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七幕 既視感と重要な選択肢(1)
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「いやホント、魔王は驚きだったね! レンフォード!!」
二日酔いが完全に吹っ飛んだ勢いでマキアがまくし立てた。レンフォード……ああ、興奮した時に発する若者の間の流行り言葉だったっけ。
「俺が生きてる間にまさか魔王を目にするとはさ! 魔王は辺境伯の軍隊に睨まれて、自分の城に引き籠っていると思ってたから!」
「それは……辺境伯の息子として面目無いと思っている。アイツを自由にしてしまって」
エリアスが苦い表情で謝罪した。
「あ、いやいやいや、エリアスさんを非難している訳ではないんです!!」
慌てて大声で取り繕うマキアをエンが咎めた。
「声を下げろ。情報通りならもうすぐアンドラのアジトだ」
馬車を置いた所から感覚的に七百メートルは進んでいる。マキアはその間ずっと喋りっぱなしだった。ぞろぞろ並んで草原を歩く私達の右手には、やがて大きな湖が見えてきた。
いつアンダー・ドラゴンの構成員とかち合うか判らない。私達は木や背の高い草の陰を利用して姿を消しつつ進んだ。
「あれか……?」
一番前を歩いていたルパートが屈んで身を低くした。続く私達も彼に倣った。
湖の側に大きな屋敷が在った。築年数は経っているようだが中々に豪奢な造りだ。華やかで犯罪組織のアジトらしくないな。かつて貴族の別荘として建てられたが現在は放棄された建物を、アンダー・ドラゴンが再利用している、そんなところか。
(ん……?)
私はあの建物を以前にも見たことが有るような気分になった。だけどここに来たのは初めてなのだから、そんなはずはない。フィースノーの街にも貴族は何人か住んでいる。彼らの屋敷の中で似た造りのものが在ったのだろう。
「周辺にモンスターの姿は無い。つまりモンスターを寄せ付けない腕を持った奴が、あの建物の中に居るってことだ」
ルパートの指摘に私とマキアが唾を呑み込んだ。エンは落ち着いている。この中では一番の年少者だが、忍者の組織に属している間に相当な場数を踏んできたと見た。
エリアスがルパートに尋ねた。
「風魔法で建物に居る人員の数を掴めるか?」
「今やってるトコ。……入口付近に三人。建物の中までは判らないな」
「あの広さなら相当の人数が寝泊まりできるな」
「ああ。雑魚が大半だろうが人数が多い分、昨日よりは手こずるだろうな」
いつの間にかルパートはエリアスに敬語を使うのをやめている。それをエリアスも気にせず普通に接している。二人の間にちょっと前まで有ったピリピリした空気が消えていた。
……彼らの不仲の原因は私だったのかな? エリアスは私と仲良くしたくて、でもシスコン(実際は兄妹でも何でもない)を拗らせたルパートがそれに突っかかって……。
ルパートは私とキースに怒られてから、ちょっと反省したのか態度を軟化してきた。相手が変わったのなら今までの無礼は水に流そう、エリアスはそう考えてくれたのかもしれない。
大人だよなぁエリアスは。私と四つしか離れていないのに。
「さてじゃあ、突入組と待機組を決めようか」
「私はもちろん出るぞ」
二人ともじっくり監視する気ゼロだな。今回もサクッと終わらせたいようだ。
「前回と同じでいいか。俺と……」
ルパートが言いかけたところにマキアが被せた。
「今回は俺も行かせて下さい! 前回の丸太小屋と違ってあの建物はレンガ造りです。火魔法を使っても燃えにくいはずです」
「そうだな。じゃあ俺、エリアスさん、マキアの三人で行くか」
「いや、全員必要」
待ったをかけたのはエンだった。
「あれだけ大きな建物なら絶対に裏口が在る。前回みたいにアジトを潰しても、大物に逃げられてしまったら無意味……」
「それもそうだな。今回で終わりにしたいから、大物は捕まえておきたいな」
「ああ。アンドラの支部の中では大きな建物だ。リーダー格の構成員が居る可能性は高い」
ルパートが大きく頷いてから言った。
「よし、なら俺とエリアスさんが正面玄関から突入する。マキアとエンは裏口へ回って、逃亡しようとする構成員の足止めをしてくれ。挟み撃ちだ」
エンはクナイを取り出して両手に持った。
「了解。混乱して逃げてくる奴らの首を片っ端から斬ってみせる」
「いやあの、殺したら情報を聞き出せないんだって」
「……了解。頸動脈は斬らない。マキアも手加減して燃やせ」
「お、おう」
忍者怖い。
「ウィーとキースさんは建物から少し離れた所で待機していてくれ。必要に応じてフォロをー頼む」
やっぱりか。回復役のキースはもちろんのこと、私も戦闘員の中では一番弱そうだからな。
仕方無い、そう思って私はルパートの指示に素直に従うことにした。弱い人間が出しゃばっても足を引っ張るだけだ。役に立てないのなら、せめて邪魔にならないようにしないと。
「ロックウィーナ、すぐに戻るから」
「キースさん、ウィーを宜しくな」
「ええ。二人とも気をつけて」
エリアスとルパートは私に笑顔を向けた後、すぐに引き締まった表情になって武器を抜いた。そして建物玄関へ向かって駆け出した。
「俺達も行かないと」
「無事に戻ってね」
「了解した」
マキアとエンも建物の裏手へ向かって駆けた。その後ろ姿を見送りながら、私はある既視感に囚われた。
(このやり取りと光景、前にも有った)
昨日のアジト襲撃と状況が似ているからだろうか?
……いや、昨日のマキアは私と同じ待機組だった。だというのに、私はマキアとエンの二人を見送る光景に覚えが有った。
「ロックウィーナ、僕達はあの茂みに隠れていましょう」
「あ、はい」
キースと一緒に私は茂みに身を潜めた。どうしたんだろう? 胸の辺りがザワザワして落ち着かなかった。
これから良くない事が起きる……そんな気がしていた。
「大丈夫ですよ、みんな強いですから」
不安な気持ちが顔に出ていたのか、キースが気遣ってくれた。直後に玄関方面から男達の叫び声が何度も上がった。戦いが始まったのだ。やはりあの建物はアンダー・ドラゴンのアジトの一つだったようだ。
ビクッと肩を震わせた私を、キースが包み込むように抱きしめた。
「大丈夫、ルパートとエリアスさんはAランク冒険者の実力です。滅多なことではやられません」
そう。ルパートとエリアスは大丈夫。でもマキアとエンが……。彼らも強い。だけど敵はそれ以上に強かった。
(強、かった……?)
何で私は知っているんだろう? あの二人が対峙した敵のことを。
二日酔いが完全に吹っ飛んだ勢いでマキアがまくし立てた。レンフォード……ああ、興奮した時に発する若者の間の流行り言葉だったっけ。
「俺が生きてる間にまさか魔王を目にするとはさ! 魔王は辺境伯の軍隊に睨まれて、自分の城に引き籠っていると思ってたから!」
「それは……辺境伯の息子として面目無いと思っている。アイツを自由にしてしまって」
エリアスが苦い表情で謝罪した。
「あ、いやいやいや、エリアスさんを非難している訳ではないんです!!」
慌てて大声で取り繕うマキアをエンが咎めた。
「声を下げろ。情報通りならもうすぐアンドラのアジトだ」
馬車を置いた所から感覚的に七百メートルは進んでいる。マキアはその間ずっと喋りっぱなしだった。ぞろぞろ並んで草原を歩く私達の右手には、やがて大きな湖が見えてきた。
いつアンダー・ドラゴンの構成員とかち合うか判らない。私達は木や背の高い草の陰を利用して姿を消しつつ進んだ。
「あれか……?」
一番前を歩いていたルパートが屈んで身を低くした。続く私達も彼に倣った。
湖の側に大きな屋敷が在った。築年数は経っているようだが中々に豪奢な造りだ。華やかで犯罪組織のアジトらしくないな。かつて貴族の別荘として建てられたが現在は放棄された建物を、アンダー・ドラゴンが再利用している、そんなところか。
(ん……?)
私はあの建物を以前にも見たことが有るような気分になった。だけどここに来たのは初めてなのだから、そんなはずはない。フィースノーの街にも貴族は何人か住んでいる。彼らの屋敷の中で似た造りのものが在ったのだろう。
「周辺にモンスターの姿は無い。つまりモンスターを寄せ付けない腕を持った奴が、あの建物の中に居るってことだ」
ルパートの指摘に私とマキアが唾を呑み込んだ。エンは落ち着いている。この中では一番の年少者だが、忍者の組織に属している間に相当な場数を踏んできたと見た。
エリアスがルパートに尋ねた。
「風魔法で建物に居る人員の数を掴めるか?」
「今やってるトコ。……入口付近に三人。建物の中までは判らないな」
「あの広さなら相当の人数が寝泊まりできるな」
「ああ。雑魚が大半だろうが人数が多い分、昨日よりは手こずるだろうな」
いつの間にかルパートはエリアスに敬語を使うのをやめている。それをエリアスも気にせず普通に接している。二人の間にちょっと前まで有ったピリピリした空気が消えていた。
……彼らの不仲の原因は私だったのかな? エリアスは私と仲良くしたくて、でもシスコン(実際は兄妹でも何でもない)を拗らせたルパートがそれに突っかかって……。
ルパートは私とキースに怒られてから、ちょっと反省したのか態度を軟化してきた。相手が変わったのなら今までの無礼は水に流そう、エリアスはそう考えてくれたのかもしれない。
大人だよなぁエリアスは。私と四つしか離れていないのに。
「さてじゃあ、突入組と待機組を決めようか」
「私はもちろん出るぞ」
二人ともじっくり監視する気ゼロだな。今回もサクッと終わらせたいようだ。
「前回と同じでいいか。俺と……」
ルパートが言いかけたところにマキアが被せた。
「今回は俺も行かせて下さい! 前回の丸太小屋と違ってあの建物はレンガ造りです。火魔法を使っても燃えにくいはずです」
「そうだな。じゃあ俺、エリアスさん、マキアの三人で行くか」
「いや、全員必要」
待ったをかけたのはエンだった。
「あれだけ大きな建物なら絶対に裏口が在る。前回みたいにアジトを潰しても、大物に逃げられてしまったら無意味……」
「それもそうだな。今回で終わりにしたいから、大物は捕まえておきたいな」
「ああ。アンドラの支部の中では大きな建物だ。リーダー格の構成員が居る可能性は高い」
ルパートが大きく頷いてから言った。
「よし、なら俺とエリアスさんが正面玄関から突入する。マキアとエンは裏口へ回って、逃亡しようとする構成員の足止めをしてくれ。挟み撃ちだ」
エンはクナイを取り出して両手に持った。
「了解。混乱して逃げてくる奴らの首を片っ端から斬ってみせる」
「いやあの、殺したら情報を聞き出せないんだって」
「……了解。頸動脈は斬らない。マキアも手加減して燃やせ」
「お、おう」
忍者怖い。
「ウィーとキースさんは建物から少し離れた所で待機していてくれ。必要に応じてフォロをー頼む」
やっぱりか。回復役のキースはもちろんのこと、私も戦闘員の中では一番弱そうだからな。
仕方無い、そう思って私はルパートの指示に素直に従うことにした。弱い人間が出しゃばっても足を引っ張るだけだ。役に立てないのなら、せめて邪魔にならないようにしないと。
「ロックウィーナ、すぐに戻るから」
「キースさん、ウィーを宜しくな」
「ええ。二人とも気をつけて」
エリアスとルパートは私に笑顔を向けた後、すぐに引き締まった表情になって武器を抜いた。そして建物玄関へ向かって駆け出した。
「俺達も行かないと」
「無事に戻ってね」
「了解した」
マキアとエンも建物の裏手へ向かって駆けた。その後ろ姿を見送りながら、私はある既視感に囚われた。
(このやり取りと光景、前にも有った)
昨日のアジト襲撃と状況が似ているからだろうか?
……いや、昨日のマキアは私と同じ待機組だった。だというのに、私はマキアとエンの二人を見送る光景に覚えが有った。
「ロックウィーナ、僕達はあの茂みに隠れていましょう」
「あ、はい」
キースと一緒に私は茂みに身を潜めた。どうしたんだろう? 胸の辺りがザワザワして落ち着かなかった。
これから良くない事が起きる……そんな気がしていた。
「大丈夫ですよ、みんな強いですから」
不安な気持ちが顔に出ていたのか、キースが気遣ってくれた。直後に玄関方面から男達の叫び声が何度も上がった。戦いが始まったのだ。やはりあの建物はアンダー・ドラゴンのアジトの一つだったようだ。
ビクッと肩を震わせた私を、キースが包み込むように抱きしめた。
「大丈夫、ルパートとエリアスさんはAランク冒険者の実力です。滅多なことではやられません」
そう。ルパートとエリアスは大丈夫。でもマキアとエンが……。彼らも強い。だけど敵はそれ以上に強かった。
(強、かった……?)
何で私は知っているんだろう? あの二人が対峙した敵のことを。
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