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楠涼夜は有名人

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入学式の時、多くの人の視線を浴びた。
それも無理はないだろう。隣には楠涼夜くすのきりょうやがいるのだから。
女の子達は皆、目をキラキラさせていたし、男たちもまた羨望の眼差しを向けていた。

しかし、何故か授業開始日の今日も俺は多くの視線を感じていた。クラスの違う涼夜とは一緒にいないのに。

「なぁ、ヤマちゃん。俺めっちゃ見られてる気がするんだけど」

近くの席の同じ小学校出身のヤマちゃんに尋ねる。

「俺って別に目立つタイプじゃないよな」
「うん。はっきり言って幹斗は目立つタイプじゃない。顔も地味だし、そこまで明るくもないし。」
「うわっ!そんなにはっきり言われると傷つくんだけど」
「だけど、もう噂になってるんだよ。中町幹斗はあの楠涼夜の運命の番だって。」
「えぇ!?」
「楠くんのことを知らない人なんてこの校区にはいないよ」
「でも、俺オメガじゃなくてベータだし…」

そのとき、ヤマちゃんが俺の口元を抑えた。
「しっ!そんなこと言ったらダメだよ!」
「はぁ?何でだよ」
「今、幹斗が皆んなから受け入れられてるのは“運命の”番だからだよ。運命の番っていうのは一生かけてその人だけを愛し抜くものだからね。だから入り込む隙がないからって皆割り切ってるんだ。でも、本当は幹斗はベータで不安定な関係性だって分かったら、一部の子はきっと何が何でも幹斗のことを排除しようとするよ」
「嘘だろ。そんな過激なの?中学生の恋愛だろ?そんな事しでかすなんて本当に中学生?」
「幹斗って何か冷めてるとこあるよね。達観してるっていうか。もっと危機感持った方がいいと思うんだけど。」
「だってそんなに涼夜がモテてるっていうのがまず信じられないし」
「優しくて、かっこよくて、頭が良くて、明るくて…。モテないわけないだろ?」
「でも、変態じゃん。頭おかしいじゃん。」
「それは幹斗にだけだから!」

「相変わらず仲良しだね」

「涼夜」
「く、楠くん!」

涼夜はにこにこと笑みを浮かべているが、幼馴染の俺はわかる。少し機嫌が悪い時の顔だ。

「ご、ごめんね!俺もう帰らなきゃ!またな!」
「えっ。ヤマちゃん!」

「山岸くんと何話してたの?随分と距離が近く見えたけど。」

涼夜は笑みを深める。

「あー、えっと、内緒話!だから必然的に距離が近くなったっていうか…」
「それって僕にも言えない話?」
「いや!言えるよ!」
「何の話してたの?」
「えっと…、恥ずかしいからあんまり言いたくなかったんだけど、涼夜がカッコいいって話してたんだ。周りの人に聞かれたくなくて…」
「本当に?嬉しいな。やっぱり幹斗は運命の番だ。
今日は僕の家においでよ。幹斗がやりたいって言ってたゲーム買ったんだ」

涼夜は機嫌が上がったようだ。伊達に長年幼馴染をやっているわけではない。涼夜の機嫌の直し方なんて分かってる。

「マジか!やったー!早く涼夜の家行きたい!」
「早く帰ろっか」

俺は涼夜から差し出された手を取る。
涼夜は恋人繋ぎに握り直す。
最近、涼夜は恋人繋ぎにハマっているらしい。手を繋ぐと必ず握り直される。

「幹斗と別のクラスになったのが本当に寂しい…」
「でも、どうせ友達たくさん出来たんだろ?」

楠涼夜はどこにいたって輪の中心になるような男だ。

「まあね。皆優しいし、面白いし。いい子ばかりだったから。
あ、そうだ。これ。」

そう言ってリュックから取り出したのは、ピンクのリボンで可愛くラッピングされたクッキーだった。

「うわっ!うまそう!」
「クラスメイトの女の子にもらったんだ。幹斗甘いもの好きでしょ?」

早速手作りお菓子をもらってるなんて、やっぱり涼夜はモテるのか。変なやつなのに。

「え、でも俺が食っちゃっていいのかな。一枚は涼夜が食べろよ。その方がその子も喜ぶだろうし」
「そうなのかな。美味しく食べてくれる人に渡した方がいいのかと思ったけど」

涼夜は人の恋愛感情に疎いところがある。恋愛感情を向けられすぎて、それが普通だと麻痺しているというか…。

「じゃあ、残りは俺がもらうな」

ココア味のクッキーはほんのりと甘く、とても美味しい。

「うまっ!めっちゃうまいよ、これ」

涼夜は柔らかく微笑んで、俺の頬を優しく撫でた。

「僕も今度クッキー焼こうかな」

「マジ?超楽しみだな!涼夜は器用だしうまい事間違いないしな!
これにしてもこのクッキー美味しいなぁ。絶対いいお嫁さんになるよ、この子」

「やっぱり、僕がそのクッキー食べてもいい?」
「えっ?もちろんいいけど。やっぱり美味しそうだから全部食べたくなったんだろ」
「んー、まあ、そんな所かな。」

涼夜はバリバリと音を立ててクッキーを噛み砕く。

「うわっ!もっと味わって食べろよ!せっかく美味しいのに」
「幹斗、美味しいものをくれる人がいても付いていっちゃだめだからね?」
「俺のこと舐めてるだろ」

俺はジト目で涼夜をにらむ。

涼夜は微笑んで、俺のおでこにキスを落とした。
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