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第5章 『水の国』教官編
第143話 『風の国』の軍……自分が軍人だと認識してる人、いるんですか?
しおりを挟む「よし、今日はこの湖の畔りで野営をする。本隊が来るまでに野営の準備を終わらせるぞ。作業にかかれ!」
日が傾きかけ、もうそろそろ辺りが夕日で赤く染まるのではないかという頃。辺りに人の気配が充満し始め、そんな声が上がると同時に忍さんは茂みの陰からユックリと立ち上がる。
本当に真正面から行く気なんだと苦笑いを浮かべつつ、俺も忍さんに続く様に立ち上がった。
「……何だ……お前達は……」
そんな声を上げたのは、俺達が隠れてた茂みの向こう側でテント設営の為に材料を並べ始めていた皮鎧を着込んだ若い兵士。
『風の国』の宰相が集めた兵は相変わらずの様で、突然現れた俺達に対し、若い兵士は半ばポカンとしながらそんな事を呟く。
「井上に用があるのだが、奴はどこにいる?」
突然の不審者にどう対応して良いのか分からないのだろう。オドオドしている兵士に、普通にそんな事を聞く忍さん。若い兵士は突然現れた奴がいきなりそんな事を聞いたものだから驚いた表情を見せたが、それでも反射的に街道の奥の方を指差す。
突然の不審者にこんな反応を見せるなんて、本当に兵士としての自覚が無いんだな。恐らく訓練は勿論、緊急時の対応なんかも教育なんかしてないんだろう。
俺がそんな兵士の対応に呆れていると、忍さんはそんな事は気にした様子も見せずに兵士の指差した方に目を向け、ズカズカと歩き始めた。
湖のほとりで野営の準備を始めていたのは千人程の兵士達。多分、本隊が到着するまでに野営の準備をする為に先行していた部隊だと思うが、その装備は様々。皮鎧を着込み腰に剣を挿している者が殆どだが、その皮鎧も武器も形が色々で統一感が無い。本当に人を集めて、アッチコッチからかき集めた装備を着せた様な連中だ。
そんな中、白銀の鎧をまとい周りの兵士達に指示を飛ばしていた三十代後半くらいの男が、街道を堂々と歩き始めた俺達を見つけて目を見開く。
「何だ貴様らは!」
「旅の者だが」
多分、この部隊の隊長だと思われる男の怒声に、忍さんは横柄に即答する。
「旅人だと? この先には我らの本隊がいるのだ、旅人如きは街道を逸れて歩け!」
ドシドシと怒りを露わにした大股の歩きで近付いてくる隊長のふざけた提案に、忍さんの雰囲気が少し剣呑なモノとなっていく。
「街道は国がその繁栄の為に整備している道。誰のものでもないはずだが、何でそんな指図を受けねばならん?」
「旅人風情が我らに楯突く気か!」
忍さんの物言いが癇に障ったのか、隊長はこちらに近付きながらその腰の剣の柄を握る。
「ほう……私に剣を向ける気か? 果たして貴様にその資格があるかな?」
隊長が自身の剣の間合いに入る直前、剣を抜こうと右手に力が入った瞬間に忍さんは戦闘モードを発動させる。シルティリア女王との謁見の時とは違う、殺気まで加わったそのナチュラルな威圧に、隊長は吹っ飛ばされた様に後方に尻餅をつき、先程までの威勢は何処へやら、怯えた表情で忍さんを見上げる。
周りを見ると、他の兵士達も隊長と同じ様に作業の姿勢で固まったまま見開いた目を忍さんへと向けていた。
兵士達のそんな視線を一身に受けた忍さんは、ため息を一つ吐きつつ辺りを見渡すと、呆れた様に口を開く。
「お前達、そんな実力と心意気では、この先に進んでも死ぬだけだぞ。死にたくないなら直ぐにここから逃げ帰る事を勧めるよ」
言いながら忍さんが威圧を緩めると、兵士たちは一瞬ポカンとした後、手に持った道具や材料を投げ捨て一人、また一人と逃げ出す者が現れる。すると、伝染し恐怖に駆られた様に全体が我先にと逃げ始めた。
誰一人としてこちらに向かって来るものはいない。まぁ、兵士とは名ばかりの奴等だから忍さんの威圧に耐えられなかったのは当然といえば当然の状況だが、はっきり言って脆すぎる。
これが国に所属する軍人だというのだから、『風の国』の軍部が如何にお粗末なものか窺えるというものだ。
「お……お前ら、何処に行く気だ! 止まらんか! 命令だぞ!」
腰が抜けたのか、逃げ始めた兵士達に向かって隊長が地面を這いつくばる情けない体勢からその行動を止めようとするが、恐慌をきたした兵士達がそんな命令に従うわけもなく、あっという間に辺りから兵士達はいなくなった。
「……これは真正面から歩いて行っても井上と対面出来そうですね」
「だろ」
ニッコリと微笑んでみせる忍さんに頷き、俺達はゆっくりと街道を北上していった。
⇒⇒⇒⇒⇒
街道を歩く事十分程。湖のほとりから【気配察知】に反応していた大勢の気配が大分近くなり、俺は隣を歩く忍さんに視線を送る。
「あと、何分程で接触する?」
「三分ってところですかね」
俺の視線に気付いた忍さんの質問に俺が簡潔に答えると、彼女は手の指を組み手のひらを外に向けその腕を前に伸ばして軽く伸びをした後に今度は肩をぐるぐると回し始める。
「勇者の相手は流石に緊張しますか?」
突然始めたストレッチに、体とともに緊張もほぐしているのかと思っての言葉だったが、忍さんは俺の言葉に笑いながら首を左右に振る。
「違う、違う。なんだかんだ言って実戦は久しぶりだからね。力の入れどころを間違って殺してしまわない様に身体をほぐしているのさ。さっきの兵の質から井上が実戦に投入されるのは間違いないと確信出来たけど、まだやってもいない罪で殺してしまうのも後味が悪いだろ」
「実戦が久しぶり? 普段、魔物とかを狩ってないんですか?」
「ああ、魔物狩りは良くやるけどアレは私にとっては訓練みたいなものだ。魔物狩りの場合、加減をする必要がないからね。大概、思いっきり叩いてミンチにしてしまう。対人戦闘でそんなマネをするわけにはいかないだろ」
忍さんの得物は背に挿した刃渡り百六十センチ、刃幅三十センチ程の大剣。成る程、そんな物を忍さんの力で振り回せば大概はミンチになるだろうな。
「人の挽き肉なんて見たくないだろ」
ニヤつきながらの忍さんの言葉に俺は一も二もなく頷く。
「そうだろ。だから、井上が私の予想よりも弱くない事を祈っておいてくれ。でないと、冗談が本当になってしまう」
カラカラと笑う忍さんに苦笑いで答えつつ前方に目をやると、何やら大勢の人影が見え始めた。何やら揉めてる様だが……
「何だ、逃走する兵士を無理矢理引き止めているのか? 逃げたい奴は逃してやれば良いのに」
どうやら、先程逃げ出した兵士を本隊の連中が止め、揉め事が起きている様だ。笑っていた忍さんの眉間にシワが寄る。
「軍としては敵前逃亡は見逃せないでしょ」
「軍としての体裁が整っているのならそうだが、アレは軍とは呼べない寄せ集めだろ」
「違いないですね」
「全く、ろくに訓練もしてないくせに逃げれば軍罰か? この軍を作った奴の程度が知れるな。そんな奴に付き合わねばならんとは、全くもってしんどい。博貴君、もうすぐ暗くなるからサッサと用事を済ましてしまおう」
「そうですね。事を終わらせたら、さっきの湖のほとりで野営ですね」
夕日で赤く染まり始めた街道を、互いに苦笑いを浮かべながら俺達は悠長に歩を進める。
その進む先からは、やたらと不機嫌な宰相と井上の怒声が聞こえた。
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