悪役令息の死ぬ前に

やぬい

文字の大きさ
10 / 12

2②

しおりを挟む
 結局どうにもならないまま舞踏会の時間になった。執事と一緒に入った会場はすでに沢山の人がいて、俺が入った瞬間に全員の目がこちらに向いたのが分かった。

「第一王子、ヴェルヘルム様のおなりー!」

 衛兵が声を張り上げれば、玉座の方まで道が開くように人がはけていく。というより、我こそはと乗り出そうとする子どもを親が諌めている。この頃よりずっと鋭くなっていた人の気持ちを読み取る力は過去に戻っても衰えていなかったようで、子どもたちはみんな俺に恋したような表情をしていた。俺が父上たちの方に着くと目の前に列ができ、一人一人が俺に挨拶をする。少しでも自分が、子供が、目にかけてもらえるように。みんなそんな顔をしている。それは、前回から全く変わっていないことだった。

 そしてついに、あいつの……ラインハルトの番になった。

「サヴォイア家が長男、ラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアでございます」

 そう言って見事なお辞儀をしたあと見えたあいつの顔には―――


―――恋した色なんて、微塵も写っていなかった。

 気に入られようなんて気持ちも見えず、貴族らしいうわべだけの微笑みを乗せて父上からの言葉を聞いている。その様子が信じられなかった。




 だって、あいつは、小さい頃からずっと恋をしている表情をしていたから。近づけば顔を赤くし、マークに近づけば少し不快そうな顔をした。それはきっと勘違いなんかじゃないはずだ。


『ラインがなぜあんたのことが好きなのか知らないくせに!』


 男の言葉が頭をよぎる。気づけばラインハルトの番は終わっていたようで、食事しつつの舞踏会に続いていて、たくさんの令嬢子息が群がってくる。その中でやっぱりラインハルトは輪の中に入らず、外から飲み物を飲みつつこちらの方を様子見するように見ている。

「すまない、ちょっと、離れ……うわっ!?」

 人の波に押され、俺のためにと持ってきていたらしい飲み物が手袋にかかる。人前で手袋を外したくなかったから、執事に人を避けてもらい、新しい手袋も用意してもらう。

「ふぅ……」
「……っ!」

 執事に従い人が減ったから手袋を外すと、隣で息を呑んだ気配がした。横を見ると、いつの間にかそばに来ていたラインハルトが真っ赤な――あの恋をした顔で俺の手を見ていた。……俺の手が好きだったのか?

「あの、なにか?」
「!あ、ぁ、いえ、その、俺は……」

 あまりにも見てくるので耐えきれずに問えば、さっきの完璧な挨拶とは程遠いどもったような返事が返ってくる。顔を隠すように手をウロウロとさせ、目線も合わない。ここまで露骨なラインハルトは初めて見た。




 知らなければならない、と俺の中の誰かが言う。今まで見ようともしなかった本当の彼を見ろと。一歩寄れば、震える足で一歩下がる。その手をつかまえて、2人きりになれるようにバルコニーに踏み出した。


―――


「あ、あの、殿下……?」

 ラインハルトはマークと違って俺を愛称で呼ばない。なんだか、それに初めて気づいた気がする。今だに顔を真っ赤にしたまま仕切りにつかまれた手を気にしている様子のラインハルトに、そのままの質問を投げかけた。

「君は俺のどこがそんなに気に入ったんだ?」
「へぁっ!?」

 真っ赤の顔をさらに真っ赤にして、相手が俺ということも忘れたのか手をブンブンと振って手を離そうとしている。初めて見るラインハルトばっかりだ。振っても振っても離れない手に逃されたのだと察したのか、うぅ、と唸ったあと観念したように話し始めた。

「……手、が……」
「手?」
「殿下の、努力されていることが分かる手が好きなんです……!」

 真っ赤で、半泣きの情けない顔。あの頃から感じられなかったこいつはまだ7才なのだという事実が、じわじわと染みていく感じがした。


 手は、俺のコンプレックスだ。ペンダコと剣ダコにまみれた、汚い手。それが嫌でずっと透けない手袋をしていた。ずっと、誰にも見せないようにしていた。
 あの時は、マークが初めてだと思っていた。努力する俺を認めてくれたのは。だからマークの前では手袋のない自分でいられた。

でも、もしかしたら、ずっと……。


 目の前のラインハルトを改めて見れば、こっちの視線に気づいたようににへら、とはにかんだ真っ赤な顔が月明かりで柔らかに照らされている。


 その姿を、美しいと思った。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

お決まりの悪役令息は物語から消えることにします?

麻山おもと
BL
愛読していたblファンタジーものの漫画に転生した主人公は、最推しの悪役令息に転生する。今までとは打って変わって、誰にも興味を示さない主人公に周りが関心を向け始め、執着していく話を書くつもりです。

『悪役令息』セシル・アクロイドは幼馴染と恋がしたい

佐倉海斗
BL
侯爵家の三男、セシル・アクロイドは『悪役令息』らしい。それを知ったのはセシルが10歳の時だった。父親同士の約束により婚約をすることになった友人、ルシアン・ハヴィランドの秘密と共に知ってしまったことだった。しかし、セシルは気にしなかった。『悪役令息』という存在がよくわからなかったからである。 セシルは、幼馴染で友人のルシアンがお気に入りだった。 だからこそ、ルシアンの語る秘密のことはあまり興味がなかった。 恋に恋をするようなお年頃のセシルは、ルシアンと恋がしたい。 「執着系幼馴染になった転生者の元脇役(ルシアン)」×「考えるのが苦手な悪役令息(セシル)」による健全な恋はBLゲームの世界を覆す。(……かもしれない)

第2王子は断罪役を放棄します!

木月月
BL
ある日前世の記憶が蘇った主人公。 前世で読んだ、悪役令嬢が主人公の、冤罪断罪からの巻き返し痛快ライフ漫画(アニメ化もされた)。 それの冒頭で主人公の悪役令嬢を断罪する第2王子、それが俺。内容はよくある設定で貴族の子供が通う学園の卒業式後のパーティーにて悪役令嬢を断罪して追放した第2王子と男爵令嬢は身勝手な行いで身分剥奪ののち追放、そのあとは物語に一切現れない、と言うキャラ。 記憶が蘇った今は、物語の主人公の令嬢をはじめ、自分の臣下や婚約者を選定するためのお茶会が始まる前日!5歳児万歳!まだ何も起こらない!フラグはバキバキに折りまくって折りまくって!なんなら5つ上の兄王子の臣下とかも!面倒いから!王弟として大公になるのはいい!だがしかし自由になる! ここは剣と魔法となんならダンジョンもあって冒険者にもなれる! スローライフもいい!なんでも選べる!だから俺は!物語の第2王子の役割を放棄します! この話は小説家になろうにも投稿しています。

嘘つきの婚約破棄計画

はなげ
BL
好きな人がいるのに受との婚約を命じられた攻(騎士)×攻めにずっと片思いしている受(悪息) 攻が好きな人と結婚できるように婚約破棄しようと奮闘する受の話です。

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

生まれ変わりは嫌われ者

青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。 「ケイラ…っ!!」 王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。 「グレン……。愛してる。」 「あぁ。俺も愛してるケイラ。」 壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。 ━━━━━━━━━━━━━━━ あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。 なのにー、 運命というのは時に残酷なものだ。 俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。 一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。 ★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!

【本編完結済】神子は二度、姿を現す

江多之折
BL
【本編は完結していますが、外伝執筆が楽しいので当面の間は連載中にします※不定期掲載】 ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。 死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが 神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。 戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。 王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。 ※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。 描写はキスまでの全年齢BL

流行りの悪役転生したけど、推しを甘やかして育てすぎた。

時々雨
BL
前世好きだったBL小説に流行りの悪役令息に転生した腐男子。今世、ルアネが周りの人間から好意を向けられて、僕は生で殿下とヒロインちゃん(男)のイチャイチャを見たいだけなのにどうしてこうなった!? ※表紙のイラストはたかだ。様 ※エブリスタ、pixivにも掲載してます ◆4月19日18時から、この話のスピンオフ、兄達の話「偏屈な幼馴染み第二王子の愛が重すぎる!」を1話ずつ公開予定です。そちらも気になったら覗いてみてください。 ◆2部は色々落ち着いたら…書くと思います

処理中です...