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惨劇(三)
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「あぎゃうっ」
ドタンッと重いものが倒れた音がした方向へ、生徒の一人が懐中電灯を向けた。そして浮かび上がった光景に、レクレーションルームに居た全員が息を吞んだ。
女生徒を組み敷いた緑色の化け物が彼女の喉笛に喰らい付き、ほとばしる鮮血が周囲の生徒や壁に飛び散っていた。
「アアアァァァ!!」
何十人分もの金切り声が鼓膜をつんざいた。
錯乱した生徒達は一斉に二階へ逃れようとした。寮の階段はそれなりに広い造りだが、百人を超える人数が殺到した為に渋滞となった。それでも避難を望む者は進もうと、後ろから前の者を力任せに押した。
「やめて、やめて、押さないで!」
「これ以上進めな……ぎっ」
「ぐはっ」
圧し潰された誰かのくぐもった声が漏れた。
「駄目、みんな一旦下がって! 階段から離れて!」
生徒会長の詩音が懸命に指示を出したが、聞く者など居なかった。押されて倒れた者を踏み付けて階段を駆け上がった。足の下に居るのは親友や姉妹かもしれない。それ以上に自分の命が大切だったのだ。
「ああ……」
落とされた懐中電灯によってレクレーションルームの惨劇シーンは継続され、逃げ遅れて一階に残っている少女達の瞳を刺激した。
光の輪の中で顔見知りの相手が餓鬼に貪り喰われていた。
やめて、もうやめて。
声にならない叫びが心の中でこだました。詩音と杏奈は立ち尽くし、気が強い花蓮と茜ですら何の行動も起こせずにいた。
そこへ……。
「わあぁぁぁぁぁ!!」
叫びながら駆け寄る生徒が居た。
「高月!?」
懐中電灯の光が世良が持つ刃物に反射した。キッチンスペースで調達した料理包丁だった。世良はソレを迷わず餓鬼の背中に突き刺した。
『グギャアッ!?』
一撃を受けた餓鬼は仰け反った。反撃の隙を与えず、世良は引き抜いた包丁の刃を再度餓鬼の身体に挿し入れた。
『ギュアギュアァ!!』
痛みでのたうつ餓鬼を蹴り飛ばし女生徒から離した世良は、包丁を振りかぶり、三撃目を見舞った。
餓鬼の顔面へ、刃は深く沈んだ。ジタバタ暴れていた化け物はこれで絶命した。
「………………」
襲われていた生徒も既に事切れていた。唇を噛んだ世良は窓に近付き、閉めて施錠しカーテンもかけた。これで中の光は外に漏れない。見つかりにくくなったが強度が心配だ。
「……江崎先輩、ガラス窓では破られるかもしれません」
世良に声をかけられて花蓮は我に返った。
「解ってる! ソファーでバリケードを造る。動ける人は持ち上げるの手伝って!」
すぐに詩音と杏奈が来た。花蓮は隣の固まったままの茜に言いつけた。
「アンタもやるんだよ」
「私が……力仕事なんて!」
「理事長の娘さん、緊急事態ではね、そんな肩書きなんて何の役にも立たないんだよ。現にアンタの取り巻き二名は、アンタを放ってとっとと逃げちゃっただろ?」
「………………」
「死にたくなきゃ協力しな。ヤバイ事態だって理解したろ?」
世良が戻ってきてソファーの片側に手をかけた。
「アンナと江崎先輩は反対側の端を持って下さい。桜木先輩と桐生先輩は中ほどを支えて……そうです、持ち上げますよ?」
嫌々ながら茜も参加した五名で、ソファーを窓際へ移動させて立て掛けた。一台片付けて更にもう一台。重い作業を終えた少女達はふうっと息を吐いた。
だがすぐ近くには生徒と餓鬼の死体が横たわっている。そちらを見ないようにして茜が口を開いた。
「あの化け物は……何よ?」
誰も説明できなかった。
「何であんなのが学院の敷地内に居るのよ!?」
詩音が肩を落とした。
「私達にだって判らないよ。それにアレだけじゃない……、校舎には白い着物姿の女の幽霊も出たの」
「はぁ!?」
「それでソーコが行方不明になった」
花蓮が顔を伏せた。
「あたし達……これからどうなるんだろうね?」
「判らない。とにかくできることをやっておこう。今みたいに化け物の侵入経路を塞いだり、怪我した生徒の手当もしなくちゃ」
か弱そうに見えた詩音が前向きだったことに、世良は良い意味で意外性を感じていた。流石は圧倒的な得票数で生徒会長に選ばれただけのことはある。
「そうだね、ソーコが戻るまで私が寮を守んなきゃ!」
花蓮の声にも力が戻ってきた。
「階段の様子を見ないと。三年生は一緒に来てくれ。きっと怪我人が大勢居る。高月と田町は一階の生徒達を見てあげて」
「はい」
三年生三名は一つの懐中電灯を持って階段へ向かった。
そこはレクレーションルーム以上の惨状だった。
「うっ……」
大きな将棋倒しが起こったようだ。二十人くらいの生徒達が折り重なって倒れていた。
苦しそうに蠢いている者が居れば、ピクリとも動かない者も居る。
「アカネさん!!」
階段脇でしゃがみ込んでいた生徒が、悲痛な声で桐生茜の名を呼んだ。縋ろうとするその生徒に茜は冷たい視線を浴びせた。
「メアリ? サキはどうしたのよ?」
島田芽亜理と稲垣早紀は、いつも茜に引っ付いている腰巾着の二人だ。
「サキは……下敷きになって……」
芽亜理が指し示した先を見て茜はフンっと鼻を鳴らした。
「傑作ね。私よりも自分の命を優先して逃げたくせに、結局こんな所で圧死しちゃうなんてね」
「アカネ、何てことを!」
詩音が咎めたが茜は芽亜理を見据えた。
「解ったでしょ? アンタ達はただのモブだって。上手に生きる為には上級国民に媚びを売るしかないのよ」
化け物を見て気弱になっていた茜の瞳に強い光が戻っていた。
生きようとした早紀が死んで、逃げ遅れた自分は生き残っている。
茜の唇の両端が持ち上がった。
自分は支配する側。特別な存在。簡単に死んだクラスメイトを見て再認識した。
ドタンッと重いものが倒れた音がした方向へ、生徒の一人が懐中電灯を向けた。そして浮かび上がった光景に、レクレーションルームに居た全員が息を吞んだ。
女生徒を組み敷いた緑色の化け物が彼女の喉笛に喰らい付き、ほとばしる鮮血が周囲の生徒や壁に飛び散っていた。
「アアアァァァ!!」
何十人分もの金切り声が鼓膜をつんざいた。
錯乱した生徒達は一斉に二階へ逃れようとした。寮の階段はそれなりに広い造りだが、百人を超える人数が殺到した為に渋滞となった。それでも避難を望む者は進もうと、後ろから前の者を力任せに押した。
「やめて、やめて、押さないで!」
「これ以上進めな……ぎっ」
「ぐはっ」
圧し潰された誰かのくぐもった声が漏れた。
「駄目、みんな一旦下がって! 階段から離れて!」
生徒会長の詩音が懸命に指示を出したが、聞く者など居なかった。押されて倒れた者を踏み付けて階段を駆け上がった。足の下に居るのは親友や姉妹かもしれない。それ以上に自分の命が大切だったのだ。
「ああ……」
落とされた懐中電灯によってレクレーションルームの惨劇シーンは継続され、逃げ遅れて一階に残っている少女達の瞳を刺激した。
光の輪の中で顔見知りの相手が餓鬼に貪り喰われていた。
やめて、もうやめて。
声にならない叫びが心の中でこだました。詩音と杏奈は立ち尽くし、気が強い花蓮と茜ですら何の行動も起こせずにいた。
そこへ……。
「わあぁぁぁぁぁ!!」
叫びながら駆け寄る生徒が居た。
「高月!?」
懐中電灯の光が世良が持つ刃物に反射した。キッチンスペースで調達した料理包丁だった。世良はソレを迷わず餓鬼の背中に突き刺した。
『グギャアッ!?』
一撃を受けた餓鬼は仰け反った。反撃の隙を与えず、世良は引き抜いた包丁の刃を再度餓鬼の身体に挿し入れた。
『ギュアギュアァ!!』
痛みでのたうつ餓鬼を蹴り飛ばし女生徒から離した世良は、包丁を振りかぶり、三撃目を見舞った。
餓鬼の顔面へ、刃は深く沈んだ。ジタバタ暴れていた化け物はこれで絶命した。
「………………」
襲われていた生徒も既に事切れていた。唇を噛んだ世良は窓に近付き、閉めて施錠しカーテンもかけた。これで中の光は外に漏れない。見つかりにくくなったが強度が心配だ。
「……江崎先輩、ガラス窓では破られるかもしれません」
世良に声をかけられて花蓮は我に返った。
「解ってる! ソファーでバリケードを造る。動ける人は持ち上げるの手伝って!」
すぐに詩音と杏奈が来た。花蓮は隣の固まったままの茜に言いつけた。
「アンタもやるんだよ」
「私が……力仕事なんて!」
「理事長の娘さん、緊急事態ではね、そんな肩書きなんて何の役にも立たないんだよ。現にアンタの取り巻き二名は、アンタを放ってとっとと逃げちゃっただろ?」
「………………」
「死にたくなきゃ協力しな。ヤバイ事態だって理解したろ?」
世良が戻ってきてソファーの片側に手をかけた。
「アンナと江崎先輩は反対側の端を持って下さい。桜木先輩と桐生先輩は中ほどを支えて……そうです、持ち上げますよ?」
嫌々ながら茜も参加した五名で、ソファーを窓際へ移動させて立て掛けた。一台片付けて更にもう一台。重い作業を終えた少女達はふうっと息を吐いた。
だがすぐ近くには生徒と餓鬼の死体が横たわっている。そちらを見ないようにして茜が口を開いた。
「あの化け物は……何よ?」
誰も説明できなかった。
「何であんなのが学院の敷地内に居るのよ!?」
詩音が肩を落とした。
「私達にだって判らないよ。それにアレだけじゃない……、校舎には白い着物姿の女の幽霊も出たの」
「はぁ!?」
「それでソーコが行方不明になった」
花蓮が顔を伏せた。
「あたし達……これからどうなるんだろうね?」
「判らない。とにかくできることをやっておこう。今みたいに化け物の侵入経路を塞いだり、怪我した生徒の手当もしなくちゃ」
か弱そうに見えた詩音が前向きだったことに、世良は良い意味で意外性を感じていた。流石は圧倒的な得票数で生徒会長に選ばれただけのことはある。
「そうだね、ソーコが戻るまで私が寮を守んなきゃ!」
花蓮の声にも力が戻ってきた。
「階段の様子を見ないと。三年生は一緒に来てくれ。きっと怪我人が大勢居る。高月と田町は一階の生徒達を見てあげて」
「はい」
三年生三名は一つの懐中電灯を持って階段へ向かった。
そこはレクレーションルーム以上の惨状だった。
「うっ……」
大きな将棋倒しが起こったようだ。二十人くらいの生徒達が折り重なって倒れていた。
苦しそうに蠢いている者が居れば、ピクリとも動かない者も居る。
「アカネさん!!」
階段脇でしゃがみ込んでいた生徒が、悲痛な声で桐生茜の名を呼んだ。縋ろうとするその生徒に茜は冷たい視線を浴びせた。
「メアリ? サキはどうしたのよ?」
島田芽亜理と稲垣早紀は、いつも茜に引っ付いている腰巾着の二人だ。
「サキは……下敷きになって……」
芽亜理が指し示した先を見て茜はフンっと鼻を鳴らした。
「傑作ね。私よりも自分の命を優先して逃げたくせに、結局こんな所で圧死しちゃうなんてね」
「アカネ、何てことを!」
詩音が咎めたが茜は芽亜理を見据えた。
「解ったでしょ? アンタ達はただのモブだって。上手に生きる為には上級国民に媚びを売るしかないのよ」
化け物を見て気弱になっていた茜の瞳に強い光が戻っていた。
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