私立桜妃女学院ラビリンス【R18】

水無月礼人

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惨劇(三)

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「あぎゃうっ」

 ドタンッと重いものが倒れた音がした方向へ、生徒の一人が懐中電灯を向けた。そして浮かび上がった光景に、レクレーションルームに居た全員が息を吞んだ。
 女生徒を組み敷いた緑色の化け物が彼女の喉笛に喰らい付き、ほとばしる鮮血が周囲の生徒や壁に飛び散っていた。

「アアアァァァ!!」

 何十人分もの金切り声が鼓膜をつんざいた。
 錯乱した生徒達は一斉に二階へ逃れようとした。寮の階段はそれなりに広い造りだが、百人を超える人数が殺到した為に渋滞となった。それでも避難を望む者は進もうと、後ろから前の者を力任せに押した。

「やめて、やめて、押さないで!」
「これ以上進めな……ぎっ」
「ぐはっ」

 圧し潰された誰かのくぐもった声が漏れた。

「駄目、みんな一旦下がって! 階段から離れて!」

 生徒会長の詩音が懸命に指示を出したが、聞く者など居なかった。押されて倒れた者を踏み付けて階段を駆け上がった。足の下に居るのは親友や姉妹かもしれない。それ以上に自分の命が大切だったのだ。

「ああ……」

 落とされた懐中電灯によってレクレーションルームの惨劇シーンは継続され、逃げ遅れて一階に残っている少女達の瞳を刺激した。
 光の輪の中で顔見知りの相手が餓鬼にむさぼり喰われていた。

 やめて、もうやめて。

 声にならない叫びが心の中でこだました。詩音と杏奈は立ち尽くし、気が強い花蓮と茜ですら何の行動も起こせずにいた。
 そこへ……。

「わあぁぁぁぁぁ!!」

 叫びながら駆け寄る生徒が居た。

「高月!?」

 懐中電灯の光が世良が持つ刃物に反射した。キッチンスペースで調達した料理包丁だった。世良はソレを迷わず餓鬼の背中に突き刺した。

『グギャアッ!?』

 一撃を受けた餓鬼はった。反撃の隙を与えず、世良は引き抜いた包丁の刃を再度餓鬼の身体に挿し入れた。

『ギュアギュアァ!!』

 痛みでのたうつ餓鬼を蹴り飛ばし女生徒から離した世良は、包丁を振りかぶり、三撃目を見舞った。
 餓鬼の顔面へ、刃は深く沈んだ。ジタバタ暴れていた化け物はこれで絶命した。

「………………」

 襲われていた生徒も既に事切れていた。唇を噛んだ世良は窓に近付き、閉めて施錠しカーテンもかけた。これで中の光は外に漏れない。見つかりにくくなったが強度が心配だ。

「……江崎先輩、ガラス窓では破られるかもしれません」

 世良に声をかけられて花蓮は我に返った。

「解ってる! ソファーでバリケードを造る。動ける人は持ち上げるの手伝って!」

 すぐに詩音と杏奈が来た。花蓮は隣の固まったままの茜に言いつけた。

「アンタもやるんだよ」
「私が……力仕事なんて!」
「理事長の娘さん、緊急事態ではね、そんな肩書きなんて何の役にも立たないんだよ。現にアンタの取り巻き二名は、アンタを放ってとっとと逃げちゃっただろ?」
「………………」
「死にたくなきゃ協力しな。ヤバイ事態だって理解したろ?」

 世良が戻ってきてソファーの片側に手をかけた。

「アンナと江崎先輩は反対側の端を持って下さい。桜木先輩と桐生先輩は中ほどを支えて……そうです、持ち上げますよ?」

 嫌々ながら茜も参加した五名で、ソファーを窓際へ移動させて立て掛けた。一台片付けて更にもう一台。重い作業を終えた少女達はふうっと息を吐いた。
 だがすぐ近くには生徒と餓鬼の死体が横たわっている。そちらを見ないようにして茜が口を開いた。

「あの化け物は……何よ?」

 誰も説明できなかった。

「何であんなのが学院の敷地内に居るのよ!?」

 詩音が肩を落とした。

「私達にだって判らないよ。それにアレだけじゃない……、校舎には白い着物姿の女の幽霊も出たの」
「はぁ!?」
「それでソーコが行方不明になった」

 花蓮が顔を伏せた。

「あたし達……これからどうなるんだろうね?」
「判らない。とにかくできることをやっておこう。今みたいに化け物の侵入経路を塞いだり、怪我した生徒の手当もしなくちゃ」

 か弱そうに見えた詩音が前向きだったことに、世良は良い意味で意外性を感じていた。流石は圧倒的な得票数で生徒会長に選ばれただけのことはある。

「そうだね、ソーコが戻るまで私が寮を守んなきゃ!」

 花蓮の声にも力が戻ってきた。

「階段の様子を見ないと。三年生は一緒に来てくれ。きっと怪我人が大勢居る。高月と田町は一階の生徒達を見てあげて」
「はい」

 三年生三名は一つの懐中電灯を持って階段へ向かった。
 そこはレクレーションルーム以上の惨状だった。

「うっ……」

 大きな将棋倒しが起こったようだ。二十人くらいの生徒達が折り重なって倒れていた。
 苦しそうにうごめいている者が居れば、ピクリとも動かない者も居る。

「アカネさん!!」

 階段脇でしゃがみ込んでいた生徒が、悲痛な声で桐生茜の名を呼んだ。すがろうとするその生徒に茜は冷たい視線を浴びせた。

「メアリ? サキはどうしたのよ?」

 島田芽亜理シマダメアリ稲垣早紀イナガキサキは、いつも茜に引っ付いている腰巾着の二人だ。

「サキは……下敷きになって……」

 芽亜理が指し示した先を見て茜はフンっと鼻を鳴らした。

「傑作ね。私よりも自分の命を優先して逃げたくせに、結局こんな所で圧死しちゃうなんてね」
「アカネ、何てことを!」

 詩音が咎めたが茜は芽亜理を見据えた。

「解ったでしょ? アンタ達はただのモブだって。上手に生きる為には上級国民に媚びを売るしかないのよ」

 化け物を見て気弱になっていた茜の瞳に強い光が戻っていた。
 生きようとした早紀が死んで、逃げ遅れた自分は生き残っている。
 茜の唇の両端が持ち上がった。

 自分は支配する側。特別な存在。簡単に死んだクラスメイトを見て再認識した。 
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