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63.ミランダの褒賞式①
しおりを挟む本来であれば凱旋パレードの後、大々的に褒賞式が行われるのだが、王宮の被害状況や離反者の処分を鑑み、今回は規模を縮小して室内にて実施されることとなった。
比較的被害の少なかった王宮広間は華やかな装飾で彩られ、中央正面には国旗が掲げられる。
まず始めに戦死者への弔い、そして今回褒賞授与はされないが、勝利に貢献した者達へのねぎらいの言葉がクラウスより掛けられ、粛々と式は進んでいく。
王宮に残り反乱軍を制圧したアシム公爵。
ガルージャを下したヨアヒム侯爵、ワーグマン公爵、ヴァレンス公爵。
今回市民として多大な功績を残したクルッセルの職人達――。
順に名前が呼ばれ、クラウス直々に褒賞を授与された者は皆、誇らしげに胸を張る。
「殿下、お元気そうでなによりです」
「頑張りました!」
「御無沙汰しております!」
「またお会いできて嬉しいです」
組合長シヴァラク、若気の至りまくりのジェイコブに、土木チーム長のサモア、最年長気難し屋のローガン。
褒賞を受け取り、踵を返すなり最前列で微笑むミランダを目に留め、小声でアピールを始めた職人達。
それを見たザハドが、式典中に何をやっとるんだと苦虫を噛み潰したような顔で咳払いをし、ミランダはプッと吹き出した。
「後で時間を設けるから、早く席に戻りなさい」
鶴の一声で静かに席へと戻って行く職人達の姿に緩む頬を押さえきれず、クスクスと笑うミランダに、またしてもザハドが咳払いをする。
続けて第二騎士団を率い、ジャゴニ首長国を下した第五王子……ジャクリーン公爵がクラウスの前で跪いた。
この度の功績を称え、グランガルドの属国という形でジャゴニ首長国を再編し、新国家の新たな王とする旨を述べると、ジャクリーン公爵を擁立する保守派からワッと歓声があがる。
「再編についてはまだまだ問題が山積みです」
「でも素晴らしいことです。即位式が楽しみですね!」
隣に立つヴァレンス公爵からこっそりと告げられ、ミランダは目を輝かせた。
「それでは以上を以て閉式とする。皆の者、大儀であった」
クラウスの言葉で褒章式が閉式となり、解散――となるはずだったのだが。
「お前は、この後だ」
最大の功労者であるミランダ。
驚いたように頬へ手を当て、自分の名前が呼ばれなかったことに小首を傾げた可愛らしい姿に、クラウスは溜息を吐いた。
*****
「で? お前は何を強請るつもりだ?」
最大の功労者ではあるが、何をやらかすか分からない。
後ほど個別に要望を聞いたほうが安全だろうと全会一致で主要メンバーが集まる中、クラウスの問いかけにミランダが頬を膨らませる。
「まぁ、強請るだなんて人聞きの悪い! そうですねぇ、いくつかあるのですが」
「……いくつか?」
ミランダが指折り数えだすと、部屋の端からブハッと吹き出す声が聞こえた。
楽し気に肩を揺らすその男は、気にせず続けてくれと顎で促す。
「まずは、恩赦に係るものから。まずは王宮焼失について、お許しいただけますか?」
「……勿論だ」
「ありがとうございます。それではアナベル様については如何でしょう?」
「難しいな。今回敵国と通じたヘイリー侯爵及びジョセフについては、一族郎党すべて極刑に処す予定。アナベルだけ特別扱いはできんな」
それは無理だと跳ね返すクラウスに向かい、ミランダは口元を綻ばせた。
「それでは問題ございませんね。アナベル様はとうの昔にヘイリー侯爵家からは除籍され、ファゴル大公国内の某子爵家にて貴族籍を持っております」
「な、なんだとっ!?」
遡って籍を抜くなど高位貴族、しかも余程の権限がなければ到底成し得ない所業である。
驚きザハドを振り返ると目を逸らし、ヴァレンス公爵が代わりに口を開いた。
「これにつきましてはシェリルとも、よくよく相談して決めた事です」
「……シェリルと?」
「ヘイリー侯爵家の皆がガルージャに向けて逃亡する中、アナベル様だけは何も知らされず、一人見捨てられました。ですがその後昼夜問わず、ただひたすらに兵達の治療へと身を捧げています。あの姿を見たシェリルが、アナベル様を御救いしたいと願ったのです」
まさかシェリル自ら願い出たとは思わず、クラウスは考え込むように眉間へ皺を寄せる。
「ヴァレンス公爵の仰るとおりです。あとは陛下に許可を頂ければ、滞りなく我が祖国の民となる予定。陛下、いかがですか? 何卒お許し願えませんでしょうか」
クラウスに向かい、目を瞬かせるミランダ。
本来であれば処刑すべきだと分かっている。
だがこの状況で、しかも実質、国外追放の形にすれば落しどころとしては妥当か――。
「……認めよう」
「まぁ! 陛下、ありがとうございます!」
ミランダの喜ぶ姿を目に留め、先程の男が笑いを噛み殺している。
「恩赦につきまして、もう一つ。反乱を起こした第四騎士団について、王宮内に残っていた者達はすべて、平民出身の騎士や故郷で職を失い急造された兵士達……命令に逆らえば殺される立場です」
これについては難しいかもしれないと思いつつ、だが身の内に入れた者は守ると約束したため、なんとか命だけでも救えないだろうかとミランダは懇願する。
彼らはミランダの言葉を受け、クラウスが戻った際、それ以上の無駄な殺傷を行わず武器を捨て、次々に投降したと聞いている。
「生涯苦役を課す代わりに、助命頂くことは可能でしょうか」
先程の男がまたしても、興味津々で見つめている。
その姿に苛立ったように、クラウスは舌打ちをした。
「チッ……いちいち鬱陶しい男だな」
「どうした? 細かいことを気にする男は嫌われるぞ?」
ピリリとした緊張感で張り詰める空気をものともせず、豪快に笑うその男はクラウスの正面、ミランダの座する二人掛けのソファーへと近付いた。
机を囲み、四方にソファーが並ぶ貴賓室。
ミランダの隣に勢いよくドスンと座ると、そのまま背凭れに腕を掛け、不遜な態度でニヤリと笑う。
「……そこをどけ」
「なにがだ? 狂王と名高いクラウス王にしては、随分と余裕のないことだ」
そのままミランダの肩へと手を回そうとして――、ぎゅっと手の甲をつねられ、その男は顔を顰めた。
「セノルヴォ様? 陛下を揶揄うのはいい加減にしてください。話が進まないではないですか」
「そうか? いちいち気にするアイツが悪い」
セノルヴォと呼ばれた男は、頬杖を突いて笑いを堪えている。
「まったくもう……先程の続きです。国外追放とした上で、捕虜として生涯苦役を課す形で助命いただく事は可能でしょうか」
「アナベル同様、ファゴル大公国で引き取るつもりか?」
「いえ、また別の場所で苦役に服させる予定です」
「そうか……場所にもよるが、その条件であれば認めよう」
結局許してしまうクラウス。
だが落しどころとしてはどれも妥当な上、今回の功績を鑑みれば認めざるを得ない。
「かの狂王がこれほどミランダに甘いとはな! これは嬉しい誤算だ。帰ったらアリーシェに報告せねば」
「黙れ、アルディリアの王よ。お前には関係のない話……同盟など結ばず、ここでその命を終えるか?」
「やれるものなら、やってみろ。王都を取り囲むアルディリア軍が雪崩れ込み、先の戦争で弱りかけのグランガルドなど、瞬く間に火の海にしてやろう」
「……ほう? いい度胸だ」
大国アルディリアから同盟国の申入れがあったと同時に、久しぶりにミランダに会いたいと軍勢を引き連れ、グランガルドに直接乗り込んで来たアルディリア王セノルヴォ。
突然の来訪に大わらわだったのは言うまでもないが、自由気儘なこの王はクラウスを気に入ったらしく、何かとかまっては遊んでいる。
「……セノルヴォ様?」
「おっと、ミランダすまない」
「いえ、セノルヴォ様がいらっしゃって丁度良かったです。苦役に服させようと思っていた場所がその……アルディリアなものですから」
「……ん?」
隣に座るセノルヴォへと向き直り、微笑むミランダ。
何やら不穏な気配を感じたのか、セノルヴォは顔を強張らせた。
「その、少し前に拝領したダイヤモンド鉱山なのですが、少々鉱山夫が足りないようでして」
「んん!?」
「今回の捕虜が充当できれば、ちょうど良い人数になるのですが……」
「んんん!?」
「でも鉱山夫だけだと心許ないかも。出来れば小さい街にして発展させたいのですが……」
「み、ミランダ、お前!?」
戦争捕虜といえど、もとは第四騎士団の騎士。
鉱山夫とは名ばかりの、ミランダの私兵……しかも既に掌握済である。
「ミランダ、お前!! しかもダイヤモンド鉱山は中心地から然程離れていないではないか! お前の私兵を身の内に飼う上、街にしろと!?」
「さすがに自治権はいただけないので、お姉様の名義でも差し支えありません」
「差し支えるわ! 何をやらかすか分かったものじゃない。お前の私兵など、危険すぎるだろう」
突然矛先が向けられ、慌てだすセノルヴォ。
だがミランダに微笑まれ、諦めたように天を仰いだ。
「ぐ……くそぅ仕方ない、受け入れてやる。ダイヤモンド鉱山の利益はお前のままだが、自治権は姉であるアリーシェのもの、これ以上は譲歩せんぞ!?」
ギリリと歯噛みしながら結局許してしまったセノルヴォに目を向け、今度はクラウスが笑いを堪える。
「かの誉れ高きアルディリア王がこれほどミランダに甘いとは。 この私兵をどう使うか……先が楽しみだ。せいぜい愛する妻に報告するがいい」
「黙れ、クラウス。死にたいようだな!?」
ついに呼び捨て。
ミランダを挟み喧嘩を始めた大国の王たちに、同席を求められた三公とザハド、ヨアヒム侯爵はげんなりと顔を見合わせた。
(そういえば、いくつもある上、まずは恩赦に係るものからって言ってたな)
(え、まだまだ続くって事か?)
(おい見ろ、この空気の中、ミランダ殿下が微笑んでるぞ)
(地獄だな……)
(次回からアリーシェ王妃陛下にも御同席頂こう)
疲れ切った彼らの溜息を乗せ、ミランダの個人褒賞式は、まだまだ続く――。
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