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64.ミランダの褒賞式②

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「お二人とも、お静かに願います」

 挑発し合う二人に呆れたミランダが一喝すると、不満気ながらも大国の王達は口をつぐんだ。

「では、恩赦はこれくらいにして――」
「待てミランダ、もう一人罪を犯した者がいるが、忘れてはいないか?」

 早速次の褒賞へ移ろうとしたミランダを、クラウスが制止する。

「お前の護衛騎士ロンについて、個別に報告が上がってきている。十番街の宿屋『エトロワ』にいた三騎士の一人、ヴィンセントからだ」

 王家直属の騎士、ヴィンセント。
 真面目なのは良い事だが、しなくても良い報告までご丁寧にしてくれたらしい。

「胸元を深く刺された血塗れのワンピース。実は瀕死だったそうだな? まだ俺に言っていない事があるんじゃないか?」

 クラウスの言葉に、ミランダはピクリと頬を震わせる。
 本当に、余計なことを――。

「瀕死!? なんだそれは……そんな話、聞いていないぞ。ミランダ、どういうことか説明しろ」

 クラウスの言葉を受け、隣に座っていたセノルヴォが肩を掴みかからんばかりに迫ってくる。

 真実を語れば、ロンは確実に極刑。
 だがロンがミランダを刺した瞬間・・を見た者は、誰もいない。

「さぁ、何のことでしょう? 貴国の危機を救うにあたり必要と判断し、地下通路案内役の凶刃に自ら身を沈めました。それをロンが追い、地上でトドメを刺したのです」

 堂々と嘯くミランダへ、クラウスが目を眇める。

「さらに二人、地上出口で待ち伏せをしていたと聞いています。三人相手に戦うなど御苦労なこと。落ち着いたらロンを労わなくてはなりませんね」
「なるほどそう来たか……。ちなみに本件について仔細を確認するため、ロンを尋問したと言ったら?」

 まずい、これは全てバレている――?
 正面からはクラウス、真横からセノルヴォが、嘘は許さないとばかりに圧をかけてくるのが鬱陶しい。

「残念ながらお前の説明は、俺が受けた報告とは異なる。罪を犯した可能性がある者を、お前の傍には置いておけない。ましてや命じられた護衛対象を害したなどと、以ての外。許すことは出来ない」

 きっぱりと言い切るクラウスに、隣でセノルヴォが「当然だな」と相槌を打っている。

「……一体どのような報告を? ロンは私を守りきれなかった責任を感じ、結果的に害することになったという意図だったのでは? そもそもその話を報告したヴィンセントは、現場に立ち会ってはおらず,状況から判断したに過ぎません」

 途端にピタリと息が合い始めた二人に、ミランダは顔を顰めた。

「当事者である私が否定しているにも関わらず、罪を犯した可能性があるだけで傍に置けないとは心外です。護衛対象である私を害したかもしれない・・・・・・というだけでロンが処されるのであれば、他の方は如何でしょう?」

 かもしれないじゃなく、実際に害したのだろうとクラウスは合いの手を入れる。

「怪我の確認とはいえ、誰も暴いたことのない私の柔肌を、十番街の宿屋『エトロワ』の騎士ヴィンセントは許可なく暴きました。これも充分、処罰の対象になるのでは?」
「柔肌を暴いた!?」
「ん? 誰も暴いたことのない?」

 驚くクラウスに、「なんだお前、ミランダは側妃じゃなかったのか」とセノルヴォがツッコミを入れ、一触即発になりそうなところをミランダが制止する。

「今回の戦いにおける重要参考人を、許可も得ず私怨のうちに殺害した公爵令嬢シェリル様……そして王国法で禁止されているはずの私兵を自領に持つ、ヴァレンス公爵閣下もまた同様です」

 これについて事前に許可を得ていたかは存じませんが、とミランダは前置きする。

「国王と次期大公の初夜の密事を、一晩中覗き見していたグリニージ宰相閣下もおりますね」

 その言葉にザハドがビクリと肩を震わし、部屋にいた面々が冷たい視線を投げかける。

 セノルヴォが、「柔肌を暴いていないのに初夜? 随分と変わった性癖だな」と呟き、またしても一触即発になりそうなところをミランダが制止した。

「そして、次期大公のこの私を人質の名目で囲い、召し上げ、毒入りの自白剤を盛った国王陛下。……ああ、あの自白剤はお姉様に渡したものでしたね。となるとセノルヴォ様も一枚噛んでらっしゃるのかしら?」

 困ったように眉を下げて室内を見廻すと、心当たりのある物は皆、視線を逸らし俯いている。

 その様子を満足気に眺め、ミランダは続けた。

「お心当たりのある方も無い方も、総じて貴国の立役者。今後必要に応じて・・・・・・論じることとし、このお話はこれにて終了とさせていただきます。次の褒賞に移りましょう。その前にひとつ、ヴァレンス公爵に伺いたい旨がございます」

 突然名指しされたヴァレンス公爵が、何を聞かれるのかと訝し気に見遣ると、ミランダは「大したことではありません」と微笑んだ。

「王太子殿下が亡くなられた後、シェリル様と第二、第三王子殿下との縁談があったと以前伺った事があるのですが」

 その場にいた数人が、ちらりとヴァレンス公爵に視線を送る。

「陛下の王位継承に異を唱えていた保守派。……擁立した第五王子殿下と、シェリル様の縁談が持ち上がらなかったのはなぜでしょうか?」

 シェリルの父は、保守派筆頭ヴァレンス公爵。
 そしてヴァレンス公爵傍系の娘を母に持つ第五王子。

 本気でクラウスの王位継承を阻むのであれば、娘シェリルと婚姻を結ばせ、保守派の結束を固めるべきだったのではないか。

「……お答えします。なぜならば保守派の目的は、陛下の王位継承を本気で阻むことではなく、道を誤った時の抑止力だからです。王太子殿下の弔いが残っている状況で、幼い頃から知るジャクリーン公を怨恨に巻き込みたくないと考えたのも要因のひとつです」

 クラウスも分かっているのだろう、ミランダを見つめ、静かに頷いた。

「なるほど、ありがとうございます。それでは今一度。第五王子殿下……ジャクリーン公爵に伺います。新国家の王となるにあたり、シェリル様を妻に迎えるおつもりはございますか?」

 その場にいたグランガルドの重鎮たちが、皆驚きのあまり、その身を前に乗り出した。

 ミランダの言葉にヴァレンス公爵は深く息を吐き、そっと目を閉じる。

「グランガルド国王陛下の許可のもと、水晶宮の全権を任された私、ミランダが伺います。此度の褒賞として、シェリル・ヴァレンスを下賜され、新国家の王妃とするおつもりはございますか?」

 朗々と述べる澄んだ声に皆息を呑み、ジャクリーン公爵の言葉を待った――。




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