偽調教師と狼王子

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第二章

2-1.夜の顔、昼の顔※

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 ヴィルフレートの肛門を犯しているのは調教師ただひとり。
 それなのに、ヴィルフレートはまるで複数人の男たちに代わる代わる犯されているような錯覚に陥っていた。調教師が何度も腰遣いを変えて犯してくるからだ。
 乱暴に扱われても、大切に扱われても、王子の心は不本意な快感によって削られていく。
 時間が経つほどに濃くなっていく汗と精液のにおいに頭がくらくらした。

「ふぅ゛っ……んうう゛ぅぅッ」

 どんなに声を我慢しても、ペニスから子種を飛ばしてしまえば、相手に絶頂を知られてしまう。
 この醜態は鏡に記録されている。いずれ皇帝にも観られてしまう。父と母を死に追いやった男に!
 無様な姿など晒せない。
 晒したくないのに。
 調教師の肉棒はささやかな抵抗さえ許してくれなかった。達したくないと考えれば考えるほど、肛道を掘り耕す肉棒の存在を意識してしまう。

 もう何度果てたかもわからなくなっていた。

「――期待以上だったよ、ヴィル。明日も気持ちよくなろうね」

 ようやく終わりを迎えたのだと知った途端、安堵によって全身から力が抜けた。
 続いて襲ってきた猛烈な眠気に、ヴィルフレートは抗えなかった。


※※※


 ヴィルフレートは目を覚まし、ベッドから身体を起こした。

「……っ」

 腹の奥がじんと甘く疼く。昨夜の調教の余韻だろう。
 深く息を吐いて快感の残滓を頭の隅に追いやってから、周囲を見渡す。
 昨夜の調教部屋ではない。

(シルヴィア……?)

 狼の優れた嗅覚が、妹のかすかな残り香を嗅ぎ分けた。
 ここが彼女が監禁されていたというゲストルームなのだろう。

(皇帝の狙いが、あの子ではなくて本当によかった)

 「クロ・エジェ」の調教は淫惨だった。いっそ拷問の方がマシだと思えるほどに。
 調教などで自分が色狂いに堕ちるわけがない──ヴィルフレートはそう思っている。調教期間の3ヶ月を耐えて、頃合いを見計らって堕ちた演技をすればいいと考えている。
 ただ……。
 あのような調教がこれから3ヶ月間続くと思うと気が滅入った。

 この段になってようやく、ヴィルフレートは自分の身体が清められていることに気づいた。汗と精液まみれだった身体を綺麗にしてくれたのはハルキかマリエッタか……おそらく前者だ。ハルキとはまだ関わって長くないが、女性に調教の後始末を任せるような男には思えない。

 そのとき、扉の方からノック音がした。
 開かれた扉から遠慮がちに顔を出したのはハルキだった。

「お、おはようございますっ、ヴィルフレートさん……。ごはん、食べられそうですか?」
「……ああ。いただこう」

 手渡された器の中身は、細かく切られた具がたっぷり入ったスープ。毒は入っていないことは匂いからわかる。ハルキを疑っているわけではない。それとなく嗅覚で毒の有無を判別しようとしてしまうのは、王族としての習慣のようなものだ。

「あの、昨日はすみませんでした……」

 ベッド脇の椅子に腰かけたハルキが、ヴィルフレートへ昨夜のことを詫びた。
 あえてぼかしたのだろうが、調教のことだとすぐにヴィルフレートは察した。

「謝るな。お前は、お前の仕事をしたに過ぎない。……そもそも私がお前を巻き込んだのだ。むしろ謝るべきはこちらの方だ」
「ヴィルフレートさんは悪くないですよ……! 悪いのは全部皇帝ですっ」

 言動から滲み出る人のよさ。
 昨夜の調教師と同一人物とはとても思えなかった。

「……皇帝を斃し、ファウナピアを取り戻した暁には、お前が望む褒美を与えよう。とは言っても、今の私に渡せるものは限られているが……。お前の要望には最大限応えるつもりだ」

 スープに口をつける。温かさが臓腑に染みる。口の中に肉と野菜の優しい味わいが広がった。

「それなら……僕がもとの世界に戻る方法を、一緒に探してほしいです」
「そういえばお前は望まずにこちらの世界に来たのだったな。……お前のいた世界は、どんな場所だ?」

 ハルキは語ってくれた。自分のいた世界の話を。
 魔法の代わりに科学が発達した文明を。
 聴いているうちに次々湧き上がってきた疑問をハルキへ投げかけると、彼はひとつひとつに丁寧に答えてくれた。

「全部が完璧ってわけじゃないけど、俺の住んでる国は、かなり恵まれてる方だと思います」
「おまえは平和な世界から、こちらの世界に投げ出されてしまったわけか」
「……僕自身は、今はなんとかやれてるからいいんです。だけど……僕の親友が、今、クロ・エジェと一緒にいることが心配で……」
「……それは……」

 ハルキの顔に暗い影が落ちる。友人の身を心から案じているのだろう。

 ヴィルフレートも、シルヴィアが帝国軍に捕まったと知らされたときは全身から血の気が引いた。冷静さを欠いてはいけないと思いつつも、当時の自分の行動を振り返ってみれば、やはり冷静ではなかったと思う。
 ――勝利のみを考えるならば、シルヴィアのことは諦めるべきだったのだろう。
 だが、諦めたくなかった。妹を護り抜くと、母と約束したのだ。

 もし、調教師が「クロ・エジェ」のままだったら、ここまでうまく事は運ばなかっただろう。ヴィルフレート自身はもちろんだが、シルヴィアや臣下にも被害が及んでいたかもしれない。

 ……ヴィルフレートにとって大切な者たちの命と尊厳を、この心優しい若者は守ってくれた。
 そして今も、危険を承知で協力してくれている。
 その献身に、報いなければならない。

「ハルキ。私は、お前がもとの世界へ戻れるように力を尽くそう」
「あ……ありがとうございます!」
「それと、その堅苦しい言葉遣いや敬称は不要だ。我々は対等な存在なのだから」

 片や調教する者であり従魔。片や調教される者であり従魔の主。
 我が身のことながら、実におかしな関係性だ。

「えっと……じゃ、じゃあ、ヴィルフレート……?」
「ヴィルでいい。昨夜は何度も馴れ馴れしく呼んでいたではないか」
「あああああれは! クロ・エジェならそうするだろうって思ったからで……!」
「私は、『クロ・エジェ』ではなく、『ハルキ』にその名で呼んでほしい」
「うう……ヴィ…ヴィル……?」
「ふ……ああ、それでいい」

 初々しい態度に、自然と頬が緩む。
 ハルキの白皙の肌がじわじわと赤くなっていく。

「ハルキ、どうした? 顔が赤いが……どこか具合が悪いのだろうか」
「なっ、な……なんでもない!」

 あたふたする姿を見て、「愛らしいな」とヴィルフレートは思った。見た目の年だけなら大差ないはずなのだが。
 もう少しだけ、この穏やかな時間に浸っていたかったが、そろそろ本題に入るべきだ。

「――今日は帝国への報告は済んでいるのか?」
「……? まだこれからだけど……」
「ならば私も同席したい。もちろん、向こうには気づかれぬように」
「それは……でも……」

 ハルキは困惑している。優しい彼は、ヴィルフレートのことを慮っているのだ。調教内容の報告など、ヴィルフレート自身、本当なら聞きたくはない。
 しかし、わずかでも帝国の内情を探れるのなら、聞く必要がある。

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