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少年期
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しおりを挟む執事に頼んで王城の一室に移った三人。ハンスが後ろで見守る中レーヴェとエリーザベトはテーブルに座り、二人で茶を楽しんだ。
穏やかな時間とまではいかないけれど、エリーザベトはいくらかリラックスした様子で用意された菓子のクッキーを口に運んでいる。
「兄上はあのように、真っ直ぐなお方です。それこそ、わき目も振らずに」
「存じておりますとも」
エリーザベトは言葉を濁しているものの、重苦しい感情が言葉に乗っていた。
「エリーザベト嬢は兄上を慕っているのですね」
「婚約者ですから」
「婚約者でなければ?」
(ゲームのエリーザベトは、ランベルトを一人の人間として欲していた以上に王妃の地位を手に入れるための道具と捉えていた節があった。それならば、今のエリーザベトとの差はどこから来るんだ?どうやったらゲームのエリーザベトみたいになるんだ?)
エリーザベトは投げかけられた質問が想定外だったため顔を上げた。そんなこと考えたこともない、と思っているのが丸わかりだ。まだまだ感情を隠しきれぬ少女であるということを、レーヴェには改めて感じた。彼女は『君たよ』の、表向き淑やかに、裏では暴君のように振る舞う、悪役令嬢エリーザベトとは違うのだ。
「婚約者を慕うのは良いことです。立場だけの関係など貴族では当たり前ですが、だからこそ問題が多いことも明らかですから」
エリーザベトは押し黙る。返事がないのをいいことにレーヴェが言葉をさらに続ける。
「ですが、兄上はエリーザベト嬢の立場しか興味がない様子です」
核心を突かれ、エリーザベトは唇を噛む。もしここに誰もいなければポロポロと泣き出してしまいそうな程に、傷ついた少女だった。
(これから言う言葉は、物語を大きく変えてしまうかもしれない。でも、レーヴェである以上ーーいいや、現実のエリーザベトを知った『君たよ』のプレイヤーであり元喪女として、口を挟まずにはいられない)
レーヴェは心臓が口から出てしまいそうなほどの緊張を隠しながら、言った。
「兄上にどうやったら愛されるのか、知りたいですか?」
「へっ!?」
「私なら分かります。兄上がどんな女性が好きで、どんな会話を好むのか。何が趣味で、何を欲し、何に心を動かされるのか」
熱のこもったレーヴェの言葉は、まるで演説のようだった。言葉一つ一つに否定を許さぬ圧力があり、また、聞いてはいけないことを聞いてしまったかのような心臓の高鳴りを招く。
いつもは水面のように澄んだレーヴェの瞳は、まるで深海のように底なしに見える。瞳に反射した弱々しい少女であるエリーザベトは、まるで自分が深い深い井戸を覗き込んで、今にも飛び込むような姿勢になっているような気がしてならなかった。
「そ、れは……」
「エリーザベト嬢は頷いてくれるだけでいい。そうすれば、兄上の愛は貴方の掌の上だ」
吐息のような空気に溶ける言葉だが、静かな部屋にはよく響く。エリーザベトはレーヴェから視線を逸らすことができない。恐怖すら感じる魅惑に呑まれそうになった。頭は断れと叫んでいるのに、心は従おうと喜んでいる。
「わ、わたくしは……」
ダメ。頷いては。エリーザベトは今にも勝手に頷こうとする心を押さえつける。
だがずっとは否定できない。
「わ、わたくしが、ランベルト様を……」
頷けば、この苦しみから解放される。ランベルトがエリーザベトに微笑み、そばに居てくれるようになる。エリーザベトが今にも肯定しようとしたその時だった。扉が開く音がした。
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