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第5章 『水の国』教官編
第132話 酒の席で……かなねぇの我儘は昔と変わりません
しおりを挟む「博貴君はつれないなぁ」
大変デンジャラスなお誘いを全力でお断りすると、忍さんは拗ねたようにジョッキに口をつける。
「つれないって……冗談じゃないですよ、現存する勇者の中でもトップクラスの人と戦うなんて……」
「別に殺し合いをするわけでもないんだ、問題無いと思うんだけどね……そうだ! 試合がダメなら井上を排除する時に一緒にって言うのはどうだい?」
良いアイディアだと言わんばかりに笑顔を見せる忍さんに、俺はため息をつきながら首を左右にふる。
「井上ごときに二人がかりですか? 弱いものイジメもいいところじゃないですか」
「ふふん、【臨界突破】を持つ井上をごとき呼ばわりか……そういう発想が出てくる時点で、博貴君は大概だよ」
「どうせ、俺がそのくらいの力を持ってる事ぐらいは把握済みでしょう」
「まあ、そうなんだが……そうなると、井上へのお仕置きは私一人かぁ……博貴君はそれを側で見てるわけだ。私だけ手の内を披露するのはフェアじゃないと思わないか?」
天を仰ぎつつチラチラと俺の方を窺う忍さん。
「その、俺の反応を盗み見るのやめてくれませんか? なんと言われても俺は参加しませんからね。第一、忍さんが井上相手に手の内を見せるなんて、あり得ないでしょう」
「そっか、それは残念だ」
俺がキッパリと断ると忍さんはクサい芝居を止め、何事も無かったかの様に楽しそうに酒を飲み始める。そして、ふと俺の持つジョッキに目を止めた。
「なんだ、全然減ってないじゃないか」
「いや、ただただ苦いだけなんで……こんなのガブガブ飲めるわけないじゃないですか」
「ふむ、ツマミが無いのが問題だな……どれ、何かつまむ物は無いか厨房で聞いてこよう」
「ああ、それには及びませんよ」
立ち上がろうとする忍さんを止め、俺は机に置いていたマジックバッグを漁る。
マジックバッグにはーー正確には俺の時空間収納になのだが、ティアが試行錯誤した肉料理が結構入っていた。
ティアは性格が大雑把なのか、はたまた食い意地のせいなのか、肉料理を作る時に試作品なのに大量の食材を使用する。【至高の料理人】の補正でそれらの料理は美味しく仕上がるのだが、量が量だけに、食いきれなかった料理が大量に余っていた。今回はその中から分けてもらっていた内の、レッサードラゴンの燻製をチョイスし、マジックバッグ経由で取り出す。
「おおっ! 博貴君の手料理かい?」
昼間の食事で俺の料理が気に入ったのか、忍さんの目が輝く。
「いえ、これは俺の相棒の料理ですよ。研究熱心で最近は俺よりも腕を上げてますから、味の方は保証します」
「ほほぅ、博貴君の相棒というのは報告にあったエルフの子のことかい?」
皿に乗せられ薄くスライスされた燻製肉を摘む忍さんに、俺は頷いてみせる。忍さんは『ふ~ん』と相槌を打ちながら燻製肉を口に運び、その目を見開いた。
「これは……美味い! エール酒のつまみに最高じゃないか!」
今日一番の笑顔でジョッキのエール酒を一気に飲み干す忍さん。
空になったジョッキに手酌しながらの『博貴君も試してみろ』という言葉に従って燻製肉を頬張り、エール酒で流し込んでみる。
成る程、エール酒単体で飲むより、燻製肉の味が口の中に残るエール酒の苦味を消してくれて飲みやすいような気がする。
俺の酒を飲むペースが上がった為か、忍さんと語らいながら寝酒の席は進んでいく。
その間、忍さんの世間話に付き合い調停者の話や今までの俺の事など、互いに当たり障りのない範囲で話し、そしてーー
「ところで、博貴君と天野香奈美はどういう関係なんだ?」
「どういう、というと?」
「そのー、なんだ……」
言いずらそうにしている忍さんを見て、忍さんがどの様な勘違いをしているか気付き、俺は頭痛を覚えて頭を押さえる。
「忍さん、俺とかなねぇは別に忍さんが考えてる様な関係じゃないですよ。俺とかなねぇは元の世界からの幼馴染みなんです」
「……そ、そうだったのか。随分と仲が良さそうだったから、私はてっきり天野香奈美がそっちの手段で博貴君を仲間に引き入れていたのかと……」
「そっちって……」
忍さんが濁した言葉の意味を深く考えると頭痛が酷くなりそうなので、そこはスルーする。
「いや、すまん。しかし、そうか。博貴君と天野香奈美は元の世界からの知り合いだったのか」
「ええ、俺と健一と姫野、そしてかなねぇは物心つく前からの知り合いで、かなねぇは俺達の姉的な存在ですね」
「姉ねぇ……だが、天野香奈美はこの世界に博貴君より百年も前に来ている。人間、百年も生きれば人も変わってしまうものだ。以前の様な関係、という訳にはいかないんじゃないか?」
急に真剣な顔で話し出す忍さんに、俺は内心眉をひそめる。
ふむ、これは俺とかなねぇの関係を壊しに来るのだろうか? 忍さんはこの手の腹芸が出来るようには見えないんだけど、一応は調停者のお偉いさんらしいからなぁ……発言には気をつけた方が良いかな。
「確かに今のかなねぇには冒険者ギルドの総統って肩書きが付いてますけどね。それでも、かなねぇはかなねぇでしたよ。それとも、忍さんはこの世界に来てそんなに変わってしまったんですか?」
「……まあ、そうだな。確かに根本的な所は変わってないかもしないけど、それでも……元の世界にいた頃の私に、人は殺せなかったと思うね」
言葉にある種の凄みを込めながら、忍さんは真正面から俺を見据える。
「天野香奈美も人は殺している筈だ。そして、そちらの顔は君に隠しているだろう。それでも、君は天野香奈美を姉と慕うことが出来るのかい?」
真正面から真っ直ぐに俺の目を見据えてくる忍さんを、俺は静かに笑みを湛えながら見つめ返す。
「たとえ人を殺していようが、かなねぇが俺達の姉であろうとしている以上、俺達にとってかなねぇは姉なんですよ。たとえ血が繋がっていなくても、俺達は姉弟なんですから」
「ふむ、しかしそれは、君達を縛り付けるための演技かもしれないぞ。今回だって、この国の勇者の教育を頼んだのは天野香奈美だろ。博貴君は既に良いように使われているんじゃないかい?」
「う~ん……確かに、ちょっと狡猾にはなってましたかね。俺に合わせて元の世界の時のように接している素ぶりはありますし、冒険者ギルドの総統としてギルドの為に俺の力を欲してる部分はありますからね。俺も始めてこっちで再会した頃は、随分と警戒しましたよ」
っと、忍さん、中々に上手いな。
やっぱり、かなねぇに疑惑を持たせようとしてるみたいだ。だけどーー
「ですがそれは、今となっては、元の世界で生徒会の手伝いをさせようと裏で楽しげに企んでいたかなねぇとダブって見えてしまうんですよ。だとしたら俺は、元の世界でもそうしてたように、頼られたのなら、それを全て承知の上で苦笑いをしながら騙されたふりをして手を貸すだけです。まあ、あまりそれを続けると図に乗るので、偶には見返りを求めたりお灸を据えたりもしますけどね」
「やれやれ、博貴君は随分と天野香奈美を甘やかすものだね」
本当に呆れたように、忍さんは肩をすくめて見せる。
「姉なんてそんなもんでしょう、下の弟妹は全員子分。俺的にはお願いされてるだけマシだと思ってますけどね」
まあ、これがお願いではなくて命令に変わるようなら、命令の内容によっては俺も覚悟を決めないといけないだろうけど……
健一とヒメはなんだかんだ言ってもかなねぇを信用しきってる。かなねぇの指示がどんなにおかしなものでも、かなねぇの言うことなら正しい事だと思ってしまうだろう。そうなった場合、止めるのは俺の役目だ。たとえそれが最悪の事態になり、その為に健一とヒメに恨まれる結果となってもね……
そんな確率は限りなくゼロに近く、まず現実にはならないだろうと、そんな事を考えてる自分を苦笑していると、アユムが再び警告を発してくる。
[マスター、二名ほどこちらに近づいて来ます。一名は情報不足で不明ですが、もう一名は九十八パーセントの確率で香奈美だと思われます]
やれやれ、噂をすれば、か。こんな夜更けに来るって事は様子を見にってわ理由じゃないよな。まさか、戦争を止めろとかお願いしにこないだろうな……
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