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おじさん、旅立つの巻

第2話 おじさん、勘違いする

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「こういうのはよくないぞ?」

 俺は急いで体を拭き上げ、ズボンに足を通す。

「よ、よくないのはケント! あなたの方で……! うぅ……!」

 家に上げたセオリア。
 反対側を向き、頭から毛布を被って唸ってる。
 仕方がない。
 たしか……今は二十六くらいか?
 そんな年の女の子が見ちまったんだ。
 こんなおっさんの……を。

「大体、お前が気配なんか消してるから悪いんだろ」

「そ、それはケントがゴブリンに狙われてたから……! だから、襲いかかられたときに私が颯爽と登場して成敗したらカッコいいかな~と思って……」

 ハァ~……。

「お前って全然成長してないのな……。昔からカッコばっか気にして失敗続き。この十年で成長したのは体だけか」

「か……! か、からだって……! ちょ……ちょちょちょ……! そんな目で私を……いえ、でもケントなら……うん、あれ? むしろ願ったりかなったり……?」

「? なにをブツブツ言ってんだ?」

「にゃ! にゃにゃにゃ、にゃんでもない! ところで! もう服は着た!?」

「ああ、着たぞ」

 くるりとセオリアが振り向く。
 まだ顔が赤い。
 格好はきちんとしてる。
 というか──。
 きちんと

 白銀色のプレート鎧。
 まるで女性らしさを強調するかのように急所だけを守っている。
 それにずいぶんと立派なマント。
 腰に差している細身の剣だって高価そうだ。

 セオリアって……お嬢様だっけ?
 どちらかというと貧民寄りだったような気が……。
 いかん……当時の俺は他人に興味がなさすぎてあんまり覚えてない……。 

「こほん……で、では剣士ケント・リバー! 貴様に勅命を……」

「断る」

「……は?」

「断ると言ったんだ。面倒そうだし」

「え……。で、でもギルド長直々の……」

「だから? 俺はもう冒険者でもなんでもないおっさんなんだ。勅命とかギルドとかもう関係ないんだよ」

「いや、でもさっき石ころだけでゴブリンを……」

「ああ、石はよく投げて狩りをしてるからな。さすがにゴブリンは食べねぇが。それに、いくら魚屋が魚をさばくのが上手いからって、別に戦いも上手いってわけじゃねぇ。そういうことだ。諦めてくれ」

「うぅ~……」

 セオリアが徐々に涙ぐんでいく。

(あっ、これ面倒なやつだ……。そういえばこいつ、いつもすぐに泣いてたっけか……)

「わかった! 話だけ聞こう!」

 だから泣くのはやめてくれ。

「ほんとか!?」

 セオリアの顔がパァと輝かく。

「ああ、その代わり話を聞くだけだからな? ってか、せっかくこんな山奥まで来たんだ。いくら俺でも夜中に追い払うような真似はしねぇよ」

「ということは……私はここに泊まっていいのか……?」

「いいもなにも仕方ないだろ。が、あいにく客人をもてなせるようなもんはなにもねぇ。そこは我慢してくれ」

「ふ、ふふふ……。ええ、お構いなく……。ぐふふふ……」

 後ろを向いて不気味な声を上げるセオリア。
 なにもそんな露骨に嫌がらなくても……。
 そして、俺は思い出した。
 そうだ。
 こいつは、俺を恨んでるはずなんだ。
 危険に巻き込んだ俺を。
 そしてクエストから帰るなり、そのまま何の詫びも入れずに姿をくらました俺を。

「復讐──しにきたのかと思ったよ」

「復讐?」

「ああ。お前、俺のこと恨んでたんだろ? だから俺のことを追ってこんな世界の果てまでやってきた。そんなこと、よっぽど強く恨んでなきゃ出来ないよな。あ、そうか……その勅命ってやつも、到底クリア不可能な無理難題に俺を挑ませて殺すつもだったんじゃないのか?」

「そんな……! 私は……」

「いいんだ。俺もたまに考えてたよ。俺の人生をどう終えるべきか。お前や、あの時の仲間たちに殺されたとしたら──納得できる終わり方かも知れない、ってな」

「ちょ……! なに言って……」

 スッ──。

 俺は両手を広げる。

「いいんだ。今、その剣で殺ってくれても。俺はもうずっと覚悟は出来てるよ。この十年間、ずっとな」

「……っ!」

 足るを知る。
 もう十分に生きてきた。
 不十分な自分にとって十分な時間。
 あとは、俺が死んで彼女たち若者の足を先に進めることが出来るというのなら──。
 うん。
 いいんだよ、そういうので。

 しかし、返ってきたのは意外な答えだった。

「そ、それなら……! 私と勝負なさい、ケント・リバー! このゼスティア王国プラミチア女騎士団団長──セオリア・スパークと!」

 決闘──か。
 そういう最後もいいかもしれない。
 こっちはもう十年間剣も握ってない。
 負ける……だろうな。
 うん。
 負ける。
 でも……。

 いいじゃないか。

「よし、その勝負受けた! セオリア、表へ出ろ!」

「え、あ……いいの? ほんとに? ケント・リバーが私と一騎打ちを……?」

「ああ、いいぞ。殺す気でこいよ」

「え……ええ、もちろんっ! (ガタッ!)あ──いたっ!」

 あ~、ドタドタしちゃって。
 でもセオリア……今は王国hの騎士団長なんてやってるんだな。
 そうか……あのセオリアが……。
 うん、そして。
 かたやバリバリの現役騎士団長。
 かたや森の奥でただ生きてるだけのおっさん。
 ハハッ、勝負なんてハナから見えてるな。
 うん。
 そうだ。

 俺は──今から死ぬ。



 一分後。

 キィ──ン……!

「……は?」

 セオリアは一瞬のうちに素手の俺に張り倒され──。

「ぶくぶくぶく……」

 口から泡を吐いて気絶していた。
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