のことが露見したおかげで、目障りな桜木理事を窮地に立たせることができそうなのに、シオンちゃんがシズク姫になったらまた力を盛り返すな』
「桐生第一のセイゴさんなら、シオン嬢との政略結婚も辞さないのでは?」
『シオンちゃんを押さえてもね、桜木家にはシヅカさんと言う裏ボスが居るから無意味なんだよ』

 シヅカ……。詩音の姉の桜木志津香か。以前読んだ資料によると大学院生だったなと水島は思い出した。

「大変な才女なんでしたっけ」
『ああ。天才と称しても過言ではない。リンコおば様より手強い女傑だ』
「じゃあそちらと結婚してみては?」
『アハハ、無理。プライドの高い彼女は自分を讃えるイエスマンしか周りに置かないよ。絶対に自分の非を認めない女だ。リンコおば様と同様に、ワンマン経営者になる可能性が高いね』
「それは上に立つ者として無能なたぐいでは?」
『ところがまだ学生でありながら、試しに任された数店舗で大幅な利益を上げているんだ。消費者の需要を先取りして商品を提供している』
「先見の明が有るんですか。それは手強い」
『そう。怖い女なんだ。ま、桜木家への対抗手段は僕の方で考えておくから、キミは怪しまれないよう、引き続き警備隊の一員として活動するように』

 妹の死を知らされても動揺したのはわずか数十秒で、すぐに平常運転に戻った清吾。アンタの方がよっぽど怖いだろうと内心突っ込みながら、最凶のモンスターである水島は通信を終えた。
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