村長奇譚 ~夏祭りの惨劇と少女の亡霊~

水無月礼人

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神社の御神体(七)

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「なるほど、鏡の前で隠し事はできないということですね」

 教授はそう意地悪く前置きしてから、学生達をうながした。

「さあキミ達、そこの端から順に一人ずつ立って、神鏡に自分の姿を映してきなさい」
「えっ」

 学生達が騒めいた。怖いと感じたばかりだというのに、行けと命じられたのである

「端からって俺……? 待って下さい教授、まだ心の準備が……」
「今キミが抱いている感覚、それこそが畏怖いふだよ。それでいいんだ。おそうやまう気持ちを持った上で、神鏡の前に立ちなさい」

 教授の弁に続いて、宮司が注意事項を付け加えた。

「神鏡には絶対に身体を触れさせてはいけません。そして息を吐く際は横を向いて下さい。みそぎをしていない人間の息は、不浄なものとされています」

 緊張して尻込みをする学生一番手を、見かねた坂元が元気づけた。

「大丈夫だよ。さっき俺も姿を映してみたけど普通だったから。妙なものが映ることは滅多に無いそうだよ」

 すかさず教授が宮司に聞いた。

「滅多に、ということは、実際に不可思議なものが映ったことが有ったのですね?」
「昔のことまでは存じませんが、父の代には三回有ったと聞きました。神鏡公開の際には毎回二十人ほどの人間が集まるのですが、その中の一人の割合で映り込むのだそうです」
「二十人に一人……。今日の人数もそれに近いですから、充分可能性が有りそうですね」

 この一言を受けて余計に学生達は緊張したようだが、一番手の彼は意を決して神鏡の前に立った。

「………………」

 広間に居る全員の視線が、鏡の前の彼へそそがれた。

「……普段の、俺だ」

 男子学生は安心したように呟いて、次の学生に場を譲った。
 もし自分の番に何かが映り込んだらどうしよう、学生達はきっとこんな風に思っていたのだろう。
 次の学生、また次の学生と、順番に若者達が神鏡に姿を映していった。強張こわばった表情から柔らかな表情に戻るさまを見る限り、誰にも異変は起きていないようだった。

 そして最後の学生の番が終わった。

「今回は何も起きなかったようですね」

 宮司の締めの言葉に教授が待ったをかけた。

「いえ、まだ二人残っています。さぁ佐々木くん、キミの番だよ」

 教授に名指しされた助教の佐々木は、肩を大きく揺らして驚いた。

「ぼ、僕もやるんですか!?」
「もちろんだよ。キミの後に私も行く」
「で、ですが、今日は学生達の付き添いで来ただけで……」
「何を言うんだ、これもフィールドワークの一環だよ。御神体が真の力を発揮する場面に立ち会えるかもしれないのに、研究者のキミがその機会を放棄するのかい?」

 教授は真っ直ぐな目で佐々木を射貫いていた。佐々木が言い訳をして逃れようとしても許さない、教授の目はそう語っていた。

「さぁ、行っておいで。キミという人間を神鏡に映してきなさい」

 学生達に向けた優しい口調とは異なり、教授の佐々木へ対する語気は厳しく、強かった。
 佐々木は力無く立ち上がり、神鏡の前に歩を進めた。

「………………」

 重い足取りで神鏡の前に到着した佐々木であったが、彼の目線は鏡には向かず斜め上の宙を泳いでいた。

「どうしました、具合でも悪いんですか?」

 顔色の悪い佐々木を、神鏡を挟んで真正面に立つ澄子が気遣った。
 近くで見ると佐々木、肌に張りが無く小皺こじわも多く、とても三十代とは思えなかった。それはまるで短期間で老けてしまったかのような容貌で……。ここまで考えて、私は清美のことを思い出した。

「佐々木くん、御神体を拝める機会などそうそうないのだから、しっかり見ておくんだよ」

 教授が背後から声をかけても、佐々木は変わらず宙を見つめるだけだった。

「神社に来られたのも実に十年振りだ。亡くなった陽菜さんに手を合わせに来たあの日以来……。ああ、いや、あの時キミは一緒に来なかったね」

 教授は佐々木の背中に向かって言葉をつむいだ。

「佐々木くんがここに来たのは、あの夏祭りが最後だったのかな?」

 佐々木の身体がブルンと震えた。直立な彼は、涼しい室内で大量の汗を掻き始めた。

「え、佐々木さん、夏祭りに来てたんスか?」

 坂元がした何の気無しの質問に、佐々木は明らかに動揺した。裏返る声で否定した。

「い、いえ、僕は……、祭りには行ってないです」

 佐々木の言葉尻に教授が被せた。

「そんなはずは無いだろう。陽菜さんに誘われたから夏祭りに行ってくるって、照れながら私に話してくれたじゃないか」

 教授は昔話をしている風で、しかし目が笑っていなかった。そしてその発言は皆に衝撃を与えた。

「陽菜ちゃんに……?」

 坂元があんぐりと口を開けて固まり、学生達は驚きの目を佐々木へ向けた。

「佐々木さん、陽菜さんに誘われるくらい彼女と親しかったんですか?」

 下世話なことは承知で、私はつい佐々木を問い詰めてしまった。

「いや、それは、何て言うか……」
「どうなんですか!?」
「あ、あなたには関係無いじゃないですか!」

 心労でボロボロになった清美の姿を見たばかりの私は、無関心ではいられなかった。

「殺されてしまった陽菜さんは、私がお世話になった先輩のお嬢さんなんです!」
「!」

 佐々木は私の顔を凝視したが、答えはくれなかった。尚も詰問しようとした私を、教授の言がさえぎった。

「佐々木くん、やっぱりキミだったのか?」
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