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女神の懺悔(1)
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私、岩見鈴音はAチームの一員として午前11時に馬車へ乗り込んだ。
行き先はフィースノーの街を出て東南方向へ馬で一時間の距離、海の近くに在るかつて賑わっていた漁村だ。とは言っても今は廃村に近い状態だそうだが。
数年前、五キロ先に新しい立派な港が建設されたので、近隣の村人は皆そちらへ移り住んで新しい街を造っている最中らしい。漁村に残っている家は放棄されたか、倉庫代わりに使われているとの話だ。
「なるほど。逃亡犯の隠れ先としては便利だな」
ルービック師団長が馬車の窓の外を眺めて言った。
手入れをされなくなったボロ屋だとしても、雨風が凌げる建物は逃亡者にはありがたい空間だ。かまどやお風呂もまだ使える状態かもしれない。
そして五キロ先には新しい街が在る。足りない生活必需品の調達は街で行えばいい。街の住民相手にスリや恐喝行動に出れば資金の確保もできる。
「……そろそろ近いな。ここら辺で馬車を降りて後は徒歩で進もう」
ルパートが馬車を運転していた御者に指示を出して、私達Aチームは全員馬車から降りた。
小説で冒険者ギルドの出動シーンを何度も書いたけれど、まさか自分が参加する日が来るとはね。私は緊張してカチコチに固まっていた。歩くと同じ側の手と脚が一緒に出てしまう。
不意に背中をバシン!と誰かに強く叩かれた。
「ひゃあぁっ!?」
間抜けな悲鳴を上げた私を、背中を叩いた犯人マキアが笑った。
「緊張ほぐれたろ? 俺も初出勤の時に先輩にやられたんだ」
イイ人だ。チーム分けでロックウィーナと離れてしまった時は不安になったが、気さくな態度で何かと話しかけてくれるマキアが一緒で良かったと思う。
でも私は、彼とエンを物語を盛り上げる為の「死にキャラ」として設定してしまった。酷いことをしたと今では猛省している。
小説の中へ逃げ込んで、私は世界を支配する女神となった。
ループが存在していた頃は遠くから物語を眺めていただけだったから、エリアスとロックウィーナ以外のキャラクターに深い愛着を持っていなかった。
だけどこうして側に来て、動いて話す彼らと接していると胸が締め付けられそうな想いに駆られる。私が書いた小説の登場人物に過ぎないはずなのに二人は、いや他のみんなも、温かい血潮を持つ生きた人間なんだと錯覚させられる。
「それ、重くないのか? 持つの代わってやろうか?」
黒猫を抱っこして歩く私の方をエンが窺った。
アルクナイトから借り受けた黒猫三兄弟の末弟は、キースが持たせてくれた手作りクッキーを馬車の中で食べ続け、今は私の腕の中でヨダレを垂らして眠っている。何しに来たんだか。
「だ、大丈夫。意外と軽いよ。肌触り良いし」
「キツかったら放り投げろ。あの魔王の使い魔だ、それなりに頑丈だろう」
「あ、あはは……」
私はエンとまともに顔を合わせられない。彼が初恋の相手、衛藤《エトウ》先輩にそっくりだからである。
(エンにそんな設定は付けていないのに)
絵心が無いので私はキャラクターをイラストに描き起こせない。頑張って描いても微妙に顎がしゃくれるので諦めた。だから小説冒頭の人物紹介ページには、文章で簡潔に紹介文を書いただけ。
エンに関しての記述は僅か一行、「東国出身でアッサリした顔立ちの忍者」、それのみだった。
「死にキャラ」だからとイケメン属性は付けなかったのだ。事実、ループさせていた世界の初期ではエンはもっと地味な容貌だったと記憶している。所謂モブキャスト的な。
それが周回を重ねる毎に、エンは衛藤先輩に少しずつ似ていった。
今なら解る。これは死の運命に抗おうとするキャラクターの進化だったのだと。
ストーリーを変えようと自由行動を始めた魔王アルクナイトと同じく、エンも生きようと足掻いた。そして私が憧れる衛藤先輩に自身の外見を似せたのだ。
結果、私はエンとマキアの死亡イベントから目を背けるようになり、女神の監視が消えたその隙を突かれて、ロックウィーナ達にループの壁を壊された。
(性格が変わったキャラも居るし、常に彼らには変化が起きている。もう私が生み出したキャラクターとは思えない)
漁村の建物の造形がハッキリ見えてきた所で、ルパートが私を振り返った。
「スズネはもう少し離れて歩け。ルービックさん、俺達ギルド職員が前面に出るからスズネのことを頼むよ。猫は放り投げていいんで」
「私も前へ出る。ルパート、今の私は冒険者として同行しているんだ。兵団の階級は忘れてくれ」
「忘れてるよ。あなたのことは仲間内の貴重な回復役として見てる。頼むからやられないよう後ろに居てくれ」
「フッ、了解した。猫は邪魔になったら放り投げよう」
男達は美味しいと評判のキースクッキーを全て猫に平らげられて、おまけに自分達が昼食用に携帯していた保存食にまで手を出されて静かに怒っていた。
「いいなスズネ、ルービックさんの傍に居るんだぞ?」
ルパートがしっかりと、しかし優しい口調で私に念を押した。彼も変化が著しいキャラクターの一人だ。
ルパートは恋人と親友に裏切られたトラウマで性格が歪み、後輩であるロックウィーナに八つ当たりをする毎日。それをヒーローであるエリアスが咎めたことでいがみ合う関係となる……、私が書いた小説での筋はこうだった。
それがどうしたことだろう、エリアスを奮起させる当て馬として配置した彼は消え失せた。目の前に居るルパートは冒険者ギルドの頼もしい出動班主任であり、ロックウィーナを一途に想い続け、恋のライバルとしてエリアスに堂々と向き合う清々しい青年である。
行き先はフィースノーの街を出て東南方向へ馬で一時間の距離、海の近くに在るかつて賑わっていた漁村だ。とは言っても今は廃村に近い状態だそうだが。
数年前、五キロ先に新しい立派な港が建設されたので、近隣の村人は皆そちらへ移り住んで新しい街を造っている最中らしい。漁村に残っている家は放棄されたか、倉庫代わりに使われているとの話だ。
「なるほど。逃亡犯の隠れ先としては便利だな」
ルービック師団長が馬車の窓の外を眺めて言った。
手入れをされなくなったボロ屋だとしても、雨風が凌げる建物は逃亡者にはありがたい空間だ。かまどやお風呂もまだ使える状態かもしれない。
そして五キロ先には新しい街が在る。足りない生活必需品の調達は街で行えばいい。街の住民相手にスリや恐喝行動に出れば資金の確保もできる。
「……そろそろ近いな。ここら辺で馬車を降りて後は徒歩で進もう」
ルパートが馬車を運転していた御者に指示を出して、私達Aチームは全員馬車から降りた。
小説で冒険者ギルドの出動シーンを何度も書いたけれど、まさか自分が参加する日が来るとはね。私は緊張してカチコチに固まっていた。歩くと同じ側の手と脚が一緒に出てしまう。
不意に背中をバシン!と誰かに強く叩かれた。
「ひゃあぁっ!?」
間抜けな悲鳴を上げた私を、背中を叩いた犯人マキアが笑った。
「緊張ほぐれたろ? 俺も初出勤の時に先輩にやられたんだ」
イイ人だ。チーム分けでロックウィーナと離れてしまった時は不安になったが、気さくな態度で何かと話しかけてくれるマキアが一緒で良かったと思う。
でも私は、彼とエンを物語を盛り上げる為の「死にキャラ」として設定してしまった。酷いことをしたと今では猛省している。
小説の中へ逃げ込んで、私は世界を支配する女神となった。
ループが存在していた頃は遠くから物語を眺めていただけだったから、エリアスとロックウィーナ以外のキャラクターに深い愛着を持っていなかった。
だけどこうして側に来て、動いて話す彼らと接していると胸が締め付けられそうな想いに駆られる。私が書いた小説の登場人物に過ぎないはずなのに二人は、いや他のみんなも、温かい血潮を持つ生きた人間なんだと錯覚させられる。
「それ、重くないのか? 持つの代わってやろうか?」
黒猫を抱っこして歩く私の方をエンが窺った。
アルクナイトから借り受けた黒猫三兄弟の末弟は、キースが持たせてくれた手作りクッキーを馬車の中で食べ続け、今は私の腕の中でヨダレを垂らして眠っている。何しに来たんだか。
「だ、大丈夫。意外と軽いよ。肌触り良いし」
「キツかったら放り投げろ。あの魔王の使い魔だ、それなりに頑丈だろう」
「あ、あはは……」
私はエンとまともに顔を合わせられない。彼が初恋の相手、衛藤《エトウ》先輩にそっくりだからである。
(エンにそんな設定は付けていないのに)
絵心が無いので私はキャラクターをイラストに描き起こせない。頑張って描いても微妙に顎がしゃくれるので諦めた。だから小説冒頭の人物紹介ページには、文章で簡潔に紹介文を書いただけ。
エンに関しての記述は僅か一行、「東国出身でアッサリした顔立ちの忍者」、それのみだった。
「死にキャラ」だからとイケメン属性は付けなかったのだ。事実、ループさせていた世界の初期ではエンはもっと地味な容貌だったと記憶している。所謂モブキャスト的な。
それが周回を重ねる毎に、エンは衛藤先輩に少しずつ似ていった。
今なら解る。これは死の運命に抗おうとするキャラクターの進化だったのだと。
ストーリーを変えようと自由行動を始めた魔王アルクナイトと同じく、エンも生きようと足掻いた。そして私が憧れる衛藤先輩に自身の外見を似せたのだ。
結果、私はエンとマキアの死亡イベントから目を背けるようになり、女神の監視が消えたその隙を突かれて、ロックウィーナ達にループの壁を壊された。
(性格が変わったキャラも居るし、常に彼らには変化が起きている。もう私が生み出したキャラクターとは思えない)
漁村の建物の造形がハッキリ見えてきた所で、ルパートが私を振り返った。
「スズネはもう少し離れて歩け。ルービックさん、俺達ギルド職員が前面に出るからスズネのことを頼むよ。猫は放り投げていいんで」
「私も前へ出る。ルパート、今の私は冒険者として同行しているんだ。兵団の階級は忘れてくれ」
「忘れてるよ。あなたのことは仲間内の貴重な回復役として見てる。頼むからやられないよう後ろに居てくれ」
「フッ、了解した。猫は邪魔になったら放り投げよう」
男達は美味しいと評判のキースクッキーを全て猫に平らげられて、おまけに自分達が昼食用に携帯していた保存食にまで手を出されて静かに怒っていた。
「いいなスズネ、ルービックさんの傍に居るんだぞ?」
ルパートがしっかりと、しかし優しい口調で私に念を押した。彼も変化が著しいキャラクターの一人だ。
ルパートは恋人と親友に裏切られたトラウマで性格が歪み、後輩であるロックウィーナに八つ当たりをする毎日。それをヒーローであるエリアスが咎めたことでいがみ合う関係となる……、私が書いた小説での筋はこうだった。
それがどうしたことだろう、エリアスを奮起させる当て馬として配置した彼は消え失せた。目の前に居るルパートは冒険者ギルドの頼もしい出動班主任であり、ロックウィーナを一途に想い続け、恋のライバルとしてエリアスに堂々と向き合う清々しい青年である。
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