THE NEW GATE

風波しのぎ

文字の大きさ
表紙へ
113 / 369
8巻

8-1

しおりを挟む

「調子が悪いなら、宿で休んでていいんだぞ?」
「くぅ……」

 シンは小さく鳴いた肩上のユズハから、大丈夫という意思を受け取って、軽くでるにとどめた。
 聖女ハーミィをにえにしようとした瘴魔デーモンとの戦い以降、ユズハは体調が悪いのか、シンの肩にくてっと寄りかかることが時折あるのだ。

「お連れ様はお体の調子が悪いので?」
「本人は大丈夫って言ってるんだけどな。熱があるわけじゃないからひとまず様子見してるんだ」

 ヴィルヘルムにハーミィたちを任せ、シンとシュニーはバルメルの黄金商会にベレットをたずねていた。ジグルスに戻るために船を使うことになったからだ。
 バルメルから出ている船には、大陸北部(エスト)方面に向かうものも多い。陸路では時間がかかりすぎるので、海路でジグルスに近い港町まで行き、そこからジグルスに向かうことになった。
 ドラゴンを使った空路は最終手段なので、今回はなしだ。

「それで、船の手配はどうなのですか?」

 シュニーが聞くと、申し訳ないとベレットは頭を下げた。

「私としてもお力になりたいのですが、あいにくと我が商会の船は出払っていまして。ですが、ちょうどエスト方面に向かう船があります。途中で補給もねて別の港に寄りますが、我々の商船を待つよりも間違いなく早く着きます。いかがでしょう?」

 交易のための物資と、人の両方を運ぶ船だという。それなりに高い身分でないと乗れないそうだが、ベレットの紹介があれば乗せてもらえるらしかった。

「月のほこらの紹介状や、連れの身分とかは使いたくなかったから助かる」

 月の祠の紹介状なら身分証としては十分。もしくはハーミィの名を使えば、船に乗ることはできるだろう。ただ、後々面倒事の種になりそうだったので、できれば避けたかった。
 黄金商会副支配人ベレットの紹介状もそれらに引けを取らないが、商売上の取引相手とでも言えばまだ使い勝手がよい。
 Aランクの冒険者ヴィルヘルムや教会所属の騎士ケーニッヒがいるので、アイテムの取引があると伝えれば信憑性しんぴょうせいも高くなる。

「出発は明日になりますが、よろしいですか?」
「ああ、あまりのんびりするわけにもいかないからちょうどいい」
「お部屋のほうは、きの状態をのちほど連絡いたします」
「できれば個室を頼む。あまり顔を見られたくない仲間がいるんだ」
「承知しました。ではしばしお待ちを」

 デスクの引き出しを開け、ベレットは用紙にペンを走らせる。書き終えたそれを黄金商会の印が入った封筒に入れ、封蝋ふうろうを使って封をした。

「こちらを船長にお見せください。私から話は通しておきます」
「ありがとう。世話をかけてすまない」
「ハイヒューマンの方々のお役に立てることは、我らにとって最上の喜び。どうか、お気になさらず」

 笑みを浮かべながら礼をするベレットの表情は、実に堂々としたものだった。そこに、悪感情はひとかけらも存在しない。
 シンはもう一度礼を言って、黄金商会を後にした。


         †


 シンたちが黄金商会で話をしていたころ。ティエラ、フィルマ、シュバイドの3人は、食糧や道具の買い出しに来ていた。カゲロウはいつも通りティエラの影の中だ。
 500年眠ったままだったフィルマは、通りのにぎわいに頬を緩めている。

「やっぱり貿易が盛んなだけあって人が多いわね。道行く人も明るい顔をしてるし、ちょっとだけほっとするわ」
「ほっと、ですか?」

 フィルマのつぶやきに疑問を返すティエラ。フィルマは、小さく笑って答えた。

「私が覚えているのは、天変地異てんぺんちいからの復興を目指していた時代までなのよ。あの頃は小さな地震が起こるだけで、パニックになる人もいたから」

 フィルマの言葉に悲壮感はなかった。

「世代が変わったことで、当時のことを忘れてしまったというのもあるのだろう。だが、多くの人々の努力が積み重なり、今がある。今も昔も、人というのは存外しぶといものだ」

 フィルマが羽目を外しすぎないようにと同行したシュバイドが、笑みを浮かべながら言った。
 かける言葉が見つからず、黙ったままのティエラ。

「そうね。実感してるわ。それにしても、シンとシュニーを2人っきりにしてあげるなんて、シュバイドも気がくようになったじゃない」
「正確には2人と1匹だ。別段、何か意図があったわけではない。お前を放っておくほうが危険と判断したまで」
「ちょっとそれどういう意味よ」
「かつての経験から言っておるのだ。胸に手を当てて考えてみるがいい」

 シュバイドは半眼でフィルマを見ていた。どの口がそれを言うのか、と視線が語っている。

「私をトラブルメーカーみたいに言わないでよ。まあ、ちょぉっと羽目はめを外しすぎたことはあったけど」

 心当たりがあるのだろう。フィルマの視線が泳いでいた。

「まあまあ、おふたりともそのあたりで。せっかく街に繰り出したんですから、いろいろお店を見て回りませんか?」
「それもそうね。必要な物はリストアップしてあるし、ささっとすませちゃいましょ」
「やれやれ」

 ティエラの提案にフィルマが食いつき、シュバイドは苦笑する。シュバイドとしても、喧嘩けんかをしたいわけではない。
 フィルマはさっそく食材に目を向けた。

「ティエラちゃんはこういう目利きって得意なほう?」
「ある程度なら。一応、師匠ししょうきたえられましたし。フィルマさんはどうなんですか?」
「料理は作ろうと思えば作れるけど、大味なのよね。てことで、食材の選別はティエラちゃんに任せるわ」

 シュバイドも料理に関してあまり頓着とんちゃくしないので、このメンバーで最も素材の良ししがわかるのはティエラだった。
 そうして大量に買い込んだ素材は、シュバイドが持つことになる。

「すごい量ですけど、大丈夫なんですか?」

 袋一杯の食材を抱えるシュバイドを見て心配するティエラに、フィルマは軽い口調で言う。

「気にしなくていいのよ。このくらいの荷物でどうにかなるような奴じゃないから」
「問題ない。人通りのないところで、アイテムボックスにしまう」

 実際、シュバイドは難なく袋を持っていた。

「ところでティエラちゃん。聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」
「はい、なんですか?」
「ティエラちゃんがシンに同行してる理由って、なんなの?」
「ふむ、確かに気にはなっていた。それに連れている神獣は、明らかにティエラ殿の調教師テイマーとしての力量を超えている」

 フィルマの問いにシュバイドも続けた。

「えっと、ここで話さなきゃだめですか?」
「むしろこういう場所のほうがいいわ。雑踏ざっとうの中って、内緒話をするにはうってつけなのよ」

 様々な声が飛び交う大通りは、フィルマの言うとおり、誰が何を話しているかなどほとんど判別がつかない。さらに言うなら、ここには教会の騎士ケーニッヒ白貌の槍使いヴィルヘルムもいない。

「私はシンやシュニーの身内だから、そういうことは知っておきたいの」

 フィルマもシュバイドもシン直属の配下だ。ゆえに、配下でもないティエラが同行していることに疑問を感じていた。
 単なる興味本位ではないと伝わってきて、一度しっかりとうなずくティエラ。

「わかりました。最初は師匠、シュニーさんに助けられたことが始まりだったんです」

 シンが呪いを解いてくれるまでのことを、簡単に話す。

「――なるほどね。確かに【呪いの称号カースドギフト】は街でいてもらうのが一般的だったから、手の出しようがないわね」
「うむ、我も調べたが、詳しい方法はわからずじまいだった」
「シンは知ってたみたいでしたけど、皆さんは知らなかったんですか?」

 シュニーも含めて、誰も【浄化】の習得方法を知らないと聞いて、ティエラは驚いた。

「シンが習得してたのは知ってたけどね。習得に必要なアイテム探しは手伝ったけど、最後はシンだけでやってたから、細部までは知らないのよ。元々滅多に使うスキルじゃないから、シンが覚えるだけで用はりたし。たぶん、他の知り合いも似たようなものでしょうね」
「だろうな。そもそもあの頃は自分で覚えずとも、今では聖地と呼ばれるようになった街に行けば、簡単に解除できた。わざわざ労力を使う必要もなかったのだ」
「なんというか。すごいですね」

 呪い持ちが普通に出入りでき、簡単に解呪して出てこられる街というのが、話を聞いてもティエラには想像できなかった。
栄華えいが落日らくじつ』以前の世界を知っているシュバイドたちも、ティエラの驚きは理解できた。

「ところで、ティエラちゃんはシンのことをどう思ってるの?」
「え?」

 突然切り出され、ティエラはほうけたような返事をした。

「だってそうでしょ? ずっと店から出られないと思ってたところにさっと現れて、何の報酬もなしに呪いを解除。そんなことがあって、気にならないわけないじゃない」

 妙にキラキラした笑顔でそう断言するフィルマ。食いつかずにはいられないようだ。

「あきらめていたところにさっそうと現れた王子様、といっても過言ではない、でしょ?」
「えっと……確かに恩は感じてますよ? でも、ほ、ほら! シンには師匠がいますし!」
「この世界では、一夫多妻は普通よ? まあ、エルフはそういうの、あまり好きじゃないみたいだけど。でも、本当に恩だけ?」
「ぁ……ええと……」

 フィルマの剣幕にたじたじとなるティエラ。しかし、言葉をにごすばかりではっきり否定しないところが、すでに答えになっていた。

「フィルマよ。あまり人の色恋に口を出すものではないぞ」
「わかってるわよ。これ以上は止めておく。でもティエラちゃん、これだけは言っておくわ」
「は、はい」

 ニヤついた笑顔から一転、真顔になったフィルマは、真剣な口調で言った。

「自分の気持ちははっきりさせておいたほうがいいわよ。後悔してからじゃ、遅いから」
「っ!!」

 心を見透みすかされたような言葉に、ティエラは息をんだ。

「ごめんなさいね。余計なお世話だってことくらい、わかっているのだけど」
「……いえ、本当のことを言うと、自分でもまだ答えが出ていないんです」

 困ったように苦笑して、ティエラは言う。
 フィルマはその様子を、優しい笑みを浮かべて見ていた。

(さて、シンはどういう答えを出すのやら)

 女性陣2人とは別に、シュバイドはそんなことを考えていた。


         †


「とりあえず、足は確保してきた」

 黄金商会から帰ってきたシンたちは、他の面々に、ジグルスに向かう船について伝えた。
 ティエラたち3人だけでなく、宿に残っていたヴィルヘルムとハーミィ、さらにケーニッヒに付き合って外出していたミルトもそろっている。

「出発はいつごろで?」

 そう聞いてきたのはケーニッヒだ。

「明日の朝で、メディエル号って船です。そちらはもう?」
「教会への連絡はすんだ。伝えてあった通り、レシェルの街に迎えが来る手はずだ」

 念のための質問に、ケーニッヒがうなずいて答えた。
 迎えといっても、その大半は『いただきの派閥』の拠点に向かうことになっている。
 選定者をそろえ、一気に制圧するらしい。最も危険な瘴魔デーモンをシンたちが倒したからこそ可能な作戦だった。

「はぁ、僕はシンさんと一緒に行きたかったなぁ」
「迷惑かけたからつぐなうって言ったのはお前だろ? しばらくは奉仕ほうし活動を頑張れ」

 ぼやいたミルトにシンが声をかける。
 操られていたとはいえ、ハーミィをさらったのは事実。なので、ミルトは一定期間教会で奉仕活動をすることになっていた。もちろん今回の拠点強襲作戦にも加わる。

「さて、他に何か伝えておくべきことはあるか? ないなら、明日も早いしそろそろ休もう」

 誰からもとくになく、各自が割り当てられた部屋に戻っていく。
 部屋割はシンとユズハ、シュバイドで一部屋、シュニーとフィルマで一部屋、ケーニッヒとヴィルヘルムで一部屋、ティエラとミルト、ハーミィで一部屋だ。
 賑やかなミルトはティエラやハーミィと仲が良く、護衛にもなるので一緒の部屋になった。ティエラの影の中にはカゲロウもいるので、戦力は十分以上だ。

「にしても、ユズハはまだ体調が悪いのか」
「くぅ……」
「モンスターが体調を崩すか。状態異常ではないとなると、見当がつかんな」

 シュバイドも心配するが、ユズハからは相変わらず大丈夫という念が伝わってくる。
 シンはきつくなったら言うように伝えて、その日は眠りについた。


         †


 翌日、予定していた時間よりも早く、シンは目を覚ました。右腕に身に覚えのない重さを感じたからだ。

「前にもあったな……ユズハ、だよな?」

分析アナライズ】でしっかりと確認して、シンは隣で眠っていた少女に視線を向けた。
 少女の正体は、人型になって眠るユズハだ。ただ、その姿はシンの知る幼女モードではない。
 見た目は中学生くらいか。背丈は150セメルほどまで伸び、体形にも女性らしい起伏が見て取れる。背中まで伸びた銀髪が、窓から入ってくる日光でキラキラ輝いていた。
 耳と尻尾しっぽがあるのは相変わらずだ。

「体調が悪かったのは、これの前触れかね」

 抱え込まれていた腕を抜きながら、空いているほうの手で毛布をかけてやる。するとユズハがゆっくりと目を開いた。

「……いない」

 シンの腕があったところを見つめて、手をさまよわせるユズハ。寝ぼけているのか、少しだけ移動したシンに気づいていないようだ。
 その表情は、親を探す迷子のようにも見えた。
 のろのろと体を起こすと、ユズハの体にかかっていた毛布が落ち、隠れていた裸体があらわになった。
 バルメルの朝は少し肌寒い。シンはさっと拾い上げた毛布でユズハをくるんだ。

「……いた」

 毛布を一顧いっこだにせず一言つぶやいて、ユズハはシンの膝に頭を置くと、寝息を立て始めた。何とも幸せそうな表情を浮かべている。

「いやまて、なぜ寝る!」

 このままでは困るので、とりあえず服を着てもらう。以前は服を着たまま子狐モードになり、再度幼女モードになると服は着た状態だったのだが、なぜか今は着ていない。
 服自体はカード化した状態でそばに落ちていたので、新しく出す必要はなかった。

「とりあえず、事情を聞こうか」
「ん?」
「いや、その姿のことな。やっぱり力が戻ったからか?」
「うん。まだ力が馴染なじんでないから、今はこれが限界」

 ユズハの話によると、体調が悪かったのは、力の回復に合わせていろいろと知識が復活したせいだった。大量の記憶が戻ったことで、頭がパンク状態になったらしい。
 本来の6割ほどまで回復したようで、完全に力が馴染んで記憶が戻ればもう少し成長した状態になるという。

「表情が硬いのもそのせいなのか?」
「くぅ?」

 そう? とでも言いたげに、ユズハは首をかしげた。
 眠っていた時の幸せそうな表情をのぞけば、ほとんど表情に変化がない。完璧なポーカーフェイスだった。
 改めてユズハのステータスを確認すると、レベルは600を超え、ステータスもかなり上昇していた。数値だけを見れば、レイドランク3に該当する強さを持っている。

「とりあえず、シュニーたちには知らせておいたほうがいいな。子狐モードにはなれるのか? いきなり大きくなると驚く人がいるから、可能ならそっちでいてほしいんだが」
「大丈夫」

 そう言ってユズハはシンの目の前で変身して見せた。
 それを確認して、シンはシュニーに心話で呼びかける。すでに起きていたシュニーに、フィルマも呼ぶように伝え、シン自身はシュバイドを起こした。
 ティエラはハーミィと一緒なので、後で伝えることにする。

「へぇ、ほんとに強くなってるわね」

 ユズハのレベルを見たフィルマが、感心したように言う。

「やはり、最終的にはレベル1000になるのでしょうか」

 シュニーは最終段階が気になるようで、あごに手を当てて考えている。

「エレメントテイルが味方というのは、心強い限りだ」

 実際に戦ったことがあるので、シュバイドは頼もしさを感じているようだ。

「とくに何か変わるわけじゃないから、これまで通りで頼む」
「よろしく」

 話を終えるころには、出発の準備を始める時間になっていた。
 シンたちは他の面々と合流し、一階の食堂で朝食を取る。食べ終わると、まだ少し早かったが港に向かうことにした。
 シンはヴィルヘルムと並んで歩く。

「ハーミィさん、少し元気になったな」
「みたいだな。つうかなんで俺に聞く?」
「2人で留守番してからじゃないか? 笑うようになったの」

 ハーミィの視線がヴィルヘルムに向けられることが、明らかに多くなった。何かあったと考えるのは当然だろう。そんな彼女のそばには、ケーニッヒとミルトが護衛として立っている。

「少し話をしただけだ。何かあったわけじゃねぇよ」
「あの様子を見たら、そうは思えないけどな」
「知るか」

 これ以上はまずいかと、シンは追及をやめた。そのまま他愛のない会話をしながら歩いていくと、視線の先に船のが見えてくる。
 出航が近いからだろう。港では屈強くっきょうな男たちが、荷物を船内へと運び入れている。

「混んでるねー。ところで僕たちが乗る船ってどれなの?」

 ミルトがきょろきょろと周囲を見回して尋ねた。

「あの一番でかい船だ。昨日のうちに確認しておいたから間違いない」

 シンは港に停泊している船のうちのひとつを指差す。周囲の船より一回り以上大きく、見ただけでかなりの物資を輸送できそうなのがわかる。

「もう乗り込んでる人もいるみたいね。私たちも行く?」
「とくにやることもないし、今のうちに乗ってしまおう」

 ティエラに答えながら、シンは船に向けて歩を進める。一行が乗船口に着くと、乗客のチェックをしていた船員の1人がやってくる。
 今にもポージングを始めそうな、鍛えられた筋肉を身にまとった大男だ。

「メディエル号へ乗船される方でしょうか?」
「はい」
「乗船証か、紹介状はお持ちで?」

 威圧感のある見た目とは裏腹に、礼節のある対応だった。
 シンが代表して、ベレットから預かっていた紹介状を見せる。船員は紹介状を受け取り、丁寧ていねいに開いて内容を確認した。

「……はい、結構です。ようこそメディエル号へ。お部屋までご案内いたしますか?」
「お願いします」

 船長に見せるように言っていたベレットだが、船員まで話は通っていたようだ。
 部屋に関しては、船の大きさに見合った客室があるようで、事前に伝えたシンたちの要望もすんなり通っていた。
 屈強な船員の背を追って、シンたちは船内を進む。到着したのは、頑丈がんじょうな扉のある部屋だった。
 部屋割りは男女で分かれる形だ。ハーミィは変装しているが、なるべく人目に触れないように奥の部屋を選んだ。

「少し船内を見てくるかな」
「くぅ」

 立ち上がったシンに、ユズハが一鳴きして肩によじのぼる。

「じゃあ、一緒に行くか」

 シュバイドにも声をかけて、船内を歩くことにした。荷物の搬入はんにゅう邪魔じゃまにならないよう通路を選びながら、どこに何があるのかを確認していく。
 立ち入れる場所をあらかた見終えたところで、鐘の音が聞こえた。これから出航するという合図だ。思ったよりも時間が経っていた。
 そろそろ部屋に戻るかとシンが歩き出した時、曲がりかどの向こうから声が聞こえてきた。

「これでやっと、姉上のやまいも治るのだな!」
「はい、きっと陽菜はるな様もお喜びになるでしょう」

 曲がり角の向こうにいるので姿は見えないが、声の高さからして、少女とお付きの侍女じじょだろうとシンは予想した。大きな船なので、従者を伴った客もこれまでに何組か見かけていた。
 ちょうど客室付近の通路で、周囲が静かだったこともあり、会話の内容まではっきり聞き取ることができた。
 察するに、姉のために貴重きちょうな薬でも手に入れたといったところか。部外者のシンでもわかるくらい、声は嬉しさであふれていた。
しおりを挟む
表紙へ
感想 394

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。