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Chapter-02『新たなる神姫、深紅の力は無窮の愛が為に』

第一章:深紅の欠片、目覚めの刻は足音もなく忍び寄る/03

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 一方、セラの方はといえば。アンジェたちと別れた後ですぐに帰路に就き、学園からそう遠くない距離にある自宅マンションへと戻ってきていた。
「…………」
 玄関ドアの施錠を解き、ドアを開けて玄関へ。バタンと閉じたドアをまた施錠し直した後でローファー靴を脱ぎ、そのまま廊下を歩いてリビングルームの方へと進んで行く。
 遮光カーテンが閉め切られているせいで、無駄に広いリビングルームの中は薄暗かった。
 セラはカーテンを開けてリビングルームの中に光を取り込むと、右肩に掛けていた重たいスクールバッグを傍にあったソファへと雑に放り。そのままセラは隣にある自室のドアを開けて、中に入ると制服も脱がないままにベッドへと寝転がった。
「ふぅー……っ」
 ベッドの上に横たわると、重たい表情も少しだけ綻ぶというもの。ベッドに寝転がったセラは暫くの間、何をするでもなくただぼうっと、見慣れた自室の天井を寝転がった格好で眺めていた。
 ――――このマンションの一室、当然ながらP.C.C.Sが用意したものだ。
 神代学園へと編入する折、折角なら学園の近くに住んだ方が色々と便利だろうと、例の総司令官……石神時三郎が気を利かせて用意したのが、今こうしてセラが暮らしている部屋だった。
 独り暮らしならワンルームかそれに毛が生えたぐらいのもので良かったのだが、しかし石神は妙に気を利かせて……やたらと広い部屋を用意してくれた。
 だから今、こうしてセラが暮らしている部屋は……実を言うと、独りで住むにはあんまりにも豪華すぎて、そして広すぎる部屋なのだ。持て余しているなんてレベルじゃなく、使っていない部屋が幾つもある。
 こんなに広い部屋を用意するなんて、余計なお節介ではあったが……しかし困らないといえば困らない。大は小を兼ねるではないが、これぐらいスペースにゆとりがあった方が精神的にも落ち着くのは事実だ。独り暮らしには少しばかり広すぎる部屋を用意した、そんな石神の判断も……あながち間違いではないというか、要らぬ世話というワケでもなかったらしい。
「…………」
 そんな広い部屋の、広い自室の中。ベッドに横たわっていたセラはやはり天井をぼうっと眺めたまま、額を軽く腕で覆ってみたりなんかして。そうしながら、セラはふとこう思っていた。
(アンジェ……どうして、アタシに嘘なんかついたのよ)
 理由なんて、分からない。分かるはずがない。
 実を言うと、アンジェと戒斗があの場に居たことを……商店街でウィスタリア・セイレーンと共に居たことを、セラはP.C.C.Sに報告していなかった。
 どう考えても報告すべきだと、報告義務を怠っていると理性では分かっているのだが、でも……不思議とセラはそうしなかった。そうしたくなかったのだ。
 どうしてだろう、と自分のことながらセラは不思議に思ってしまう。
(ひょっとして……アタシがアンジェのことを、友達だと思っているから?)
「ううん……そんなの、あり得ない」
 一瞬思ってしまったセラだったが、しかし直後にひとりごちてそれを否定した。
「友達なんて、必要ない。アタシのすべきことは、ただ……バンディットをこの世から殲滅すること、ただそれだけ。他でもない、このアタシ自身の手で…………」
 独り言を呟きながら、セラは自分自身の愚かな思考に苛ついていた。
 一瞬でも、こんなことを思ってしまった自分が情けない。為すべきことを見失いかけていた自分を、セラは酷く恥じていた。
 だって――――あの日、確かに誓ったのだから。もうこれ以上、こんな哀しみは繰り返さないと。もう、これ以上……自分の周りで、誰も死なせやしないと。
「ん……」
 そうしてセラが独り悶々と思考の渦に囚われていると、するとベッドの上へ雑に放っていたスマートフォンが着信音を鳴らし始めた。
 震えるそれを手繰り寄せ、画面を見てみると……液晶画面に映し出された着信相手は、篠宮有紀だった。
「…………なによ」
『やあセラくん、ちょっと君に報告しておくべきことがあってね。少しだけ、時間大丈夫かい?』
「ええ……問題ないわ」
 億劫そうに電話に出てやると、すると電話を掛けてきた有紀の要件はどうやら報告のようだった。普段通りの飄々とした調子ながら、僅かに真剣そうな声音を聞く限り……P.C.C.Sというか、神姫とバンディットにまつわる報告だろう。割と真面目な話らしい。
『まずひとつ。当然といえば当然だが、やはりあの謎の神姫については何も分からなかったよ』
「……でしょうね」
『だから、セラくんに新しい任務だ。今までの任務と並行する形で、君の方でも彼女に関しての調査を進めて欲しい。尤も……そう簡単に尻尾を掴ませてくれるような相手ではないだろうが。
 まあ、あくまで形式上の話さ。新しく分かったこと、気が付いたことがあれば報告して欲しい……つまりはそれだけだよ』
「それで、二つ目は? あるんでしょう、その口振りだと」
 やはり何処か億劫そうな調子のセラの声を聴き、電話口の有紀は『無論だ』といつも通りのニヒルな調子で頷き返し。そうしてから、話を続けていった。
『二つ目だ。また……バンディットの犯行と思しき、幾つかの死体が上がったよ』
 ――――バンディットの、犯行。
「…………詳しく聞かせて頂戴」
 その言葉を聞いた途端、今まで面倒そうに緩んでいたセラの双眸はキッと鋭くなり、寝転がった格好からバッと上体を起こした彼女の顔もまた……至極シリアスな色に塗り変わっていた。
『犯行現場は真夜中、峠の頂上。この峠はドリフトのちょっとした名所でね。毎晩走り屋連中が峠を攻めにやって来るので有名だったんだが……上がった死体というのは、その走り屋連中なんだよ』
「…………」
『運良く逃げ延びた、唯一の目撃者が居てね。その彼が証言するに……峠を攻めている最中、ヒルクライムを終えて仲間たちと頂上に集まり、皆で缶珈琲を飲みながら休憩していたそうだ』
「そこに、バンディットが現れた」
 先読みしたセラの言葉を、有紀は『その通りだ』と言って肯定する。
『突然、何の前触れもなく化け物が現れたそうだ。どこからともなく現れたソイツは、腕に生えていた鎌のような刃物で仲間の身体をズタズタに斬り裂いて殺してしまったらしい。尤も、彼自身は仲間が殺されている隙に自分の180SXワンエイティに飛び乗って逃げられたから、今も五体満足で生きているようだが。
 ……それで、暗かったからよく見えなかったそうだが。しかし……自分たちに襲い掛かった化け物は、カマキリみたいな見た目の奴だったそうだよ』
 ――――有紀の説明した状況を整理すると、こんな感じだ。
 ある真夜中、走り屋の聖地みたいになっている峠道。その頂上に集まっていた走り屋たちが突然、謎の怪物に襲われた。
 その怪物というのは腕に鎌のような刃物を生やしていて、証言した生存者以外の走り屋たちをその鎌で斬り殺してしまったと。真夜中で周囲が真っ暗だった上、混乱しながら逃げるのに必死だったから、細かいところまでは分からないが……しかしその怪物は、カマキリのような見た目をしていたと。
 有紀が電話越しにセラへと説明した状況を簡単に整理すると、そういうことだった。
「蜘蛛の次、今度はカマキリか……」
 そんな有紀の説明を聞いて、セラが参ったように溜息交じりに呟く。
『とにもかくにも、君の方でも一応警戒しておいてくれたまえ。勿論、ソイツに遭遇次第、君の手で撃滅して貰いたい』
「分かってるわ。……それじゃあ有紀、話が終わったならもう切るわよ。今から少しだけ横になるから」
『おや、珍しい。体調が優れないのかね?』
 意外そうな声のトーンで訊き返してくる有紀に、セラは「そんなんじゃない」と面倒くさそうに返し。その後でこう言葉を続けた。
「……ただ、少し考えることが多すぎて、頭がパンクしそうだからよ」
 そう言ったのを最後に、セラは一方的に電話を切り、そのままスマートフォンをベッドの上に放り投げた。
 すると、また寝転がったセラは……今度はベッドの上で横向きになって小さく丸まり。そして重い瞼を閉じながら、彼女は小さくこんなことを呟いていた。
「…………神姫は、アタシたちだけで十分なのよ」
 ――――と、何処か悲痛にも聞こえるような呟きを。
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