私立桜妃女学院ラビリンス【R18】

水無月礼人

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雫姫の巫女(三)

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「!…………」

 近くに雷が落ちた、世良はそれくらいの衝撃を脳に受けた。今、詩音は何と言ったのだろう? ほんの数秒前の発言すら脳は理解することを拒んだ。
 五月雨百合弥が殺害犯だということを世良は知っていた。大怪我をして意識朦朧となった百合弥自身が暴露したから。だが黒幕が桜木の家だとは考えもしなかった。

「そっ……それ、本当ですか!?」

 代わりに金切り声を上げたのは杏奈だった。

「桜木先輩がみんなを殺していたんですか!?」

 実行犯は彼女に仕えた五月雨姉妹だ。命令したのは母の凛子。だが止めなかった自分も同罪だと詩音は訂正しなかった。

「そんな、桜木先輩はそんな人じゃないって信じていたのに!」

 邪魔な世良を毒殺しようとしていた桐生茜。十代の少女でありながら、あんな酷いことができる人間は茜くらいのものだと杏奈は思っていた。それが、詩音までだったとは……。
 生徒会長として皆に慕われ頼られてきた詩音。だからこそ典型的な悪党である茜よりもよっぽど性質たちが悪いと、杏奈は裏切られた気持ちになったのだ。

 世良は茫然としながらもあることに気づいた。寮内の秩序を守る立場の警備隊員達が、詩音の告白を聞いても騒いでいないのだ。

「あの……皆さん、皆さんは……、生徒会長のお母さんが殺人に関わっていたこと、知っていたんですか…………?」

 水島が混乱している世良の肩を抱き、落ち着かせるように言った。

「知ってた。でもつい最近だ。五月雨ユリヤが死亡した後に、姉のミリヤを尋問したんだよ」
「あ、ミリヤさんが一人、レクレーションルームに残されたことが有りましたね。あの時に?」
「そう。そこで彼女も実行犯だと判明したから身柄を拘束した」
「拘束? ではミリヤさんは生きているんですか!?」

 妹の後追い自殺をしたと説明されていたので、生徒達は大いに驚いた。

「生きてるよ。理事会の預かりとなって、桜木理事の不正を証言する手筈になっている」
「そうか、母はこれから窮地に立たされる訳ですね……」

 詩音は穏やかな表情となった。小鳥が不思議そうに聞いた。

「先輩は、お母さんが苦しい立場になることが嬉しいんですか?」

 ふふっと詩音は笑った。

「ええ。桜木の家は滅ぶべきなんだよ。平安の時代からそれだけのことをしてきた」
「残念だけど生徒会長」

 水島がありがたくない見解を述べた。

「桜木理事が叩かれるのは、シズク姫指名ゲームでズルをした点だけさ。この一件を受けて理事会での序列が下がるだろうけど、会社経営には大した影響が出ないと思うよ?」
「どうして!? 母は殺人を指示したんですよ!?」
「他の理事達も似たようなことやってるからだよ」
「!…………」

 詩音は握りこぶしを廊下に打ち付けた。

「駄目だよッ! 母を……おじ様達も、あの人達を放置しておいたら悲劇が繰り返される! また人が死んでしまう!! みんな穢れた血を持つ子孫なんだよ、彼らこそ消えるべきなんだ。私も!!」
「桜木先輩…………」

 世良は複雑な感情を抱いた。詩音が寮内の殺人を止めなかったことに対してはもちろん怒りを覚える。しかしその一方で、少女独りの力で何ができたのだろうとも思う。

「桜木シオン、あなたは家臣の子孫の断罪を望みますか?」

 毅然きぜんとした態度で問いかけたのは雫であった。詩音は顔を上げて雫に答えた。

「……はい」

 頷いた詩音に雫は尚も尋ねた。

「罪人には罰を。しかし上に立つ者は下の者を護る義務も有る」
「?…………」
「お母さんを廃した後に、あなたは会社で働く従業員を護る覚悟が有るか、それを聞いているの」
「あ…………」

 従業員達にはそれぞれ生活が有り家庭が有る。会社を潰せば路頭に迷う人間が大勢出る。

「権力を行使する際には責任がともなうのよ。今の理事達を断罪した後、あなたが新しい理事となってみんなを引っ張っていくだけの覚悟は有るの?」

 詩音は両眼を見開き、しばらく爪を噛んで震えていた。爪の噛み癖は幼少期に直せたと思っていたのに。

(私がお母様に代わって新社長として立ち、新しい理事に……? そんな大それたことができるの? 姉様に出来損できそこないだと散々馬鹿にされてきた私が)

 重いプレッシャーに襲われた詩音が救いを求めたのは、走ることが大好きな下級生だった。
 詩音は世良を見た。水島に支えられている世良も詩音を見ていた。二人の視線が空中で合わさった。

(高月さん、あのコはいつだって身一つで戦っている。今だってみんなを救う為に自分がシズク姫になろうとしているんだ。それなのに私は逃げてばかり。これからも逃げ続けるの……?)

 考えて、すぐに詩音は結論を出した。自分でも驚くほどに早く。

(嫌だ。もう言うことを聞くだけのお人形でいるのは)

 詩音は胸が熱くなった。

(そうだよ、昨日だって迷宮からたった独りで帰ってこられたじゃない。自分の力でやり遂げたんだよ、決して私は出来損できそこないなんかじゃない!!)

 詩音の瞳には決意の炎が宿った。彼女の顔が引き締まるのを見て、世良は詩音が覚悟を決めたのだと悟った。

「シズク様、私の力はちっぽけなものです。ですが全力で挑み、会社を支えてくれる従業員達を護ると誓います」

 堂々と決意表明をした詩音へ、雫は微笑みを返した。

「そう。ならば生徒会長、あなたが最後のシズク姫におなりなさい」

 姫の発言に場が再び騒然とした。一番動揺したのは言われた詩音だ。

「わ、私がシズク姫に!?」
「そう。まずは私と同調して巫女になってもらうわ」
「ですが、母と配下の者の行いを止められなかった私です。高貴な者となる資格が有りません!」
「シオン、見て見ぬ振りをしていたのはあなただけじゃない。私もなのよ……」
「え…………?」

 雫は目を伏せた。

「何故私が、罪を犯す家臣達に今まで罰を下さなかったか解るかしら?」
「いいえ……」

 皆おかしいとは思っていた。責任感の強い姫が、暴走する家臣を野放しにしていることを。
 ここで雫は悲しい秘密を明かした。

「家臣の子孫は、のです。だから私は……彼らが何をしているか知りながら、彼らの繁栄を願ってしまったのです」

 言われて皆「あっ」という顔になった。雫姫は家臣達に犯されていたのだ。
 多岐川が声を絞り出した。

「お子さんが……産まれていたのですか?」
「はい、三人。最後の子の時が難産で私は命を失いました。三人の子は三名の家臣に引き取られ、長じてからは他の家臣の子と婚姻を結びました。現在の理事達の家系には私の血が流れております」

 自分の血統を憎んでいた詩音は衝撃を受けていた。

「では……私にもあなたの血が……?」
「ええ、そうなのよシオン」

 詩音へ向けられた雫の眼差しは、温かい母のものだった。
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