ブルームーン-青、君に染まる-

藍沢ルイ

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第十一章

傷跡

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大学の帰り、雨が降っていた。

(小雨だから、そのままでも帰れるか…)

凪は傘を忘れたため、少し小走りで大学を出た。
その時聞き慣れた声がした。

「凪、待って。なにしてんの。傘入りなよ」

強く腕をひいて海里は凪の体を引き寄せた。

「いや、傘忘れたから、走ればいけるかなって」

「俺のこともっと頼ってよ。風邪でもひいたらどうすんの」

「うん、ごめん」

「ごめんじゃなくて、ありがとうの方が嬉しいんだけどな~」

「…ありがとう」

海里は、凪の頭をくしゃっと撫でながら優しい笑顔を向けた。

「とりあえず、俺の家の方が近いからそっちでいい?てか、今日バイト?」

「うん、今日はバイト休みだよ」

「そっか、俺も休みだからよかった」

腕を引かれ、凪は海里の家に向かう。

「適当に荷物置いといて。寒いでしょ。お風呂入っていきな。お湯入れるから」

少し濡れた髪と体を海里がタオルで拭いてくれた。
凪は、少し赤らむ頬を隠すように下を向いた。
でも、その手は優しくて包み込まれるようだった。

「ありがと、もう大丈夫だから」

「ん」

手を離すと思ったのも束の間、海里に抱きしめられていた。

「……?」

「外寒かったじゃん?だから、凪のこと暖めてるっていうのは口実で、抱きしめたくなった、ごめん」

少し寂しそうな声をしていたように思えたけど、抱きしめていた腕はすぐに離れて、普段の海里の笑顔に戻っていた。

「適当に座ってて、あと、これ使って」

凪の肩にブランケットをかけた。

「うん」

カジュアルな雰囲気の中にも、どこか落ち着いたインテリアやライトがあるのが海里っぽいなと感じながらも、凪はリビングにあるソファに座った。

「はい、コーヒー。インスタントだけど」

「ありがと」

「なんかNetflixでも見る?」

「そうだね。てか最近、星空と連絡とってる?」

「たまにするけど、連絡帰ってこないんだよな。また、俺から連絡してみるよ」

「うん」

海里は凪の頬を手で挟んだ。

「何?」

「いや、なんか寂しそうだったから。そういう顔も可愛いけど」

「何それ、恥ずかしいじゃん…」

「そろそろお風呂沸いたから入りな。これ、タオルと着替え。俺のだから大きいかもしれないけど」

「うん、なんか色々ありがと」

「俺がしたいからやってるだけだし、気にしなくていいの」

「うん」


海里は、おもむろに星空にLINEをすることにした。

『星空、最近大学来てないけど、なんかあった?』

それから、返せていなかった一度しか遊んでいない女子達からのLINEを削除したり、グループのLINEを削除することにした。

海里は、大学では人気者ではあったが当たり障りなく接することで自分を保っていたところがあった。でも、凪を好きになるにつれて、自分を取り繕う必要がなくなったように思っていた。


「海里、お風呂ありがとう」

「うん、服のサイズ大丈夫だった?」

「ちょっと大きいかも…」

凪は、服の袖が長かかったからか、腕まくりをしていて、袖から覗く手首や足首の細さが際立っていた。

(やばい、かわいすぎる…)

片手で頭を抱えて下を向いた。
何も言葉を発しない海里に凪は怪訝そうな声で話しかけた。

「海里?」

海里は、凪が呼びかけたことに気がつき、服が大きいせいで少し凪の肩が見えるのを優しく引き上げた。

(肩見えてたのやばい…。えろすぎ)

「ああ、ごめん。やっぱ服大きかったな…。あと、そういう格好はこれからも俺の前だけにしてね。じゃぁ俺もそろそろ風呂入ってくるわ」

(そういう格好俺の前だけにしてねってどういうこと…?)

「うん…?わかった…」

ソファに座って何気なく触れたクッションから少しだけ海里の香水のにおいがして、心地良かった。

海里はお風呂から上がった後、凪はいつの間にかクッションを抱えながら眠っていた。

「凪、こんなところで寝ると風邪ひくぞ。それかこのまま寝るんだったらキスするけど…?」

海里は凪のメガネを外し、顔を近づけると綺麗で端正な顔立ちに見惚れてしまう。

「海…里…?」

(なんか、顔が近かった気がするけど…)

「ああ、ごめん。起きた?」

海里は申し訳なさそうに顔を離した。

「うん。どうした?」

「いや、なんでもない。てか肉じゃが作ったけど食べる?」

「ありがとう」

2人で並んでご飯を食べた。
凪は人が作った料理をあまり食べたことがなく、すごく美味しくて心まで温かく感じた。

「肉じゃがすごく美味しいよ。なんか、海里の家で海里が作ったご飯食べられるのって嬉しいな。でも、海里ファンの女の子達からしたら嫌な思いするかな」

「凪までそんなこと言う~?もう女の子と遊ぶのとかやめたから」

「本当?」

「俺、凪のこと本気だし、ほら見て、他の女の子の連絡先全部消したから」

俺は、凪にそれを証明するかのようにスマホを見せながら答えた。

「本当だ」

「それぐらい真剣ってこと伝わった?でも、もし不安にさせてたならごめん。これからも何かあったら言ってほしい」

「わかった」

「それと俺ね、凪に話してなかったことがあったんだけど、聞いてくれる?」

「うん、聞かせてほしい」

「ありがとう。俺、色んな女の子と関係を持つようになったのって高校の時からなんだけど、でも、今では良くなかったって反省してて」

「うん」

「幼い時から家庭環境が悪くて、おばあちゃん家とか施設とかたらい回しにされてて、高校の時に剣道をやってたんだけど、大事な大会の時におばあちゃんが危篤になって、出られなくなったんだよね。それで全部どうでも良くなって素行の悪い奴らとつるんだり色んな女の子と関係を持つようになった」

「気持ちわかるよ」

その瞬間、凪は海里を優しく抱きしめた。

「でも、これまで色んな人を傷つけたし、俺はもうそんなことしないって決めたから。凪のこと悲しませたくないし」

「うん、海里はちゃんと反省して前に進んでるよ。大丈夫。これまでのこと人のこと傷つけたのは良くなかった部分もあるけど、海里が全部悪かったわけじゃないよ。その時に感じた気持ちを、どうすればいいかわからなかっただけなんだと思う」

「そうかな」

「うん。俺こそ過去のこと知らないのに不安になったりしてごめんね」

「いや、客観的に見ても不安になることだと思う。凪のおかげで前を向こうって思えた、聞いてくれてありがとう」

「ううん、俺も海里のこと知れて良かったよ」

海里は、凪に頬を両手で包み小さくキスをした。

「凪、好きだよ」

少しずつ深くなるキスに頭がついていかなくなる。

「んっ…海里…」

不意に、海里が凪の腰に手を触れて、その拍子に服の中に手が入ってくるのがわかった。

「ちょっと待って……」

「ごめん、嫌だった?」

「違う、急でびっくりしたかも…」

「そうだよな…。びっくりしたよな。ちょっと頭冷やしてくる」

そう言って、海里はすぐにリビングを出ていった。

(俺が海里のこと拒んだせいなのかな…)

数分後、海里が戻ってきた。

「さっきはごめん。冷静じゃなかった。受け入れてもらえた嬉しさで1人で先走ったわ。嫌だったよな…。本当にごめん。もう凪には触れないから」

「……俺、1人になった時寂しかった。抱きしめるのも…だめ?」

「え…?凪は嫌じゃない…?」

「うん、ぎゅってしたい」

「俺も」

2人はさっきよりも強くお互いの体温を感じながら抱きしめあった。

「なんか離したくなくなってきた…。これからも一緒に居てくれる?さっきみたいに嫌なことしてたら言ってほしいし、もっと凪と楽しいこといっぱいしたいと思ってるし、だからよかったら俺と付き合ってくれませんか?」

「うん、こちらこそ俺でよかったらよろしく。俺も海里とこれからも一緒に居させてほしい」

「よかった。ありがとう。凪、好きだよ」

「俺も、海里のこと好き」

海里は凪のことをもう一度強く抱きしめた。

「今日は、でも家まで送るわ。そろそろ服も乾いたと思うから」

「うん。そっか、もう少し居たかったけど…」

(さっきから凪がずっとかわいすぎる…やばいな…)

海里は、凪の言葉一つ一つが嬉しくて、心臓の音が凪に聞こえそうだった。
まともに凪の顔が見れずに、頭を抱えてしまう。

「俺も一緒に居たいけど、ごめん俺のためにも今日は送らせて。色々我慢できそうにないから…」

「そっか…。うん、わかった。なんかごめんね」

「いや、凪は悪くない。こっちの事情っていうか…。凪がよかったら、今度泊まりにおいでよ。変な意味じゃなくて、ただ長く一緒に居たいって理由で…」

「わかった。俺も楽しみにしてる」

「うん、俺も。それと服乾いてたから着替えな?」

「ありがとう。着替えてくる」

「うん」

凪が着替えをしにリビングを出た後、1人になった海里は自分を落ち着かせようと水を飲みながら考えていた。

(凪のこと大事にしたいのに、勝手に1人で焦ってる、ダメだな俺…)

「着替え終わった、お待たせ。海里に借りた服洗って返すね」

「いいよ、気遣わないで。他の洗濯物と一緒に洗うし」

「そう?」

「うん、じゃぁ凪の家まで送るよ」

「ありがとう」

「外、雨止んでて良かった」

「そうだね」

歩くと2人の手が軽く触れたり離れたりするたびに、自然と繋がれていく。
海里が俺の歩幅に合わせて歩いてくれることが嬉しくて、大事にされているんだなと感じる。

「ここ曲がったら凪ん家だよな」

「うん。なんか1人より2人で歩く方が早く感じるね」

「帰るの寂しい?」

「うーん…」

「俺も寂しい。だからいつか凪と帰る家が同じになったらいいなって思うよ」

「嬉しい。うん、そうだね」

「うん。じゃぁ凪のことも送り届けたし、帰るわ」

海里が少し凪の方を振り返った時だった。
凪は海里の頬に音を立てて小さくキスをした。
凪からのキスは初めてだったから嬉しさで戸惑った。
頬が熱い。

「……」

「送ってくれてありがとう」

「うん、じゃぁまた明日」

(可愛すぎるだろ…好きすぎてどうにかなりそう…)



次の日、海里は凪と一緒に大学に来ていた。

「凪と一緒に大学来るのってなんか緊張する…」

片手で顔を隠しながら、少し照れながら話した。

「何それ…そう言われたらこっちまで緊張するから…」

「おはよう」

「星空じゃん!大学も来ないし、LINEも返ってこないし心配したんだからな~!」

「星空が来てくれて良かったよ」

「うん、海里と凪には心配かけてごめん」

「全然良いんだって!」

「うん、俺も星空の顔見られただけで安心した。でも俺が星空に告白なんかしたから来なくなったんだって、でもちょっと後悔してたところはあったかな…」

「俺が大学休んでたのは、凪のせいじゃないよ。俺自身最近色々うまくいかないことがあって、それで大学来れそうになかったし、誰かに連絡できる余裕もなかったんだ。でも俺も2人に会いたかった」

「星空が珍しくデレてる」

「うん、たしかにデレてるね」

「2人揃ってそんなこと言われると恥ずいから」

「ああ、それと星空に報告があって」

「報告?」

「うん、俺と凪付き合ったんだよね」

「えっ、そうなんだ!おめでとう!やばい、嬉しい…」

「言っても海里と昨日付き合い始めたばっかりなんだけど」

「そうなんだ?でも、いいなあ…」

「てか星空は、あのバーの店長の人といい感じじゃなかった?

「いや、まだ付き合ってないと思う…」

「なにそれ、詳しく」

「海里、星空そろそろ授業行かないと」

「おお、そうだな。てか、星空は今日専攻授業違うよな?じゃぁまた後で」

「うん」


星空と別れた後、海里と凪は2人で教室に向かった。

「海里、もしかして星空ってあのバーの店長のことで悩んでたんじゃない?」

「それだったら、俺が聞いたのって良くなかったかな」

「わからないけど、星空が話してくれるまで深く聞かない方が良いような気もするかな…」

「そっかぁ…やっぱり凪といると色々気付かされる」

「そんなことないけど、なんとなくそう思っただけ」

「いや、そうだよな。多分あってる気がする。星空が話すまで聞かないでおくわ。さんきゅ」



授業が終わって、昼休みのことだった。
海里は凪と食堂で昼ごはんを食べていた。
でもやっぱり何をするにも海里に人だかりができる。

「わ~、イケメンがいる!目の保養すぎる」

「知らないの?学校の有名人だよ!」

「あ、海里じゃん!何で最近連絡くれないの?」

数人の女子が海里に話しかけてくる。

「あ~…」

(この前連絡先消した女の子かも…)

「も~!ひどい!この前遊ぼうってLINEしたじゃん!てか隣にいるの誰よ!」

「海里に用があるんですよね?俺、移動するんでどうぞ」

凪は雰囲気を察して席を立とうとする。
それを海里が凪の腕を引いて引き留めた。

「…?」

「凪はそこ座ってて、俺は凪と昼ごはん食べてるんだけど」

「ただの友達でしょ?てか、私は海里と2人で話したいんだけど」

「あ~…悪いけどそうやって自分のことしか考えられないようなやつと今は話したくないんだわ、てか俺凪と付き合ってるし」

「え、何その言い方。嘘でしょ、ありえない。男同士なのわかってるの…。海里が男に興味があるって知らなかったわ。ねぇ、みんな行こう」

それを聞いた女子達は一気に去って行った。

「海里、ごめん」

凪は、きゅっと海里の服の裾を掴んでいた。

「え?なんで?今のは凪悪くないでしょ。てか不安にさせたよな。こっちこそ嫌なとこ見せてごめんな」

海里は申し訳なさそうに笑った。

(海里はどれほどの覚悟と想いで海里は俺と付き合ってれてるんだろう…)

「海里こそ大丈夫…?でも、海里が俺と付き合ってるって言ってくれて嬉しかったかも…」

「ん、大丈夫だよ~。俺は凪の方が大事だし」

海里は凪の髪をくしゃっと撫でた。
その瞬間いつもの海里の笑顔に凪は安心した。


凪と海里は、その後午後の授業も終わり、大学の前で星空を待っていた。

「てか、午後の授業長過ぎだろ。めっちゃ寝たわ」

「でもたしかに俺も眠かった笑」

「だろ?」

海里と凪が2人で話していると、少し遠くから星空が小走りで向かってくるのが見えた。

「おつかれ」

「星空おつかれ」

「おつ。てかこの後凪と星空予定は?」

「俺バイトだわ…」

「星空さんよ~、働きすぎじゃない?無理すんなよ」

「ありがとう。でもまあちょっと、人手不足でさ」

「そっか~、なら仕方ないか~、凪もバイト?

「ごめん、バイト入ってるわ」

「え~そうなん。それなら仕方ないか~。また誘うわ」

「また誘って。じゃぁ俺こっちだから」

「うい、バイト頑張~」

「頑張って」


星空と別れた後、凪と海里は2人きりになった。

「ちょっと待って。海里こっちじゃないよな?何してんの…?」

「え~凪の護衛だよ」

「護衛?」

「うん、そう。だからおいで。安心して俺に保護されてくださ~い」

凪は海里の方を向いて腕を広げるようにした。
すると凪は海里に体を預けるようにもたれかかった。

「…!」

「だって、保護してくれるんでしょ?」

(す、素直すぎる…なんだこのかわいさ…。永久保護だわ…はぁ…)

「…うん。保護する。それで家に連れて帰ろうかな~」

「う~ん…今日はバイトだからごめんね?」

困ったように凪は海里を見上げて答えた。
もう一度軽く抱きしめられたあと、海里は抱きしめてた腕を解いた。

「じゃぁまた家来てくれる?」

「うん、今度は一緒にご飯つくろうね」

「それ楽しみにしてる。てか、あれ凪のバイト先だよな?」

「うん。送ってくれてありがとうね」

「いや、俺が凪と一緒にいたいから送っただけだし、バイト頑張って」

「ありがとう、頑張る。終わったらLINEするね」

「うん、待ってる」


その頃、星空はバイトに向かっている途中に後ろから話しかけられる声がした。

「星空くんも今日シフト一緒だよね?」

それは星空が働いているホテルのバイト先の先輩だった。

「そうですね」

「じゃぁ一緒に行こう。今日忙しいかな~?」

「どうですかね?先輩が俺の分も働いてくれたら早く終わりますよ」

「何言ってんの~、無理だわ」

「いや、でも先輩仕事できるし、1.5人分ぐらいは働けるでしょ?」

「そんなわけないでしょ。てか、そう言ってサボろうとしてるな?」

「いやいや、尊敬してるからこそ言ってるんですよ」

「めちゃくちゃ棒読みだな笑」

「え~、そんなことないですよ」


(星空くん…?)

その日、&barは貸切の予約が入っていたため、洋平に頼まれて、蓮志は買い出しに来ていた。

道を隔てたところに、星空は年上の女性と仲睦まじそうに話しているのが見えた。

胸がざわついたが、何を話しているかはわからなかったし、声をかける勇気がなかった。
ただ、心が痛くて脆い自分に気付いてしまうのが辛かった。

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