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第一章「迷宮都市フェーベル編」
第四話「精霊と魔術師」
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「大丈夫ですか……?」
誰かが俺の手を握りながら声を掛けてくれた。一体どれだけ意識を失っていたのだろうか。全身に感じていた痛みはなく、腹部と肩、背中に大怪我を負った筈なのだが、既に怪我が完治した様だ。
ゆっくりと目を開けると、そこには心配そうに俺を見つめる氷姫が居た。エメラルド色の澄んだ瞳に、長く伸びた銀色の髪。透き通る様な、いつまでも聞いていたい心地良い声に、小さな手から伝わってくる暖かさ。
ここは森の中にある古い時代の遺跡なのだろうか、石で作られた空間には壁画が描かれており、人間の少年と精霊の少女が手を取り合って暮らす様子が描かれている。
シュルツ村の南方、すなわち迷いの森を進んだ場所には古代の遺跡があると聞いた事があったが、エミリアがここまで俺を運んでくれたのだろう。
「やっと目が覚めました……。死んでしまったかと思いましたよ……」
「俺をここまで運んでくれたんだね」
「はい、怪我の手当もしておきました。私を守りながら戦ってくれたんですね。ありがとうございました」
エミリアは柔和な笑みを浮かべて微笑み、俺の手を強く握った。神殿に差し込む朝日が彼女の銀色の髪に反射して美しく輝き、白く透き通る陶器の様な肌は、人間とはどこか異なる雰囲気を感じる。
「あの……、そんなに見つめられては困ります……。私、人間とあまり関わった事もありませんし、こんな時にどうして良いのかわかりません……」
「ごめん……! 可愛いからつい見とれていたよ……」
「可愛いだなんて。精霊の私が怖くないんですか? あなたはシュルツ村の人ですよね?」
「そうだよ。俺はシュルツ村のレオン・シュタイナー」
「私は氷の精霊・エミリアです。森であなたがグレートゴブリンに襲われていたので、咄嗟に加護を授けてしまいましたが、迷惑ではありませんでしたか……?」
「迷惑だなんて、俺に加護を授けてくれたのはエミリアが初めてだし、俺はどうしても加護が欲しかったんだ」
「それでは、契約者として私を守ってくれるんですか……? 私、人間の常識も知りませんし、精霊狩りにも狙われていますから、レオンさんに迷惑を掛けてしまうかもしれません……」
精霊は人間に加護を授け、人間は加護を頂いた対価として、命が尽きるまで精霊を守りながら暮らす。人間は精霊に魔力を提供し、精霊は人間の魔力を糧に成長する。精霊は生まれつき高い魔法能力を持つが、生まれ持った魔力が尽きれば命を落とす。
魔法さえ使用しなければ体内に秘める魔力を失う事は無いが、エミリアは俺を助けるために魔力を使用し、一時的に魔力が枯渇して意識を失った。再びエミリアが意識を取り戻したのは、俺と触れ合い、俺の体内から魔力を吸収したからだろう。
「勿論、俺がエミリアを守るよ。俺は微精霊の加護すら持たない無属性のレオンって言われていたんだ。シュルツ村で最も弱い存在だと思われていたけど、俺はエミリアから加護を頂いて、遂に魔法を使える様になったんだ。この力を守りたいし、俺に加護を授けてくれたエミリアを守りながら暮らしたいと思うよ」
「本当ですか!? そんな事を言ってくれたのはレオンさんが初めてです……。どんな人間も私が精霊だと知れば、私から無理矢理にでも加護を受けようとするんです。何度も精霊狩りに誘拐されました。一度だけ精霊狩りを氷漬けにしてしまった事もあるんです。私は人間を守るために生まれた精霊なのに、人間を殺してしまったんです。こんな最低な精霊ですが、レオンさんと一緒に居ても良いんですか……?」
エミリアが涙を浮かべながら俺を見つめると、思わず彼女の美貌に胸が高鳴った。ゆっくりと彼女の頭を撫でると、嬉しそうに笑みを浮かべながら俺の手を握った。
エミリアの身長は百五十五センチ程だろうか、こんなに小さな体で、人間から迫害され、たった一人で遺跡に隠れる様に暮らしていたのだ。これからは楽をさせてあげよう。
「大丈夫だよ。俺がエミリアを守る! シュルツ村にはエミリアの事を人間を氷漬けにした危険な精霊だと思っている人も多いけど、エミリアは俺を守るためにグレートゴブリンに立ち向かってくれた。俺はエミリアが悪い精霊だなんて思っていないよ」
「私の事、信じてくれるんですか……? 人間を殺してしまった精霊なのに……。本当に信じてくれるんですか!?」
「契約者が精霊を信じないでどうするんだい? たとえ全ての人間がエミリアを否定しても、俺は君を信じて生きるよ」
「どうしてレオンさんはそんなに優しいんですか……。私みたいな弱い精霊に優しくしてくれるんですか……」
「エミリアが先に俺を信じて加護を与えてくれた。どんな微精霊も俺に加護を授けてくれなかったんだ。俺は誰からも必要とされていない落ちこぼれ。魔法も使えないし、ゴブリンだって死ぬ気で戦わなければ倒せない弱い村人だけど、そんな俺に力を与えてくれた。この恩は一生かけて返すつもりだよ」
「レオンさん……、嬉しいです……。やっと私の事を認めてくれる人と出会えました……」
エミリアが大粒の涙を流すと、俺は彼女の涙を拭いた。エミリアを見ているだけでも胸が高鳴り、彼女の美貌に見とれている自分に気がつく。俺が求めていたのはエミリアの様な精霊だったのだ。
微精霊を遥かに凌駕する魔法能力を持つ精霊。微精霊が俺に見向きもしなかったのは、氷の精霊であるエミリアと出会わせるためだったのだろうか。もし俺が生まれた時から微精霊の加護を授かっていたら、積極的に森には入っていなかった。
もし、俺が微精霊の加護を持っていたら、努力すらせずに得た力に慢心して、グリムの様な他人を見下す最低な男になっていたかもしれない。
生まれつき属性の力を持っていたら、エミリアとの出会いに感謝も出来なかっただろう。魔法は当たり前に使えるもの。俺以外の人間は全てそう思っている。十四年間生きてきて、今日ほど嬉しい日はない。
「俺と一緒に暮らそう! 俺は魔術師になるんだ。二人で魔物を狩ってお金を稼いで暮らそうよ。俺が一生エミリアを守るよ」
「約束してくれますか……? 私を見捨てないって……」
「約束するよ」
「本当ですか……?」
「本当だよ。俺がエミリアを守る」
「信じても良いんですね……。レオンさんの事」
「まだ出会ったばかりだから俺の全てを信じてくれとは言わないけど、これから二人で力を合わせて生きていこうよ」
「そうですね。レオンさん! 沢山迷惑をかけると思いますが、どうかよろしくお願いします……」
エミリアはすっかり泣き止むと、可愛らしく微笑みながら俺に抱きついた。彼女の豊かな胸が俺の胸板に当たり、緊張のあまり心臓が大きく高鳴り出した。女の子に抱きつかれるなんて初めてだ。それに、こんな美少女はシュルツには一人も居ない。
エミリアを見ているだけで最高の気分になる。俺はこの子と出会うために生まれてきたのだろう。人間と精霊は一心同体。精霊は人間のために生まれ、人間もまた精霊のために生まれる。
エミリアとのこれからの人生を二人で考えよう。時間ならいくらでもあるんだ。ゆっくり話し合って今後の予定を決めればいい。今は暫くエミリアを抱き締めていたい……。
誰かが俺の手を握りながら声を掛けてくれた。一体どれだけ意識を失っていたのだろうか。全身に感じていた痛みはなく、腹部と肩、背中に大怪我を負った筈なのだが、既に怪我が完治した様だ。
ゆっくりと目を開けると、そこには心配そうに俺を見つめる氷姫が居た。エメラルド色の澄んだ瞳に、長く伸びた銀色の髪。透き通る様な、いつまでも聞いていたい心地良い声に、小さな手から伝わってくる暖かさ。
ここは森の中にある古い時代の遺跡なのだろうか、石で作られた空間には壁画が描かれており、人間の少年と精霊の少女が手を取り合って暮らす様子が描かれている。
シュルツ村の南方、すなわち迷いの森を進んだ場所には古代の遺跡があると聞いた事があったが、エミリアがここまで俺を運んでくれたのだろう。
「やっと目が覚めました……。死んでしまったかと思いましたよ……」
「俺をここまで運んでくれたんだね」
「はい、怪我の手当もしておきました。私を守りながら戦ってくれたんですね。ありがとうございました」
エミリアは柔和な笑みを浮かべて微笑み、俺の手を強く握った。神殿に差し込む朝日が彼女の銀色の髪に反射して美しく輝き、白く透き通る陶器の様な肌は、人間とはどこか異なる雰囲気を感じる。
「あの……、そんなに見つめられては困ります……。私、人間とあまり関わった事もありませんし、こんな時にどうして良いのかわかりません……」
「ごめん……! 可愛いからつい見とれていたよ……」
「可愛いだなんて。精霊の私が怖くないんですか? あなたはシュルツ村の人ですよね?」
「そうだよ。俺はシュルツ村のレオン・シュタイナー」
「私は氷の精霊・エミリアです。森であなたがグレートゴブリンに襲われていたので、咄嗟に加護を授けてしまいましたが、迷惑ではありませんでしたか……?」
「迷惑だなんて、俺に加護を授けてくれたのはエミリアが初めてだし、俺はどうしても加護が欲しかったんだ」
「それでは、契約者として私を守ってくれるんですか……? 私、人間の常識も知りませんし、精霊狩りにも狙われていますから、レオンさんに迷惑を掛けてしまうかもしれません……」
精霊は人間に加護を授け、人間は加護を頂いた対価として、命が尽きるまで精霊を守りながら暮らす。人間は精霊に魔力を提供し、精霊は人間の魔力を糧に成長する。精霊は生まれつき高い魔法能力を持つが、生まれ持った魔力が尽きれば命を落とす。
魔法さえ使用しなければ体内に秘める魔力を失う事は無いが、エミリアは俺を助けるために魔力を使用し、一時的に魔力が枯渇して意識を失った。再びエミリアが意識を取り戻したのは、俺と触れ合い、俺の体内から魔力を吸収したからだろう。
「勿論、俺がエミリアを守るよ。俺は微精霊の加護すら持たない無属性のレオンって言われていたんだ。シュルツ村で最も弱い存在だと思われていたけど、俺はエミリアから加護を頂いて、遂に魔法を使える様になったんだ。この力を守りたいし、俺に加護を授けてくれたエミリアを守りながら暮らしたいと思うよ」
「本当ですか!? そんな事を言ってくれたのはレオンさんが初めてです……。どんな人間も私が精霊だと知れば、私から無理矢理にでも加護を受けようとするんです。何度も精霊狩りに誘拐されました。一度だけ精霊狩りを氷漬けにしてしまった事もあるんです。私は人間を守るために生まれた精霊なのに、人間を殺してしまったんです。こんな最低な精霊ですが、レオンさんと一緒に居ても良いんですか……?」
エミリアが涙を浮かべながら俺を見つめると、思わず彼女の美貌に胸が高鳴った。ゆっくりと彼女の頭を撫でると、嬉しそうに笑みを浮かべながら俺の手を握った。
エミリアの身長は百五十五センチ程だろうか、こんなに小さな体で、人間から迫害され、たった一人で遺跡に隠れる様に暮らしていたのだ。これからは楽をさせてあげよう。
「大丈夫だよ。俺がエミリアを守る! シュルツ村にはエミリアの事を人間を氷漬けにした危険な精霊だと思っている人も多いけど、エミリアは俺を守るためにグレートゴブリンに立ち向かってくれた。俺はエミリアが悪い精霊だなんて思っていないよ」
「私の事、信じてくれるんですか……? 人間を殺してしまった精霊なのに……。本当に信じてくれるんですか!?」
「契約者が精霊を信じないでどうするんだい? たとえ全ての人間がエミリアを否定しても、俺は君を信じて生きるよ」
「どうしてレオンさんはそんなに優しいんですか……。私みたいな弱い精霊に優しくしてくれるんですか……」
「エミリアが先に俺を信じて加護を与えてくれた。どんな微精霊も俺に加護を授けてくれなかったんだ。俺は誰からも必要とされていない落ちこぼれ。魔法も使えないし、ゴブリンだって死ぬ気で戦わなければ倒せない弱い村人だけど、そんな俺に力を与えてくれた。この恩は一生かけて返すつもりだよ」
「レオンさん……、嬉しいです……。やっと私の事を認めてくれる人と出会えました……」
エミリアが大粒の涙を流すと、俺は彼女の涙を拭いた。エミリアを見ているだけでも胸が高鳴り、彼女の美貌に見とれている自分に気がつく。俺が求めていたのはエミリアの様な精霊だったのだ。
微精霊を遥かに凌駕する魔法能力を持つ精霊。微精霊が俺に見向きもしなかったのは、氷の精霊であるエミリアと出会わせるためだったのだろうか。もし俺が生まれた時から微精霊の加護を授かっていたら、積極的に森には入っていなかった。
もし、俺が微精霊の加護を持っていたら、努力すらせずに得た力に慢心して、グリムの様な他人を見下す最低な男になっていたかもしれない。
生まれつき属性の力を持っていたら、エミリアとの出会いに感謝も出来なかっただろう。魔法は当たり前に使えるもの。俺以外の人間は全てそう思っている。十四年間生きてきて、今日ほど嬉しい日はない。
「俺と一緒に暮らそう! 俺は魔術師になるんだ。二人で魔物を狩ってお金を稼いで暮らそうよ。俺が一生エミリアを守るよ」
「約束してくれますか……? 私を見捨てないって……」
「約束するよ」
「本当ですか……?」
「本当だよ。俺がエミリアを守る」
「信じても良いんですね……。レオンさんの事」
「まだ出会ったばかりだから俺の全てを信じてくれとは言わないけど、これから二人で力を合わせて生きていこうよ」
「そうですね。レオンさん! 沢山迷惑をかけると思いますが、どうかよろしくお願いします……」
エミリアはすっかり泣き止むと、可愛らしく微笑みながら俺に抱きついた。彼女の豊かな胸が俺の胸板に当たり、緊張のあまり心臓が大きく高鳴り出した。女の子に抱きつかれるなんて初めてだ。それに、こんな美少女はシュルツには一人も居ない。
エミリアを見ているだけで最高の気分になる。俺はこの子と出会うために生まれてきたのだろう。人間と精霊は一心同体。精霊は人間のために生まれ、人間もまた精霊のために生まれる。
エミリアとのこれからの人生を二人で考えよう。時間ならいくらでもあるんだ。ゆっくり話し合って今後の予定を決めればいい。今は暫くエミリアを抱き締めていたい……。
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