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第5章 『水の国』教官編
第131話 夜は更けて……忍さん、そんな目で見ても戦いませんよ
しおりを挟む[マスター、誰か来ます]
(分かってるよ。一人だよね)
[はい。気配を情報と照合した結果、九十二パーセントの確率で加藤忍だと思われます]
座ると軋むシングルベッドに、良く言えば年代物と呼べる木製の机と椅子しかない四畳程の狭い安宿の部屋。そこで椅子に座って久し振りの一人身を堪能していると、アユムからこの部屋へと向かってくる気配の報告が届く。
アユムの話だと忍さんだという事だけど、何の用だろ?
勧誘? 暗殺? どっちもやだな……というより、忍さんの性格からしてどっちも無いな。忍さんなら、どっちの行動も二人になった時点で速攻でやってそうだ。
さて、だとすると一体、何の用で……
コン、コン
相手の思惑を考えてるうちに部屋の扉がノックされる。
「はい。鍵は開いてますのでどうぞ、忍さん」
返事を返すと、酒瓶三本とジョッキが二つ乗ったトレーを持った忍さんが部屋に入ってくる。その格好がTシャツに短パンと中々刺激的な格好で、思わず椅子からずり落ちそうになった。
「なんて格好で入ってくるんですか!」
「ん? これか? 鎧を脱いだだけなんだけどな、普段はいつもこんな感じだがなんかおかしいか?」
忍さんはトレーを持ったまま自分の姿を見下ろした後で、何か変か? と小首を傾げて俺に聞いてくる。
「少なくても男の部屋を訪ねる格好ではないと思いますけど」
「そうか? 私は気にしないが、博貴君は変な所にこだわるんだな」
忍さんはそう言うと、ドカドカと部屋の中に入ってきた。いや、気にして欲しいのは目線に困る俺に対してなんですけど……
「しかし、よく私だと分かったな博貴君」
服装の話は自分の中で完結したのか、忍さんは笑顔でそう言いながらトレーをベッドに置きつつ、自分も遠慮無しにベッドに座る。硬いベッドが幸いしたのか、トレーはベッドの上に置いても安定していた。
「隠すつもりのない気配なら、それぐらいの判別は出来ますよ。で、忍さんは一体何の用で?」
俺の言葉に忍さんは『はっはっはっ、博貴君は優秀だな』と言いながら、酒瓶を一本摘んで俺に見せつける。
「どうだろう、寝酒に付き合わないか?」
「俺、未成年ですけど?」
「問題ないよ。この世界では十五で成人だ」
「……酒を特に美味いと思った事はないんですけどね」
「それはダメだなぁ。酒の味を覚えないと、この先の人生の半分は損をするぞ」
「何処の飲兵衛の格言ですか……」
[麦から作られたエール酒が二本とブドウが原材料の果実酒が一本。どちらも毒物の反応はありません。アルコールの影響は【身体異常耐性】で消せるので、酔いによる不覚を取ることも無いですから、飲んでも特に問題はないでしょう]
アユムの報告に、そっちの心配はしてなかったんだけれどもね。と思いつつ、半ば強引にエール酒を注がれたジョッキを忍さんから受け取る。
「では、私達の出逢いに……」
「運命的みたいに言わないで下さい。忍さんが俺に見つかっただけで、ほぼ作為的な出逢いじゃないですか」
「まあ、そう言えなくもないが、この世界にいる大勢の中で私達二人が出逢ったのだから運命的とも言えなくないだろ」
その出逢いがロマンチックなものではなく、恐らく殺伐としたものになりそうな気がするけど、そこは置いとくんですね。
心の中でそんな事を思いながら忍さんと乾杯する。
「ところで、かなねぇの問題って何だったんですかね」
ジョッキに口をつけ、苦味に渋面を作りながら忍さんに話題を振ると、忍さんは一杯目を一気に煽り、二杯目を手酌しながら俺の方に視線を向けた。
……寝酒って、そんな勢いで飲むものなんですか?
「ふむ、そう言えば博貴君には説明してなかったな。実は今、『風の国』がここに攻め込んで来てるんだよ」
「………………はあ!?」
サラッと忍さんの口からサラッと出た発言の内容に、素っ頓狂な声を上げてしまう。
「ワイバーンも全滅して、戦力も無いでしょうに何でまた」
「宰相の独断らしいね。数を揃えれば何とかなると思っているようだが、私から言わせれば平和ボケした奴の戯言だね。ろくに訓練もしてない兵士が戦争で何の役に立つと思っているのやら」
人ごとのように語り、楽しそうにジョッキを煽る忍さん。
俺はワイバーンを解放する為に忍び込んだ時の緩み切った兵達を思い出し、宰相の浅はかさに頭痛を覚える。
「何となく、デカイのを一発ぶち込んだら蜘蛛の子を散らすように逃げてく様が思い浮かびますね」
「確かに」
苦笑しながら忍さんは二杯目も空けてしまう。ペース早いな。
「ところで、『風の国』の侵攻に対して調停者はどうするつもりなんですか?」
「ん? 私達か? 私達は戦争が起こる前なら被害があまり出ない様に裏工作もするが、表向きはこの世界の住人同士の争いにはノータッチだ」
「でも、宰相が動いたのなら井上も動くでしょう」
「まあね。だから私がここにいる」
「忍さん一人ですか?」
「私一人いれば十分だろ」
違いない。実践も見てないし鑑定もしてないけど、かなねぇの忍さんに対する警戒心から推測しても、忍さん一人で井上は勿論、烏合の衆の軍なら丸ごと蹴散らしそうだ。
忍さんの自分の実力からくる確固たる自信を前に苦笑いを浮かべていると突然、忍さんが何かを思い出したように静かに笑い出す。
「どうしたんです?」
「くっくっくっ……いや何、今こうして博貴君と飲んでいるのが本当に不思議だと思ってね」
「? ……忍さんが押しかけて来たんだから、不思議だでもなんでも無いでしょう」
少し皮肉を込めながらそう言い返すと、忍さんは『いや、そういう事ではない』と前置きして話し始める。
「実は君達がこの世界に来た時に、私達は偵察を送り込んでいたんだよ。もっとも、それは君達に限った事ではないのだけれどもね」
「偵察? ……あっ、新しく来た勇者の品定めですか?」
俺の言い方が気に入らなかったのか、忍さんは少し眉間に皺を寄せた。
「品定め……言い方は悪いが、まあ、やってる事は同じだな。新しく来た勇者のオリジナルスキルの能力の確認や、個人個人の性格を調査したり……そんな事を数ヶ月にわたり行うんだ」
「能力だけでなく性格なんかもですか。それもそんなに長い期間を……」
そんなにじっくり調べられていたのかと驚くと、忍さんは『当然だろ』と意味ありげに口角を上げてみせる。
「性格を調査するのは、将来的にこの世界の人達に危害を加える可能性があるかどうかと、我々の同志に迎え入れるのに適した人間かを判定する為なんだが、勇者達はダンジョンで修練を始めると特別な力を得た影響か、道徳心のタガが緩んで残忍性や凶暴性が増す傾向があるんだ。その心の移り変わりを見る為に、長時間の調査が必要になるだよ」
人に危害を加えて何とも思わないまでに人格が歪むのは、特別な力を得た影響以上にダンジョンの魔物の構成に問題があるからだろう。と、したり顔で話す忍さんを見ながら、そんな事は分かりきってます。などと思ってしまったが、俺がその事に気付いているとバレたら、俺の種族に関する疑惑を持たれそうなので、ここはその事はおくびにも出さずに感心しながら忍さんの話を聞いておく。
「ちなみに、博貴君のいた『風の国』の勇者の調査結果は、狩野健一と姫野美姫、喜多村桃花が同士に迎え入れるに適している側のA判定。窪省吾がB判定だな。そして、井上晴哉が、察しているとは思うが危険人物のA判定だ」
ああ、やっぱり井上は調停者にも超危険人物だと認定されていたか。まあ、そうでなくては調停者の調査能力を疑うけれどもね。
「でだ。博貴君の調査結果なんだが、実は論外と出てたんだよね、これが」
「論外……ですか。まあ、こっちに来て数ヶ月の調査だと、俺はこの世界で一番弱い生物としか映ってなかったでしょうからね」
「そうなんだよ。レベル0、能力値オール1。オリジナルスキルのシークレットは気になるが、他にスキルも無いからレベル上げは不可能。彼はログハウスから出る事も出来ないだろう、と言うのが博貴君に対する調査報告だったんだよね」
そこまで話すと、忍さんは実に楽しそうに笑う。
「それがどうだい。その、外に出たら死亡確定の筈だった博貴君が私と一緒に晩酌をしている。しかも、私に匹敵するような力を備えて……そう思うとなんだか不思議だなと思えてね」
「匹敵って……俺はそんなに強くはないですよ」
「そう? 私の見立てでは戦えばいい勝負になると思うのだがね。私は鑑定系のスキルは持ち合わせていないが、敵の力量を測る事に関しては外した事は無いぞ。そうだ、これから……」
「お断りします!」
ワクワクと目を輝かせ始めた忍さんの態度で、試合辺りのお誘いだろうと判断し、食い気味にキッパリとお断りする。
この人、戦闘狂だ。強いと思ったら戦ってみたいという気持ちを前面に出してくる。やっぱり、ティアと行動パターンが似てるなぁ……
つまらなそうに口を尖らせる忍さんを見ながら、制御の利かないティアという言葉が頭の中に浮かび、俺は小さくため息を吐いた。
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