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5 逃亡と答え合わせ

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 森の朝は冷え込む。王宮暮らしをしたのは少しの間だけだったのに、この底冷えに身体が驚いている。自分で薪に火をつけ、暖をとり、自分の分だけのスープを作る。そういえば王宮のご飯は食べたことのない豪華なものばかりだったな、と思い出して、ぼんやりとしていた。

 森に帰ってきてから思い出すのは、王宮での暮らし。

 特に夜はレオと一緒のベッドで眠っていたので、一人の夜が妙に静かで寒くて心細かった。フローラはお腹に手を当て、「君が無事に出て来たら一緒に寝ようね」と話しかける。すると、ポコっと小さな小さな胎動が返ってくるので、フローラは思わず微笑んだ。
 自分に宿った小さな命だけが、フローラの心の支えだった。

 朝も朝で寒いので、フローラはお腹を冷やさぬよう腰に布を巻き、スープの鍋をぼんやりしながら混ぜていた。

「やはりここにいたか」
「!?」

 フローラ以外誰もいるはずのない家の中で、いきなり背後から声をかけられた。振り向くと、金の瞳と目が合う。いつの間に侵入したのか、相手は複数だ。フローラは警戒心を露わにする。だが、クロ様は近くにおらず、攻撃魔法も使えないフローラは無力だった。



「フローラ?」

 公務の合間に私室に戻ったレオは、フローラがいないことに気づいた。散歩にでも出ているのかと庭園を探したが見当たらず、他に彼女が行きそうな場所など思い付かない。慣れない王宮でどこか迷っているのかもしれないと思い、レオは一人フローラを探し歩いた。

「フローラ? どこにいる?」

 広い王宮を探しながら、次第にレオは第二の可能性を考え始めた。レオがフローラに求婚し、婚約間近であるということは周知の事実だ。もしかしたらそれを阻止したい勢力が彼女に危害を──? フローラに何か変わった様子はなかったか懸命に思い出そうとするも、プロポーズがうまくいってレオは少し浮かれ気味だったこともあり、全く覚えていない。

「フローラ!? フローラ!?」

 焦りつつ王宮内を隈なく探そうとするも一人の力では限界がある。時間が惜しい。そこへ、なかなか執務室に戻らないレオを探していたのか、バルドがやってきた。

「どうされました?」
「フローラがいない!」
「お散歩にでも出ておられるのでは?」

 レオが第三者の関与を疑っていることもあり、バルドは信用できる近衛兵だけに声をかけ、フローラを探すよう指示した。だが、探しても探してもフローラはいない。第二王子との婚約が噂されている以上、行方不明であることを公にするわけにはいかない。大々的に捜索するわけにもいかず、わずかな人数で捜索は夜通し行われたが、王城の外も含めてフローラはどこにも見当たらなかった。

「フローラを攫うとしたら……誰だ」
「第一王子派閥の誰かの可能性もありますが、内乱関係者がまだ生き残っていた可能性も考えられますね」

 第一王子を支持する派閥は今や貴族の大幅を占めている。今から洗い出すのは困難だ。一方で、内乱に携わった者は全て捕縛したはずで、まだ他にもいたとなればそれもまた特定が困難である。

「……くそっ」
「……あの黒猫殿、クロード様に聞いてみるのはどうでしょう?」

 バルドの思いつきにレオは目を輝かせた。

「クロード殿! おらぬか!?」

 黒猫の魔物がどこからやってくるのか分からない二人は、二人きりしかいない執務室の中でとにかくクロードを呼んでみる事にした。

「クロード様!?」
「クロード殿!」
『なんだ』
「!」

 どこからともなく黒猫が現れた。バルドは驚き声も出ない。レオは動じずにフローラについて尋ねた。

「フローラがいない。どこにいるか知らないか?」
『お主の妃になるのは嫌だというから森に返した』
「なんだって!?」
『それにここはフローラを狙う者がいて物騒だ。あそこには結界がある』
「……私に呪いを施せる程の実力でも、か?」
『む』

 フローラの住む森の家付近には結界がある。その古い結界は悪意ある術式が届かないものではあるが、王族に大胆にも呪いをかけられるほどの実力者であれば話は別だろう。成程と納得したクロードが転移陣を発動する。
 
「待て! 私も連れて行ってほしい」
「……仕方ない」

 そうしてクロードとレオは森へと転移した。

 転移陣が消え、レオが目を開けると、森に立っていた。数ヶ月前に訪れたはずの森小屋はどこか懐かしく、あの日のままだ。
 どんな言葉を紡げば、フローラを呼び戻せるかレオは迷いながらも家の中へと入った。

「フローラ……?」
『まずい。油断した』

 家の中が荒らされている。美しく飾られていた思い出の品々が、床で粉々になっていた。

「これは……」

 さっきまで温めていたスープ。干したばかりの洗濯物。少し前までフローラが居た痕跡はあるのだが、本人はいない。クロードは匂いを頼りに色々と探していたがやはり見当たらない。その上、複数の人間の匂いがすると言う。

「まさか、攫われたのか……!?」
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