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第1章 最弱勇者の試行錯誤編

第2話 白い部屋……定番らしいですよ

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   目を開けると、真っ白だった。
   健一、ヒメ、喜多村先輩、窪先輩、井上会長の姿はしっかりと見えるから、目が眩んでいる訳では無いらしい。
   皆が不安げに辺りを見回している中、健一だけが相変わらず嬉々として、物珍しげに周囲を確認していた。

「うーん、転移して白い部屋とは、また定番の展開だね」

   白い部屋?
   健一の呟きを聞き、辺りを見渡す。
   これは……部屋なのか?   見渡す限り真っ白だけど。
   床は、地に足が着いているので床だと確認出来る。天井も、まぁ見上げると真っ白だから外という事はあるまい。だけど、床と天井の境が分からない。本当に俺達以外の全てが真っ白だ。部屋だとしたら一体どれほどの広さなのだろう。

「健一、お前ここが何処だか分かるのか?」

   今の状態が全く理解出来ないので、唯一冷静に状況分析してる健一に尋ねてみた。他の皆も同じ心境だったのだろう、俺の質問を聞き付け一斉に健一に視線を向ける。

「ん~~ここが何処かっていうのは、僕も把握は出来ないんだけどね。多分、そろそろ声が聞こえて……」

   健一がそこまで言いかけた時、辺りに無機質な女性の声が響いた。

〔皆様、ようこそお越し下さいました……〕
「いや、勝手に連れて来たんだろ」

   如何にも俺達が望んで来ました。みたいな物言いに少しイラっとして、直ぐ様ツッコむ。
   暫しの静粛ーー

〔……皆様にはこれから異世界レイムシアに行っていただきます〕

   おっと、こちらの言い分は完全スルーですか……って異世界レイムシア?!   それってどこの事?   何県にあるの?   それとも、もしかして海外?
   俺がプチパニックに陥っている間にも、謎の声の説明は続く。
   曰く、俺達はこれから異世界レイムシアという所の『風の国』ファルテイムに連れて行かれるらしい。
   その世界には『風の国』を含め六つの国があり、彼女?   は、百年周期でそれぞれの国に五、六人の勇者を送り込むという行為を続けているそうだ。
   理由は常に増え続ける魔物を、定期的に減らしたいからとの事。
   丁寧な口調の説明で勇者などと持ち上げてはいるが、凄い自分勝手な事に強制的に参加させられているようだ。ここに来てから常にニコニコ顔の健一と、目をつむり渋い表情のまま微動だにしない窪先輩を除き皆、微妙な顔をしていた。

「一つ確認したいんだが、俺達は帰れるのか?」

   今まで無言で説明を聞いていた窪先輩が質問する。
   確かに重要な事だ。それは確認しておきたい。だがーー

〔では、次に皆様の得られる能力について説明させていただきます〕

   やっぱり無視ですか……いや、これは……

「これ、ガイダンスじゃないですか?   録音とは言いませんけど、予め決まっている文言を話してるだけじゃないですかね」
「ああ、そう言えば学生主体の学校説明のガイダンスってこんな感じだよね。なんかイレギュラーが起きても台本通りにしか話さないやつ」

   俺の推測に、井上会長が少し毒を含めながら同意する。

「という事は、質問は無意味って事かな?」
「無意味って言うより、有無を言わさないって感じよね」

   ヒメの言葉に、喜多村先輩が返す。

「あの、取り敢えず彼女の説明を全部聞いてから、方針を決めた方が良いと思いますよ」

   皆が真剣に検討してる中、一人ニコニコと楽しそうな健一が提案する。この異常事態の中、不謹慎な表情をしてる奴の提案だが、他に手が無いのも確かだ。しかし、一つ気になった事があるので健一に聞いてみみることにする。

「なぁ健一、お前さっき『声が聞こえてくる』って言い当ててたよな。それに『白い部屋』が定番とか……なんか知ってるのか?」

   健一は俺の質問に『ん~』と、少し考える仕草をしてから、俺の耳元で小さく囁いた。

「最近のファンタジー系の作品は『転生』や『転移』物が多いんだけど、大体、『転移、転生』の後、『白い部屋、光り輝く場所』に行って『神様の啓示』を受けて『チートな能力』を貰うってパターンが多いんだ」
「……はぁ?   それって創作だろ?」

   健一に突拍子の無い話しをされ、俺も小声になり健一に聞き返す。すると、健一はニッコリと笑う。
   あ、この顔は自分の趣味を全開にしている時の顔だ。つまり、今の現象を健一は趣味の一環と捉えているわけね。
   この非常事態を喜ぶ健一に少しばかりげんなりしている俺に、彼の説明は続く。

「だからさ、僕達を連れてきた神様がそういう小説とかをリサーチして、こっちに寄せた演出をしたのかなって思ったら楽しくなってね」
「お前はまた、とんでもない妄想を……それならまだ、異世界から戻って来た奴が体験談を物語として書いたって方が説得力あるだろ」

   実際、説得力なんて無いけど今現在、こうして実際に体験している訳だから、同じ目にあって戻ってきた奴はいるかもしれないと思ってしまう。

「うーん、確かに異世界から戻って来るって話しもあるにはあるんだけど……異世界に行った人が日本に帰りたいって思うかな?」
「いや、家族や友人、恋人なんかがいたら普通は帰りたいんじゃないか?」

   少なくとも俺なら、健一やヒメが一緒じゃなかったら、意地でも帰る手段を見つけると思う。そんな俺の考えを察したのか、健一は『なるほど』と頷いた。

「だとしたら、僕はついてるのかな」
「ついてるって、今の状況がか?」

   また、とんでもない事を言い出した健一に聞くと、今度は『うん』と素直に頷いた。

「僕みたいな人種には、異世界への転移っていうのは夢なんだ。でも今、叶わないと思っていた夢は現実になり、残して行ったら心残りになる博貴とヒメが一緒。これはどう考えてもついてるよね」

   やけに大袈裟な身振り手振りで健一が力説する。
   ああ、この芝居掛かった振る舞いは、健一のテンションが高い証拠だ。こうなると健一は時々とんでもない暴走をしたりする。釘を刺しておかねば……

「健一、暴走気味だ、少し気持ちを落ち着かせろ」
「……ああ、ゴメンゴメン、どうしても気分が高揚するね」

   ワクワクが止まらないといった感じの健一に、ふと、思い浮かんだ疑問を投げかける。

「なぁ、どうして異世界に行きたいんだ?」
「ん……そうだなぁ、なんでだろ?   剣と魔法の世界を実際に体験してみたいって思いは確かにあるけど、やっぱり本音は願望かな。この世のしがらみを全部棄てて、見知らぬ地で物語の主人公になりたい。っていう、実現しなければ現実逃避って言われる願望だけどね」
「はっ、健一みたいに容姿、頭脳、運動神経、全部恵まれてる奴の言うセリフじゃ無いな」

   俺が少し僻みの入った感想を返すと、健一は『ははは』と軽く笑った。返答に困ったのだろうが、否定しない所が自信家の健一らしい。

「ねぇ、相談事なら私も交ぜてよ」

   皆に背を向け肩を寄せ合い、小声で話していた俺達の肩に手が置かれ、振り返るとヒメが笑顔で俺達を見ていた。その笑顔がちょっと怖い。
   ちょっと二人で話し過ぎたか……ヒメに仲間外れにされたと思われて、ヘソを曲げられたら堪らない。
   俺と健一は素早くアイコンタクトを取り、話を打ち切ると、皆のいる方に振り向いた。

「密談は終わった?」
「密談なんて大袈裟な、只のバカ話しですよ」

   ニヤケながら冗談交じりで聞いてくる喜多村先輩に、肩を竦めながら答える。

「こっちの話はまとまっているよ。取り敢えず健一君の提案を採用する事にしたよ」

   井上会長はそう言うと周りを見渡した。

「この真っ白にしか見えない場所で歩き回るのは、自殺行為になり兼ねないからね」
「スマホの地図にも位置情報が出てこないのよ、ここ」

   井上会長の説明に喜多村先輩が補足して、窪先輩がコク、コク、と重厚に頷く。
   先輩たちの結論に健一は満足そうに頷き、天を見上げ叫んだ。

「それじゃ、説明を再開して下さい!」
〔では、皆様の得られる能力について説明させていただきます〕

健一の声に応えるように、姿の見えない女性の説明は再開された。
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