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エリアスの背中(7)
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「犯罪者となった先輩を放っておけずに、あなたも組織へ入ったの?」
私の問いかけにユーリは何も言わずに唇を噛んだ。それこそが答えだった。
ユーリは自分をエンとは違う、人の心を持たざる者のように表現していた。でも実際に話してみて判った。ユーリはかなりの人情家だ。自分を知らないだけなんだ。
そんな彼だからこそエンは慕って、再会を望んではるばるラグゼリアまで必死に追いかけてきたのだ。自分の祖国を捨ててまで。
「……首領を救うことはできないだろう。彼は罪を重ね過ぎた」
エリアスの重い指摘を、ユーリは意外にも素直に受け入れた。
「理解している。何度もアンダー・ドラゴンを抜けるように説得したが、あの人は聞き入れてくれなかった。犯罪行為で手柄を立てて首領にまでなったあの人を止めるには……、もう殺すしかない」
私は怯んでしまった。
「殺す……」
「そうだ。あの人は生きている限り目的を果たそうと、罪を重ね続けることになるだろう。これからも無関係の人間が巻き込まれて苦しむことになる」
彼の目的?
「どうしてレスター・アークは悪の道に走ってしまったの?」
ユーリは哀しそうに笑った。
「それを知る必要は無い。知れば彼と戦うことに迷いが生まれるだろう。特におまえみたいな甘ちゃんにはな」
「………………」
言い返せなかった。一度は収まった震えがまた全身を支配していた。
世話になった先輩を殺す決意を固めたユーリ。私には……きっと無理だ。どんな事情が有ったとしても、キースやルパートを手にかけるなんてできない。自分の身に置き換えてみて、ユーリの苦悩の大きさが窺い知れた。
「ふ。おまえの分の罪を背負ってやる前に、おまえ自身を背負ってやった方が良さそうだな。俺の背中に乗れよ、ギルドのテントまで連れていってやるから少し休め。この辺りにはもう潜んでいる奴が居ないようだからな」
後ろ向きに屈もうとしたユーリをエリアスが止めた。
「ロックウィーナは私が背負う。おまえはこれを持て」
エリアスは背負っていた大剣を、鞘を支えていたベルトごと外してポイッとユーリへ投げ渡した。受け止めたユーリは剣を取り落としそうになった。
「お、重っ! 何だコレ! アンタこんなモン振り回してたのか!?」
エリアス以外には無理だよね、やっぱり。
「さ、ロックウィーナ。私の背中に乗りたまえ」
「え、でも……」
「つらい時は遠慮をするな。キミだって遭難してボロボロになった私を背負ってくれたじゃないか」
「は? 女、おまえエリアスさんを背負ったのか? 何気に凄いな!」
改めて大柄なエリアスを見てよくやったなと私も思った。
「ロックウィーナ、これはあの時のお礼だ。これで貸し借り無しにしよう」
エリアスの言い回しにまた涙が復活しそうになった。
私がエリアスにしてあげたことなんて遭難時のあれ一回きり。その後は何度も何度も彼に助けられてきた。貸した分なんてとっくに精算されている。
でもここは甘えた方がいいのだろう。エリアスの顔を立てる為に。
「失礼します……」
私はエリアスの背中に体重を預けた。「軽いな」とエリアスは笑ってスッと立ち上がった。あなたが力持ちなんですよ。
普段は長い脚を使った大股歩きの彼だが、今は一歩の幅を狭くゆっくり歩いていた。気分が悪い私をこれ以上酔わせない為の気遣いだ。
親切で本当に優しい人。あの時もそうしてくれていたっけ。
(ん? あの時……?)
長身のエリアスに背負われて視点が高くなった私は、不思議な既視感の中を漂った。ついさっき戦闘前にも抱いた感覚だ。
私を以前背負ってくれたのはキースだよね? エリアスおんぶは今回が初めてのはず。
(でも知っている)
太めの私を軽々と背負ってくれた彼。彼の肩に乗せた指がパンパンで恥ずかしかった。
(ええ?)
私は脳内に広がったイメージに戸惑った。
確かに一般のお嬢さん達に比べて指はゴツイかもしれない。鞭を振るってきたし、拳闘士としての鍛錬も積んでいる。
でも太めではないと思うな。トレーニングをしているから筋肉は付いているけど、細マッチョ体型であると自負している。
それなのに、私は背負われた自分の体型を恥じている。重い自分を背負わせて申し訳ないなと落ち込んでいる。
(なんなのこのイメージ。私と、もう一人の私の記憶が重なっている……!)
知らないはずの過去が蘇っていた。
校庭に大勢の生徒が集まって大声を出していた。私も居る。こんなに大きな声を出したのは生まれて初めてかもしれない。
これはいつの記憶? 彼らは誰?
ぐにゃり。
具合が悪いというのに頭をフル回転させてしまった私は、強烈な眩暈に襲われた。世界がグルグル横回転する。気持ち悪い。
(……ヤバイ! もう立っていられない)
いや私は既に立っていない。エリアスに背負われている。なのに足を踏ん張るもう一人の私が居た。
(ここで倒れたらまたみんなに迷惑をかける……。陰口を言われる……)
陰口? そんなことを言う人は居ないよ。みんな親切だもの。
ああ、意識がどんどん遠くなる。近くで女子の何人かが「キャーッ」て叫んだ。ミラ? マリナ? 戻ってきたの?
(こんな身体もう嫌……。こんな自分も)
脚から力が抜けてヘナヘナとその場に崩れ落ちる私。顔面が土に着く寸前に、逞しい誰かの腕が私を引っ張り上げて支えた。私は土ではなくその人の胸に顔を埋めることになった。ここでまた「キャーッ」と声が上がった。さっきとは違うニュアンスを含んで。
閉じかけた瞳で相手を見た。クラクラする頭でなんとか情報を整理した。
『保健室へ運ぶよ。俺の背中に乗って』
いっぱいいっぱいだった私へ柔らかい笑みを向けてくれた人。私の初恋の人。
擦れ声で彼の名前を呼んだ。
「す、すみません……。衛藤……先輩」
私の問いかけにユーリは何も言わずに唇を噛んだ。それこそが答えだった。
ユーリは自分をエンとは違う、人の心を持たざる者のように表現していた。でも実際に話してみて判った。ユーリはかなりの人情家だ。自分を知らないだけなんだ。
そんな彼だからこそエンは慕って、再会を望んではるばるラグゼリアまで必死に追いかけてきたのだ。自分の祖国を捨ててまで。
「……首領を救うことはできないだろう。彼は罪を重ね過ぎた」
エリアスの重い指摘を、ユーリは意外にも素直に受け入れた。
「理解している。何度もアンダー・ドラゴンを抜けるように説得したが、あの人は聞き入れてくれなかった。犯罪行為で手柄を立てて首領にまでなったあの人を止めるには……、もう殺すしかない」
私は怯んでしまった。
「殺す……」
「そうだ。あの人は生きている限り目的を果たそうと、罪を重ね続けることになるだろう。これからも無関係の人間が巻き込まれて苦しむことになる」
彼の目的?
「どうしてレスター・アークは悪の道に走ってしまったの?」
ユーリは哀しそうに笑った。
「それを知る必要は無い。知れば彼と戦うことに迷いが生まれるだろう。特におまえみたいな甘ちゃんにはな」
「………………」
言い返せなかった。一度は収まった震えがまた全身を支配していた。
世話になった先輩を殺す決意を固めたユーリ。私には……きっと無理だ。どんな事情が有ったとしても、キースやルパートを手にかけるなんてできない。自分の身に置き換えてみて、ユーリの苦悩の大きさが窺い知れた。
「ふ。おまえの分の罪を背負ってやる前に、おまえ自身を背負ってやった方が良さそうだな。俺の背中に乗れよ、ギルドのテントまで連れていってやるから少し休め。この辺りにはもう潜んでいる奴が居ないようだからな」
後ろ向きに屈もうとしたユーリをエリアスが止めた。
「ロックウィーナは私が背負う。おまえはこれを持て」
エリアスは背負っていた大剣を、鞘を支えていたベルトごと外してポイッとユーリへ投げ渡した。受け止めたユーリは剣を取り落としそうになった。
「お、重っ! 何だコレ! アンタこんなモン振り回してたのか!?」
エリアス以外には無理だよね、やっぱり。
「さ、ロックウィーナ。私の背中に乗りたまえ」
「え、でも……」
「つらい時は遠慮をするな。キミだって遭難してボロボロになった私を背負ってくれたじゃないか」
「は? 女、おまえエリアスさんを背負ったのか? 何気に凄いな!」
改めて大柄なエリアスを見てよくやったなと私も思った。
「ロックウィーナ、これはあの時のお礼だ。これで貸し借り無しにしよう」
エリアスの言い回しにまた涙が復活しそうになった。
私がエリアスにしてあげたことなんて遭難時のあれ一回きり。その後は何度も何度も彼に助けられてきた。貸した分なんてとっくに精算されている。
でもここは甘えた方がいいのだろう。エリアスの顔を立てる為に。
「失礼します……」
私はエリアスの背中に体重を預けた。「軽いな」とエリアスは笑ってスッと立ち上がった。あなたが力持ちなんですよ。
普段は長い脚を使った大股歩きの彼だが、今は一歩の幅を狭くゆっくり歩いていた。気分が悪い私をこれ以上酔わせない為の気遣いだ。
親切で本当に優しい人。あの時もそうしてくれていたっけ。
(ん? あの時……?)
長身のエリアスに背負われて視点が高くなった私は、不思議な既視感の中を漂った。ついさっき戦闘前にも抱いた感覚だ。
私を以前背負ってくれたのはキースだよね? エリアスおんぶは今回が初めてのはず。
(でも知っている)
太めの私を軽々と背負ってくれた彼。彼の肩に乗せた指がパンパンで恥ずかしかった。
(ええ?)
私は脳内に広がったイメージに戸惑った。
確かに一般のお嬢さん達に比べて指はゴツイかもしれない。鞭を振るってきたし、拳闘士としての鍛錬も積んでいる。
でも太めではないと思うな。トレーニングをしているから筋肉は付いているけど、細マッチョ体型であると自負している。
それなのに、私は背負われた自分の体型を恥じている。重い自分を背負わせて申し訳ないなと落ち込んでいる。
(なんなのこのイメージ。私と、もう一人の私の記憶が重なっている……!)
知らないはずの過去が蘇っていた。
校庭に大勢の生徒が集まって大声を出していた。私も居る。こんなに大きな声を出したのは生まれて初めてかもしれない。
これはいつの記憶? 彼らは誰?
ぐにゃり。
具合が悪いというのに頭をフル回転させてしまった私は、強烈な眩暈に襲われた。世界がグルグル横回転する。気持ち悪い。
(……ヤバイ! もう立っていられない)
いや私は既に立っていない。エリアスに背負われている。なのに足を踏ん張るもう一人の私が居た。
(ここで倒れたらまたみんなに迷惑をかける……。陰口を言われる……)
陰口? そんなことを言う人は居ないよ。みんな親切だもの。
ああ、意識がどんどん遠くなる。近くで女子の何人かが「キャーッ」て叫んだ。ミラ? マリナ? 戻ってきたの?
(こんな身体もう嫌……。こんな自分も)
脚から力が抜けてヘナヘナとその場に崩れ落ちる私。顔面が土に着く寸前に、逞しい誰かの腕が私を引っ張り上げて支えた。私は土ではなくその人の胸に顔を埋めることになった。ここでまた「キャーッ」と声が上がった。さっきとは違うニュアンスを含んで。
閉じかけた瞳で相手を見た。クラクラする頭でなんとか情報を整理した。
『保健室へ運ぶよ。俺の背中に乗って』
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擦れ声で彼の名前を呼んだ。
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