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第5章 『水の国』教官編

第154話 決着……あんまりな決着だよ

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   ガウレッドさんとセリスさんが戦い始めて五日が経つ。
   初日の夕方にいつもの火竜さんが食事を持って部屋に顔を出したが、ガウレッドさんとセリスさんを見るなり一目散に来た道を引き返していった。
   お陰で食事の供給が断たれてしまい、仕方なく時空間収納にしまい込んだ食材を引っ張り出して何とか食事を維持している。

「今日は、ワイバーンの肉にするか」
「んっ!   ティアの取って置きの調味料も出す」

   俺が時空間収納からワイバーンの肉を取り出すと、ティアがすかさず同じく時空間収納からガラスのビンに入った黒い液体を出した。

「なにそれ?」

   ゴマの浮いた黒い液体に何と無く想像が付いた俺と違い、この五日間ですっかり俺達の料理の虜になっていたリアがティアの出したガラスビンの前でホバリングしながら興味津々に目を輝かせる。

「肉が美味しくなる魔法の調味料!」

   あー……やっぱり。ヒメの監修で作ったな、焼肉のタレ。
   胸を張り得意げに答えるティアを見て、俺はティアにとっては最強の調味料だなと思いつつ苦笑する。
   ティアが俺から肉を受け取りホクホクと切り始めると、俺はすかさず野菜を取り出して切り始めた。
   ほっとくとティアは肉しか焼かないからな。栄養バランス的には本当に自発的に野菜を取ってほしい。
   焚き火にフライパンをかざし、油をひいて十分に温めてから肉を投入するティア。肉に焼き色が着いたのを見計らって、俺は肉の倍の量の野菜を投入した。

「ん……野菜……」

   一瞬、ティアが嫌な顔をするが、そんなのは御構いなし。ちゃんと野菜も取りなさい。
   眉間に皺を寄せながらも、肉入り野菜炒めと化したフライパンを振るうティアからガウレッドさん達の方へと視線を向けると、二人はまだ戦っていた。
   しかし、その動きは始めの頃の迫力は鳴りを潜め、緩慢なものになっている。殆ど互いの頬を交互に殴り合っている様な状態だ。

「二人ともそろそろ体力の限界かな?」

   俺が二人から視線を外さずに呟くと、リアが『ん?』と二人の様子を窺う。

「ああ、体力的には二人ともまだまだ余裕だよ。ただ単にお腹が空いて限界なだけじゃないかな」

   リアの言葉に、思わず俺はそちらの方に振り向くと彼女は二人よりも料理の方が気になっていたらしく、フライパンへと視線を戻していた。

「ガウレッドさんたち、五日間も戦い続けて体力的には問題無いと?」
「あの二人がその程度でバテるわけないじゃん。お腹が空きすぎて力が上手く入らなくなってるだけだよ」

   フライパンから目を離さずにそう答えたリアだったが、ふと、何かを思い出したかの様にこちらに振り向く。

「二人とも大分空腹の様だし、こっちに被害が出る様な攻撃はしてこないだろうから、もう、結界は要らないよね」

   そう言いながら俺達を覆っていた虹色の魔法壁を外すリア。

「これ維持するのも結構疲れるんだよね」

   肉体的には疲れてないはずなのに、そう言いながらリアはやれやれと手を置いた肩を回す。
   その、魔法壁が外れたタイミングでティアが焼肉のタレをフライパンに投入すると、ガウレッドさん達の様子が一変した。
   フライパンから立ち込める焼肉のタレの匂いが辺りに漂い、ガウレッドさんとセリスさんが同時に凄い勢いでこちらに振り向く。
   ああ……二人とも空腹だったんだよな。そんな状態でこんな匂いを振り撒かれたら、そりゃあ、意識がこっちに集中しても仕方がないか……
   お腹は空いてても負けたくはないのだろう。二人は視線を戻して殴り合いを再開したが、それでもチラチラとこちらに何度も視線だけは向けてくる。

「あ~あ、二人ともティアちゃんの料理が気になってしょうがないみたいなだね。サッサと戦いなんか止めてこっちに来ればいいのに」

   二人の様子にリアがニヤニヤしながら呟く。だけどこれ、彼女の核心的犯行じゃないよね。二人の状況を知って、料理を始めた時点で魔法壁を外したのだとしたら、負けたくないと戦ってるガウレッドさんたちにしてみたらあんまりなタイミングだと思うんだけど……

「え~と……もしかして、わざと結界を外した?」
「ん?   まあね。だって、あんなダラダラ戦われても、見てる方もやってる方も時間の無駄じゃない。だったら、横槍を入れて集中力が乱れた方の負けってした方が手っ取り早くて良いと思わない?」

   五日間、結界の中で共に過ごした気軽さで尋ねてみると、意地の悪い様にも見える無邪気な笑みを浮かべるリア。
   あー、さいですか。やっぱりわざとだったんですね。
   どう見ても、いたずら要素の方が強いであろうリアの行動を確認して再びガウレッドさんたちの方に視線を戻すと、二人のチラ見は、殆どガン見に変わっていた。
   その血走った目付きに、思わず後退りしてしまう。

「……ちょっと怖いんですけど」
「まあ、三大欲求の一つ、食欲を大いに刺激されちゃってるからね。しょうがないんじゃない」
「ん、お腹が空くと怒りっぽくなるのは当然」

   俺の感想に、リアとティアは料理に集中しながら当たり前と言わんばかりに頷く。
   まあ、そんなんだろうけど……しかし、巨大生物の血走った視線を目の当たりにしといて、それを無視して料理をガン見って、お前達も相当な神経してるな。
   二人の反応に呆れていると、ガウレッドさんたちの反応にも違いが現れていた。料理に完全に意識を持って行かれているセリスさんに対し、ガウレッドさんはまだ、勝負にも意識を残してるご様子。ここら辺はお忍びで人間の食事を頻繁にしており、ここに来てからもティアの食事を数回体験しているガウレッドさんの方が耐性があったという事だろうか?

「クッカッカッカッ!   どうしたセリス。注意力が散漫だぞ!」

   隙だらけになったセリスさんに、ガウレッドさんは身体を回転させ、遠心力の乗った尻尾の一撃を彼女の後頭部へと叩きつける。
   五日にも及んだ二人の勝負は、それでアッサリと決まってしまった。
   セリスさんの巨体が地響きを立てて地面に倒れる。と、間を置かず彼女の身体は光に包まれ人の型をとり、凄いスピードで這いずりながらこちらへと突進してきた。

「なんですか!   この食欲を大いに刺激する麗しき香りは!」

   這いずって来たセリスさんは、飛び上がる様にティアが振るうフライパンの前に正座してそれを凝視する。その口元には明らかに涎が垂れていた。

「クッカッカッカッ。今回も俺の勝ちだな。ところで、この匂いは俺も知らんが何なんだ?」

   セリスさんの後方から勝ち誇ったガウレッドさんが人型になりながら歩み寄ってくるが、その話題は既に食べ物の話になっていた。
   ……やっばり、超越者に元の世界の食事は有効なんだな。
   戦闘狂の二人の戦いに終止符を打たせた、元の世界では一本数百円の調味料の破壊力に、俺は苦笑いを浮かべた。
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