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それぞれの想い(7)
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「マキア……!」
邪魔をされたエンは突然現れた相棒を睨みつけたが、
「エン、自分がした結果を見てみろよ……」
怒っていると言うよりも泣きそうな表情をしたマキアに指摘されて、ハッと目を見開いて私を振り返った。
「ロックウィーナ……」
マキアと言う救いの主の登場で気が緩んだ私は、両手で自分を抱きしめながら、ガクガクと身体が揺れるほどの大きな震えと戦っていた。
怖かった。本当に怖かったんだよ。
マキアが止めてくれなかったら、私とエンは確実に一線を越えていただろう。
「ロックウィーナ」
エンが腕を伸ばした。私にとってその腕は恐怖の対象だった。反射的に顔を背けて身体を縮めた。
「ロックウィーナ……」
エンは私に触れなかった。チラリと彼を窺うと、行き場を失った自分の手の平を絶望したように眺めていた。
彼もまた私に拒絶されて傷付いたのだろう。だけど慰めの言葉はかけられない。今夜の彼の行いを私は許せないから。女の尊厳を完全無視して、彼は自分の我を通そうとしたのだ。
「おーい、何か遭ったのー? そこに誰か居る?」
女性の声で呼びかけられた。小さな丘を挟んでいるので互いの姿は見えないが、テントの見張りで立っていた兵士の一人が騒ぎを聞きつけたのだ。
マキアが声の方角へ咄嗟に言い訳をした。
「うるさくしてスミマセン! 小便しに来たんですが、暗くて木の根っこに足を取られてコケちゃいました!!」
「あははは、ドジだねぇ。怪我はしてない?」
「はい、大丈夫です。お騒がせしました!」
マキアの言を信じた兵士は持ち場へ戻った。私達がしていた細かい会話内容までは届いていなかったようだ。
「……マキア、俺を兵団に突き出してもいいんだぞ?」
投げやりな口調で呟いたエン。相棒が機転を利かせて庇ってくれたのにそれを言うのか。私はエンを殴りたくなった。
しかし私よりも先に拳を握った者が居た。
バキッ。
マキアの右拳がエンの左頬へまともに入った。
「……ってぇ!」
痛がったのはマキアの方だった。格闘初心者で優しい彼は、人を本気で殴ったのはこれが初めてなのかもしれない。拳骨を鍛えることはもとより、殴る時は拳と手首が一直線になるように。この基本を守らないと手を痛めちゃうんだよね。
そんな素人の拳を、接近戦のスペシャリストである忍びのエンは避けることなく受けていた。マキアの方を見ていたので不意を突かれた訳ではないのに。
「おまえを許すか罰するか決めるのはロックウィーナだ」
マキアは項垂れる相棒へ強く言い放った。
「おまえには苛立つことも拗ねる権利も無い。誰よりもショックを受けているのは彼女なんだ」
(マキア……)
マキアはきっと、二人きりで夜に会う私とエンを心配して捜しに来てくれたんだね。信じていたバディが私に覆い被さっている姿を見た時は驚き、情けなく思い、そして哀しかっただろう。
ありがとう。彼に感謝すると共に、甘く考えて結局一人では何もできなかった私自身に腹が立った。
「おまえはギルドの馬車に独りで寝て頭を冷やせ。……ロックウィーナは大丈夫? ミラさんかマリナさんを呼んでこようか?」
マキアが遠慮がちに私へ尋ねた。彼が私の気持ちに寄り添ってくれたので、だいぶ心は落ち着いていた。
「……大丈夫。女性兵士のテントはすぐ近くだから私だけで戻れるよ。それとね、他の人には今夜のことを知られたくない」
「……だよね」
マキアはつらそうに私を見てから、エンの腕を引っ張った。
「今夜のことは、俺とエンが別件で喧嘩したことにしておくよ。俺の力だからたいした傷にならなかったけど、エンの顔には殴られた痕が付いちゃったからね。エン、おまえも口裏を合わせろよ? これはおまえを庇う為ではなくロックウィーナの名誉の為だ」
「……ああ」
立ち上がったエンは私へ向かって深く頭を下げた。
「すまなかった」
私は複雑な心境で彼の謝罪の言葉を聞いた。今はとても受け入れられない。エンもそれを解っているようで、下手な言い訳を続けることは無かった。
「じゃ……」
マキアはエンを伴《ともな》ってギルドテントの方向へ去っていった。
(……あーあ、まいったなぁ……)
明日からエンにどう接すればいいんだろう。もう普通の友達ではいられないよね。それを考えると気が重くなったが、いつまでも夜の草原に独りで居る訳にはいかない。
脚の震えが取れたことを確認してから立ち上がり、服や髪の毛に付いていた草を念入りに手で払った。
(何も無かったことにしないと。ミラとマリナには、またギルドの業務連絡で呼ばれたと誤魔化そう)
幸い肌に傷は付いていない。乱れた髪と服さえ整えれば、女性兵士達に不審がられることはないだろう。
エンは強引に私を抱こうとしたが、私に怪我をさせないように気遣う余裕が有った。彼の言った通り彼は冷静だったのだ。だからこそタチが悪い。
(エンの馬鹿……!)
暗くて二人きり、接近し過ぎたから理性が飛びそうになったんじゃなくて、最初から私を抱くつもりだった。他の誰かに先を越される前に。
(ここで焦っちゃ駄目でしょうよ)
それで関係を持ったとしても、私はエンの女には決してならない。人の心は力づくでどうこうできるような単純なものじゃない。あのままコトに至っていたら私は彼を軽蔑して憎んで、遠ざけようとしただろう。
(マキアの恋愛事情に口を出していたけど、エンも本気で誰かと付き合ったことが無いんだろうなぁ……)
忍びは敵を欺いて懐近くへ潜入する。人心掌握術の一環として、女性の扱い方もエンは故郷で学んだだろう。でもそれはあくまでも表面的なもの。
エンは女性の抱き方を知っていても、女心までは解っていなかった。
(エンのばーか。馬鹿馬鹿)
テントへ戻らなければならないのだが、私はまた草の上に腰を降ろしてしまった。どうせ今晩は脳が興奮して眠れやしない。
見上げた月が無駄に綺麗で癪に障った。
邪魔をされたエンは突然現れた相棒を睨みつけたが、
「エン、自分がした結果を見てみろよ……」
怒っていると言うよりも泣きそうな表情をしたマキアに指摘されて、ハッと目を見開いて私を振り返った。
「ロックウィーナ……」
マキアと言う救いの主の登場で気が緩んだ私は、両手で自分を抱きしめながら、ガクガクと身体が揺れるほどの大きな震えと戦っていた。
怖かった。本当に怖かったんだよ。
マキアが止めてくれなかったら、私とエンは確実に一線を越えていただろう。
「ロックウィーナ」
エンが腕を伸ばした。私にとってその腕は恐怖の対象だった。反射的に顔を背けて身体を縮めた。
「ロックウィーナ……」
エンは私に触れなかった。チラリと彼を窺うと、行き場を失った自分の手の平を絶望したように眺めていた。
彼もまた私に拒絶されて傷付いたのだろう。だけど慰めの言葉はかけられない。今夜の彼の行いを私は許せないから。女の尊厳を完全無視して、彼は自分の我を通そうとしたのだ。
「おーい、何か遭ったのー? そこに誰か居る?」
女性の声で呼びかけられた。小さな丘を挟んでいるので互いの姿は見えないが、テントの見張りで立っていた兵士の一人が騒ぎを聞きつけたのだ。
マキアが声の方角へ咄嗟に言い訳をした。
「うるさくしてスミマセン! 小便しに来たんですが、暗くて木の根っこに足を取られてコケちゃいました!!」
「あははは、ドジだねぇ。怪我はしてない?」
「はい、大丈夫です。お騒がせしました!」
マキアの言を信じた兵士は持ち場へ戻った。私達がしていた細かい会話内容までは届いていなかったようだ。
「……マキア、俺を兵団に突き出してもいいんだぞ?」
投げやりな口調で呟いたエン。相棒が機転を利かせて庇ってくれたのにそれを言うのか。私はエンを殴りたくなった。
しかし私よりも先に拳を握った者が居た。
バキッ。
マキアの右拳がエンの左頬へまともに入った。
「……ってぇ!」
痛がったのはマキアの方だった。格闘初心者で優しい彼は、人を本気で殴ったのはこれが初めてなのかもしれない。拳骨を鍛えることはもとより、殴る時は拳と手首が一直線になるように。この基本を守らないと手を痛めちゃうんだよね。
そんな素人の拳を、接近戦のスペシャリストである忍びのエンは避けることなく受けていた。マキアの方を見ていたので不意を突かれた訳ではないのに。
「おまえを許すか罰するか決めるのはロックウィーナだ」
マキアは項垂れる相棒へ強く言い放った。
「おまえには苛立つことも拗ねる権利も無い。誰よりもショックを受けているのは彼女なんだ」
(マキア……)
マキアはきっと、二人きりで夜に会う私とエンを心配して捜しに来てくれたんだね。信じていたバディが私に覆い被さっている姿を見た時は驚き、情けなく思い、そして哀しかっただろう。
ありがとう。彼に感謝すると共に、甘く考えて結局一人では何もできなかった私自身に腹が立った。
「おまえはギルドの馬車に独りで寝て頭を冷やせ。……ロックウィーナは大丈夫? ミラさんかマリナさんを呼んでこようか?」
マキアが遠慮がちに私へ尋ねた。彼が私の気持ちに寄り添ってくれたので、だいぶ心は落ち着いていた。
「……大丈夫。女性兵士のテントはすぐ近くだから私だけで戻れるよ。それとね、他の人には今夜のことを知られたくない」
「……だよね」
マキアはつらそうに私を見てから、エンの腕を引っ張った。
「今夜のことは、俺とエンが別件で喧嘩したことにしておくよ。俺の力だからたいした傷にならなかったけど、エンの顔には殴られた痕が付いちゃったからね。エン、おまえも口裏を合わせろよ? これはおまえを庇う為ではなくロックウィーナの名誉の為だ」
「……ああ」
立ち上がったエンは私へ向かって深く頭を下げた。
「すまなかった」
私は複雑な心境で彼の謝罪の言葉を聞いた。今はとても受け入れられない。エンもそれを解っているようで、下手な言い訳を続けることは無かった。
「じゃ……」
マキアはエンを伴《ともな》ってギルドテントの方向へ去っていった。
(……あーあ、まいったなぁ……)
明日からエンにどう接すればいいんだろう。もう普通の友達ではいられないよね。それを考えると気が重くなったが、いつまでも夜の草原に独りで居る訳にはいかない。
脚の震えが取れたことを確認してから立ち上がり、服や髪の毛に付いていた草を念入りに手で払った。
(何も無かったことにしないと。ミラとマリナには、またギルドの業務連絡で呼ばれたと誤魔化そう)
幸い肌に傷は付いていない。乱れた髪と服さえ整えれば、女性兵士達に不審がられることはないだろう。
エンは強引に私を抱こうとしたが、私に怪我をさせないように気遣う余裕が有った。彼の言った通り彼は冷静だったのだ。だからこそタチが悪い。
(エンの馬鹿……!)
暗くて二人きり、接近し過ぎたから理性が飛びそうになったんじゃなくて、最初から私を抱くつもりだった。他の誰かに先を越される前に。
(ここで焦っちゃ駄目でしょうよ)
それで関係を持ったとしても、私はエンの女には決してならない。人の心は力づくでどうこうできるような単純なものじゃない。あのままコトに至っていたら私は彼を軽蔑して憎んで、遠ざけようとしただろう。
(マキアの恋愛事情に口を出していたけど、エンも本気で誰かと付き合ったことが無いんだろうなぁ……)
忍びは敵を欺いて懐近くへ潜入する。人心掌握術の一環として、女性の扱い方もエンは故郷で学んだだろう。でもそれはあくまでも表面的なもの。
エンは女性の抱き方を知っていても、女心までは解っていなかった。
(エンのばーか。馬鹿馬鹿)
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見上げた月が無駄に綺麗で癪に障った。
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