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四幕 キースの瞳(1)
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出動準備はすぐに終わり、手持ち無沙汰になった私は自室のベッドに寝転んだ。勤務時間中にゴロゴロするなんて初めてかもしれない。
いつものように訓練をしたり事務の仕事を手伝って時間を潰すべきなのだろうが、沈んだ気分が身体も重くしていた。アイツのせいだ。
ルパートのバーカバーカ、水虫になれ。
アイツはああいう奴だと解っていたはずなのに、ずっと昔に吹っ切ったはずなのに、エリアスとルパートの口喧嘩を見て怒りが再熱してしまった。
ルパートは私を支配しようとしている。……うん、知ってた。
十日程度の付き合いのエリアスにまで指摘されるなんてね。情けないやら笑えるやら。
自室の扉が叩かれた。私がベッドの上で上半身を起こすと同時に、
「ロックウィーナ、部屋に居ますか?」
ノックの主が扉越しに呼びかけた。キースの声だ。
何だろう? 私は鍵を外して扉を開けた。
「急にすみません。時間は空いていますか?」
「? はい。急な仕事でも入りましたか?」
「……いえ、少しあなたと話がしたくて。入ってもいいですか?」
「え、はい、どうぞ」
珍しいことも有るものだ。寺院で奉仕する僧侶だったキースは、博愛の誓いを立てたとかで誰にでも優しい。私にも親切だが女性の部屋を気軽に訪問するような人ではない。
キースには机とセットになったイスを勧め、私はベッドに腰かけた。キースは居心地悪そうに身体を縮めていた。やはり女性の部屋に慣れていないようだ。
「すみません、出せるお茶もお菓子も無くて……」
「ああそんな、僕が急に来たのですから気にしないで」
キースはふぅ~っと息を深く吐いてから切り出した。
「ええと、単刀直入に聞きますが、ロックウィーナはルパートのことをどう思っていますか?」
「ルパート先輩ですか?」
嫌な質問をされた。この時の私はとてもブスな顔をしていたと思う。
「ギルドでの上司です」
「ああ、うん、そういうことではなくて……。個人的に好きか嫌いかと聞かれたらどちらで……」
「大嫌いです」
私はキースの言葉尻に被せて答えた。
「マスターの命令ですからバディを組んでいますが、正直言って他の人と交代してもらいたいです」
「あー……」
キースは苦笑いした。
「そう思うのは、ルパートのあなたへの執着と過剰なスキンシップが原因でしょうか?」
「……はい」
「彼の言動は僕の目から見ても問題有りだと思います。もし自分にやられたら鬱陶しいを通り越して、深淵に叩き落したいとすら考えるかもしれません」
元聖職者が丁寧口調で怖いこと言った。
「ルパートには釘を刺しておきます。もっとあなたを自由にするようにと」
「ありがとうございます」
「それで……ロックウィーナ、あなたの方からも少し歩み寄れないでしょうか? ルパートはあなたに構って欲しいだけなんだと思います」
会議室で私は相棒であるルパートに「迷惑です」とハッキリ宣言した。キースはそれを気にして、私達の仲を取り持とうとしているんだろう。でもね、もう修復不可能な所まで来ていると思います。
「おまえなんかを異性として見られる訳がないだろう? 色気づくな、気持ち悪い!」
「……ロックウィーナ?」
急に乱暴な言葉を吐いた私をキースがまじまじと見つめた。
「六年前、告白した私に対してルパート先輩がそう言ったんです」
「え……?」
キースは右手で自分の前髪を掻き上げた。
「告白? あなたがルパートに……ですか? 逆ではなくて?」
「そうです。私……ルパート先輩を好きだった時期が有るんです」
「えええ……?」
今となっては消してしまいたい忌まわしき過去。私の初恋相手はあのルパートだったのだ。今まで誰にも言えなかった私の心の闇。僧侶だったキースなら受け止めてくれるかもしれない。
「ギルドに入ってルパート先輩が私の教育係になって……、研修後もバディを組むことになって……。マスターが後で教えてくれたんです、あれはルパートが望んだことだって」
「事実ですよ。当初の方針としてはしばらくセスが面倒を見るはずだったんですが、ルパートが志願したんです。俺がアイツと組むよって」
「それで……私、ルパート先輩が自分を特別に思ってくれていると勘違いしてしまったんです」
そこから想いが恋に発展するのは早かった。若い男の少ない村で生まれ育った私は色恋に関する免疫が低かった。彫刻のように美しい顔をした先輩が私を気にかけてくれている、それだけで有頂天になれた。
「出会って一年後に意を決して告白したんですが、さっき言った通りのことを言われました」
六年も前のことなのに一言一句覚えていた。だってあれは私の初めての恋。一番綺麗だった想い。それを無残に踏みにじられた。
「………………」
「ロックウィーナ!」
当時のことを思い出したら、目の奥が熱くなって自然に涙がポロポロ零れてしまった。私はまだ吹っ切れていなかったようだ。
キースが近寄り私の隣に座り直した。
「すみません、僕のせいでつらい記憶を呼び起こしてしまいましたね」
「いえ……私のせいです。私が勝手に期待して……恋をして……玉砕したんです。自意識過剰な痛い女だったんです……」
「自意識過剰じゃないですよ! 僕だってルパートは、あなたに特別な感情を抱いているとずっと思っていましたから!」
「本当……ですか?」
「ええ。恋をしているのはルパートの方だと思っていました。エリアスさんに対する態度なんて、完全に男の嫉妬そのものじゃないですか」
「ですよね、あんな態度取られたら勘違いしてしまいますよね!?」
「しますよ! あなたは悪くないです」
キースに共感してもらえた。今度は嬉しくて涙が流れた。
いつものように訓練をしたり事務の仕事を手伝って時間を潰すべきなのだろうが、沈んだ気分が身体も重くしていた。アイツのせいだ。
ルパートのバーカバーカ、水虫になれ。
アイツはああいう奴だと解っていたはずなのに、ずっと昔に吹っ切ったはずなのに、エリアスとルパートの口喧嘩を見て怒りが再熱してしまった。
ルパートは私を支配しようとしている。……うん、知ってた。
十日程度の付き合いのエリアスにまで指摘されるなんてね。情けないやら笑えるやら。
自室の扉が叩かれた。私がベッドの上で上半身を起こすと同時に、
「ロックウィーナ、部屋に居ますか?」
ノックの主が扉越しに呼びかけた。キースの声だ。
何だろう? 私は鍵を外して扉を開けた。
「急にすみません。時間は空いていますか?」
「? はい。急な仕事でも入りましたか?」
「……いえ、少しあなたと話がしたくて。入ってもいいですか?」
「え、はい、どうぞ」
珍しいことも有るものだ。寺院で奉仕する僧侶だったキースは、博愛の誓いを立てたとかで誰にでも優しい。私にも親切だが女性の部屋を気軽に訪問するような人ではない。
キースには机とセットになったイスを勧め、私はベッドに腰かけた。キースは居心地悪そうに身体を縮めていた。やはり女性の部屋に慣れていないようだ。
「すみません、出せるお茶もお菓子も無くて……」
「ああそんな、僕が急に来たのですから気にしないで」
キースはふぅ~っと息を深く吐いてから切り出した。
「ええと、単刀直入に聞きますが、ロックウィーナはルパートのことをどう思っていますか?」
「ルパート先輩ですか?」
嫌な質問をされた。この時の私はとてもブスな顔をしていたと思う。
「ギルドでの上司です」
「ああ、うん、そういうことではなくて……。個人的に好きか嫌いかと聞かれたらどちらで……」
「大嫌いです」
私はキースの言葉尻に被せて答えた。
「マスターの命令ですからバディを組んでいますが、正直言って他の人と交代してもらいたいです」
「あー……」
キースは苦笑いした。
「そう思うのは、ルパートのあなたへの執着と過剰なスキンシップが原因でしょうか?」
「……はい」
「彼の言動は僕の目から見ても問題有りだと思います。もし自分にやられたら鬱陶しいを通り越して、深淵に叩き落したいとすら考えるかもしれません」
元聖職者が丁寧口調で怖いこと言った。
「ルパートには釘を刺しておきます。もっとあなたを自由にするようにと」
「ありがとうございます」
「それで……ロックウィーナ、あなたの方からも少し歩み寄れないでしょうか? ルパートはあなたに構って欲しいだけなんだと思います」
会議室で私は相棒であるルパートに「迷惑です」とハッキリ宣言した。キースはそれを気にして、私達の仲を取り持とうとしているんだろう。でもね、もう修復不可能な所まで来ていると思います。
「おまえなんかを異性として見られる訳がないだろう? 色気づくな、気持ち悪い!」
「……ロックウィーナ?」
急に乱暴な言葉を吐いた私をキースがまじまじと見つめた。
「六年前、告白した私に対してルパート先輩がそう言ったんです」
「え……?」
キースは右手で自分の前髪を掻き上げた。
「告白? あなたがルパートに……ですか? 逆ではなくて?」
「そうです。私……ルパート先輩を好きだった時期が有るんです」
「えええ……?」
今となっては消してしまいたい忌まわしき過去。私の初恋相手はあのルパートだったのだ。今まで誰にも言えなかった私の心の闇。僧侶だったキースなら受け止めてくれるかもしれない。
「ギルドに入ってルパート先輩が私の教育係になって……、研修後もバディを組むことになって……。マスターが後で教えてくれたんです、あれはルパートが望んだことだって」
「事実ですよ。当初の方針としてはしばらくセスが面倒を見るはずだったんですが、ルパートが志願したんです。俺がアイツと組むよって」
「それで……私、ルパート先輩が自分を特別に思ってくれていると勘違いしてしまったんです」
そこから想いが恋に発展するのは早かった。若い男の少ない村で生まれ育った私は色恋に関する免疫が低かった。彫刻のように美しい顔をした先輩が私を気にかけてくれている、それだけで有頂天になれた。
「出会って一年後に意を決して告白したんですが、さっき言った通りのことを言われました」
六年も前のことなのに一言一句覚えていた。だってあれは私の初めての恋。一番綺麗だった想い。それを無残に踏みにじられた。
「………………」
「ロックウィーナ!」
当時のことを思い出したら、目の奥が熱くなって自然に涙がポロポロ零れてしまった。私はまだ吹っ切れていなかったようだ。
キースが近寄り私の隣に座り直した。
「すみません、僕のせいでつらい記憶を呼び起こしてしまいましたね」
「いえ……私のせいです。私が勝手に期待して……恋をして……玉砕したんです。自意識過剰な痛い女だったんです……」
「自意識過剰じゃないですよ! 僕だってルパートは、あなたに特別な感情を抱いているとずっと思っていましたから!」
「本当……ですか?」
「ええ。恋をしているのはルパートの方だと思っていました。エリアスさんに対する態度なんて、完全に男の嫉妬そのものじゃないですか」
「ですよね、あんな態度取られたら勘違いしてしまいますよね!?」
「しますよ! あなたは悪くないです」
キースに共感してもらえた。今度は嬉しくて涙が流れた。
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