私立桜妃女学院ラビリンス【R18】

水無月礼人

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雫姫の巫女(二)

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 京香……雫の告白は生徒達に衝撃を与え、そしてとても重いものとなった。
 玄関ホールに輪になって座った彼女達へ、雫は警備隊員達にした時と同じように、異変が発生した本当の理由を話して聞かせた。
 自分が家臣の手によって強制的に守り神にされたこと。
 家来が死んだ後に呪いの道具にされたこと。
 巫女として同調した少女の力を借りて、魔物となった家来を呪いから解放する為に迷宮へ潜っていることを。

「私がキョウカ……シズク姫の巫女……」

 思い返せば世良は、それまで話した記憶の無いクラスメイト・清水京香に短期間で心を許した。同調していたせいなのだろうか。

「ごめんなさい、今まで黙っていて」
「いやっ……その、何て言うか……」

 信じられない。それが話を聞いた生徒達に真っ先に浮かんだ感想だった。同じ学院に通う仲間だと思っていた京香が、平安時代の姫君だったのだ。

「本当にごめんなさい」

 深く頭を下げた雫を世良と小鳥が慌てて止めた。

「待って、違う、怒ってないから! そりゃ驚いたけどさ、あなたは悪くないよ。異変を終わらせようとしてくれたんでしょ?」
「寮のお掃除もしてくれましたし……。お姫様なのに」

 少女達に騙されていたという怒りの感情は湧かなかった。清水京香が積極的に迷宮へ潜ったり、寮の為に働く姿を見ていたからである。

「そうよ……。悪いのはシズク姫の家臣達、私の先祖だよ……」

 頭を抱えることになったのは詩音だった。自分の母親のやり口を嫌っていたが、先祖はそれ以上の外道であった。
 ああ、「外道」。

「ふふ、あの男の言った通りだ。私は外道の子孫だったんだ……。あははは……」

 自嘲する詩音を心配して杏奈が問うた。

「桜木先輩、あの男とは誰のことですか?」
「迷宮で私が独りになった時に襲ってきた男だよ。人の姿をした喋る魔物で、先祖に恨みが有るらしくて子孫の私を乱暴したの」
「あ……、そ、それは…………」
「気を遣わなくていいよ田町さん。帰ってきた私の身体を見て、すぐに何が遭ったか判ったでしょう?」

 自暴自棄になっている詩音へ、小さく咳払いをしてから今度は藤宮が質問した。

「ソイツは生徒会長をさらったあのデカイ鎧武者か?」
「……いいえ、武者を従えていた男です。長い帽子を被って、貴族みたいな優雅な見た目をしていました」
「ヤスフミだわ……」

 雫が懐かしい知人、泰史ヤスフミのことをつらそうに述べた。

「私の教師を務めてくれたとても頭の良い人。裏切られて殺された恨みと呪いのせいで歪んで、本来の優しさを失ってしまった」
「裏切られた?」
「ええ。力の有る陰陽師で、源氏を呪殺する術は彼が主体となって練りました。でもヤスフミ自身も家臣に殺されて術に組み込まれてしまったんです」
「何で!? 有能な人材だったんだろう?」
「有能だからです。彼は都から落ち延びた私達のまとめ役でした。それを他の家臣に妬まれたのです」
「何て事を……」

(あの男もそんなことを言っていたな……)

 男の言の裏付けが取れた。

(あ、そう言えば…………)

 ここで詩音は家臣のもう一つの裏切りを思い出した。内容が内容なので、詩音はぼかして雫に聞いた。

「あの、私の先祖は主君である貴女にも酷い行いをしたと……。彼から教えられましたがそれも事実なのでしょうか……?」

 雫はすぐに意味を察した。

「……ええ。きっとヤスフミは仇討ちのつもりであなたを傷付けたのでしょうね。私と同じ目に遭うようにと……。可哀想に、あなたと先祖は違う人間なのに」

 雫と詩音以外の者は、会話内容を読み取れずにキョトンとした。

「姫さん、どういうことだ?」

 雫は苦笑して打ち明けた。

「私は……逃亡先で家臣達と毎夜、関係を持つようになりました」
「!?」

 一同は再び衝撃を受けた。
 雫は柔らかい表現をしたが、詩音が「酷い行いをした」と言っていた。だから解った。目の前の小柄な品の有る姫、彼女は無理矢理に何人もの男に犯されたのだと。
 真っ先に怒りを露わにしたのは多岐川であった。

「馬鹿な! 家臣が主君にそんな無礼を!? 何て奴らだ!!」
「つらい逃亡生活で皆は少しずつ狂っていったのです。家の血を残す為に彼らは子をなすのだと言い訳をしておりましたが、自分よりも上位の者を屈服させることで、溜まった精神負荷の軽減を図ったのでしょう」
「恥知らずどもが……! 理由を付けて女性によってたかって……」
「多岐川さん、私は彼らを恨んでおりません。この身で役立てるのならと、私は家臣達を受け入れたのです」

 微笑む雫が痛々しかった。

「ですが……多岐川さんのように怒り、私を護ろうとしてくれた者もおりました。それがヤスフミです。そのせいで彼は家臣達にとって余計に邪魔な存在となってしまったのです」
「それでヤスフミと言う男は殺されたのですね……?」
「はい。あなた方が迷宮で遭遇したトウヤもそうです。優れた技を持つ彼らでしたが多勢に無勢。家臣は裏で手を回し、ヤスフミの知らない間に家来の大半を掌握していたのです。ヤスフミとトウヤは私を最期まで案じながら命を散らしました……」

 玄関ホールに重苦しい空気が流れた。
 地下三階で戦ったトウヤ。彼が世良に向けた『その清らかなる御身おんみ、誰にも傷付けさせはしません』、あの言葉に含まれた意味を皆は知った。
 そして雫姫は忠臣であった二人の死の直後に、殺害者達によって肉体を暴かれたのだ。悲しむ暇も与えられずに。

「最低だ……」

 詩音が三角座りで立てた両膝に頭を乗せた。

「私の先祖も、他の理事達の先祖も最低だ。あの男が言った通り、一族ごと滅ぶべきなんだ。穢れた血が流れる私も一緒に……!」
「先輩、そんなこと言わないで下さい。先輩は何も悪くありませんよ」

 フォローに入った世良を、顔を上げた詩音は赤い目で見つめた。

「ううん、悪いのよ。桜木の家は今も昔と本質が変わっていない。自分の欲を叶える為に他人を足蹴あしげにしている。私は怖くて逆らえなくて、母の間違った行いを黙って見ているだけだった」
「先輩……?」

 何も知らずに心配してくれる世良。その純粋さに触れると詩音の頭は痛み、何度も息が苦しくなった。

(言えば完全に嫌われるな……、でも言わなくちゃ)

 詩音は大きく息を吸い込んで、そして禁断の秘密を暴露した。

「寮内で何度も生徒が殺された事件、あれは私の母が五月雨姉妹にやらせていたのよ」
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