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2②
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結局どうにもならないまま舞踏会の時間になった。執事と一緒に入った会場はすでに沢山の人がいて、俺が入った瞬間に全員の目がこちらに向いたのが分かった。
「第一王子、ヴェルヘルム様のおなりー!」
衛兵が声を張り上げれば、玉座の方まで道が開くように人がはけていく。というより、我こそはと乗り出そうとする子どもを親が諌めている。この頃よりずっと鋭くなっていた人の気持ちを読み取る力は過去に戻っても衰えていなかったようで、子どもたちはみんな俺に恋したような表情をしていた。俺が父上たちの方に着くと目の前に列ができ、一人一人が俺に挨拶をする。少しでも自分が、子供が、目にかけてもらえるように。みんなそんな顔をしている。それは、前回から全く変わっていないことだった。
そしてついに、あいつの……ラインハルトの番になった。
「サヴォイア家が長男、ラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアでございます」
そう言って見事なお辞儀をしたあと見えたあいつの顔には―――
―――恋した色なんて、微塵も写っていなかった。
気に入られようなんて気持ちも見えず、貴族らしいうわべだけの微笑みを乗せて父上からの言葉を聞いている。その様子が信じられなかった。
だって、あいつは、小さい頃からずっと恋をしている表情をしていたから。近づけば顔を赤くし、マークに近づけば少し不快そうな顔をした。それはきっと勘違いなんかじゃないはずだ。
『ラインがなぜあんたのことが好きなのか知らないくせに!』
男の言葉が頭をよぎる。気づけばラインハルトの番は終わっていたようで、食事しつつの舞踏会に続いていて、たくさんの令嬢子息が群がってくる。その中でやっぱりラインハルトは輪の中に入らず、外から飲み物を飲みつつこちらの方を様子見するように見ている。
「すまない、ちょっと、離れ……うわっ!?」
人の波に押され、俺のためにと持ってきていたらしい飲み物が手袋にかかる。人前で手袋を外したくなかったから、執事に人を避けてもらい、新しい手袋も用意してもらう。
「ふぅ……」
「……っ!」
執事に従い人が減ったから手袋を外すと、隣で息を呑んだ気配がした。横を見ると、いつの間にかそばに来ていたラインハルトが真っ赤な――あの恋をした顔で俺の手を見ていた。……俺の手が好きだったのか?
「あの、なにか?」
「!あ、ぁ、いえ、その、俺は……」
あまりにも見てくるので耐えきれずに問えば、さっきの完璧な挨拶とは程遠いどもったような返事が返ってくる。顔を隠すように手をウロウロとさせ、目線も合わない。ここまで露骨なラインハルトは初めて見た。
知らなければならない、と俺の中の誰かが言う。今まで見ようともしなかった本当の彼を見ろと。一歩寄れば、震える足で一歩下がる。その手をつかまえて、2人きりになれるようにバルコニーに踏み出した。
―――
「あ、あの、殿下……?」
ラインハルトはマークと違って俺を愛称で呼ばない。なんだか、それに初めて気づいた気がする。今だに顔を真っ赤にしたまま仕切りにつかまれた手を気にしている様子のラインハルトに、そのままの質問を投げかけた。
「君は俺のどこがそんなに気に入ったんだ?」
「へぁっ!?」
真っ赤の顔をさらに真っ赤にして、相手が俺ということも忘れたのか手をブンブンと振って手を離そうとしている。初めて見るラインハルトばっかりだ。振っても振っても離れない手に逃されたのだと察したのか、うぅ、と唸ったあと観念したように話し始めた。
「……手、が……」
「手?」
「殿下の、努力されていることが分かる手が好きなんです……!」
真っ赤で、半泣きの情けない顔。あの頃から感じられなかったこいつはまだ7才なのだという事実が、じわじわと染みていく感じがした。
手は、俺のコンプレックスだ。ペンダコと剣ダコにまみれた、汚い手。それが嫌でずっと透けない手袋をしていた。ずっと、誰にも見せないようにしていた。
あの時は、マークが初めてだと思っていた。努力する俺を認めてくれたのは。だからマークの前では手袋のない自分でいられた。
でも、もしかしたら、ずっと……。
目の前のラインハルトを改めて見れば、こっちの視線に気づいたようににへら、とはにかんだ真っ赤な顔が月明かりで柔らかに照らされている。
その姿を、美しいと思った。
「第一王子、ヴェルヘルム様のおなりー!」
衛兵が声を張り上げれば、玉座の方まで道が開くように人がはけていく。というより、我こそはと乗り出そうとする子どもを親が諌めている。この頃よりずっと鋭くなっていた人の気持ちを読み取る力は過去に戻っても衰えていなかったようで、子どもたちはみんな俺に恋したような表情をしていた。俺が父上たちの方に着くと目の前に列ができ、一人一人が俺に挨拶をする。少しでも自分が、子供が、目にかけてもらえるように。みんなそんな顔をしている。それは、前回から全く変わっていないことだった。
そしてついに、あいつの……ラインハルトの番になった。
「サヴォイア家が長男、ラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアでございます」
そう言って見事なお辞儀をしたあと見えたあいつの顔には―――
―――恋した色なんて、微塵も写っていなかった。
気に入られようなんて気持ちも見えず、貴族らしいうわべだけの微笑みを乗せて父上からの言葉を聞いている。その様子が信じられなかった。
だって、あいつは、小さい頃からずっと恋をしている表情をしていたから。近づけば顔を赤くし、マークに近づけば少し不快そうな顔をした。それはきっと勘違いなんかじゃないはずだ。
『ラインがなぜあんたのことが好きなのか知らないくせに!』
男の言葉が頭をよぎる。気づけばラインハルトの番は終わっていたようで、食事しつつの舞踏会に続いていて、たくさんの令嬢子息が群がってくる。その中でやっぱりラインハルトは輪の中に入らず、外から飲み物を飲みつつこちらの方を様子見するように見ている。
「すまない、ちょっと、離れ……うわっ!?」
人の波に押され、俺のためにと持ってきていたらしい飲み物が手袋にかかる。人前で手袋を外したくなかったから、執事に人を避けてもらい、新しい手袋も用意してもらう。
「ふぅ……」
「……っ!」
執事に従い人が減ったから手袋を外すと、隣で息を呑んだ気配がした。横を見ると、いつの間にかそばに来ていたラインハルトが真っ赤な――あの恋をした顔で俺の手を見ていた。……俺の手が好きだったのか?
「あの、なにか?」
「!あ、ぁ、いえ、その、俺は……」
あまりにも見てくるので耐えきれずに問えば、さっきの完璧な挨拶とは程遠いどもったような返事が返ってくる。顔を隠すように手をウロウロとさせ、目線も合わない。ここまで露骨なラインハルトは初めて見た。
知らなければならない、と俺の中の誰かが言う。今まで見ようともしなかった本当の彼を見ろと。一歩寄れば、震える足で一歩下がる。その手をつかまえて、2人きりになれるようにバルコニーに踏み出した。
―――
「あ、あの、殿下……?」
ラインハルトはマークと違って俺を愛称で呼ばない。なんだか、それに初めて気づいた気がする。今だに顔を真っ赤にしたまま仕切りにつかまれた手を気にしている様子のラインハルトに、そのままの質問を投げかけた。
「君は俺のどこがそんなに気に入ったんだ?」
「へぁっ!?」
真っ赤の顔をさらに真っ赤にして、相手が俺ということも忘れたのか手をブンブンと振って手を離そうとしている。初めて見るラインハルトばっかりだ。振っても振っても離れない手に逃されたのだと察したのか、うぅ、と唸ったあと観念したように話し始めた。
「……手、が……」
「手?」
「殿下の、努力されていることが分かる手が好きなんです……!」
真っ赤で、半泣きの情けない顔。あの頃から感じられなかったこいつはまだ7才なのだという事実が、じわじわと染みていく感じがした。
手は、俺のコンプレックスだ。ペンダコと剣ダコにまみれた、汚い手。それが嫌でずっと透けない手袋をしていた。ずっと、誰にも見せないようにしていた。
あの時は、マークが初めてだと思っていた。努力する俺を認めてくれたのは。だからマークの前では手袋のない自分でいられた。
でも、もしかしたら、ずっと……。
目の前のラインハルトを改めて見れば、こっちの視線に気づいたようににへら、とはにかんだ真っ赤な顔が月明かりで柔らかに照らされている。
その姿を、美しいと思った。
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