婚約破棄された王女が全力で喜びましたが、何か問題でも?

yukiya

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20,自惚れた逆賊

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「…埃っぽいわね…」
 ケホケホと咳をしたエリシアに、エルステーネは心配そうに眉を下げた。
「大丈夫ですか、お姉様」
 元より身体も弱く室内にいることが多かった姉にはこんなジメジメとした暗く埃っぽい場所など身体に良くないだろう。
「えぇ、大丈夫よ…」
 それよりも何だろうか、この匂いは。まるで何か淀んでいるような、そんな空気。
「お父様、まだ着かないのですか」
 姉に少しでも早く綺麗な空気を吸わせたい一心で国王に問うと、困った顔をして国王が振り向いた。
「それがね、私はこの道がどこまで続くのかは知らんのだよ」
「「……は?」」
 姉妹でシンクロした声に、国王がびくりと肩を揺らす。声どころか、怒りの形相までもがシンクロしていた。
「い、いや、逆賊なんて滅多に現れなかったし、先代は特に何も言わなかったし…秘密通路なんて、先先代くらいの国王しか知らなかったって…」
「なんですかそれーー……」
 待てよ、とエルステーネは考えた。確かにエルステーネも城の地下にこんな通路があるとは知らなかった。国王さえもそれを殆ど知らないという。先先代のみが知っていたーーのに、何故。
 エルステーネは前を歩いていた姉と国王をさり気無く自分の背後へと行かせ、立ち止まった。
「……王女様?どうかなさいました?」
 案内すると言って先導していたグレーズ侯爵が振り返る。その目はーー殺気に溢れていた。
「…またお祖父様がいらっしゃった時、聞いたことがあったわ。城には秘密通路があって、その通路は王族のみが知ること。例えどれだけ王に近しい宰相と云えど、その秘密は知ってはならない」
「なにそれ私は先代に何も教えてもらわなかったんだけど。孫贔屓かよ」
「お父様うるさい黙れ」
「ウィッス」
 意外と辛辣だったエリシアの言葉に国王が再び肩を竦める。
「……どうして貴方がこの通路を知っているのかしら、グレーズ侯爵?」
 タイミングの良い、いや、敵の奇襲。城へ押し入るタイミング。こんな日にやるからには城の内情まで全て知り尽くしているのだろう。今頃王族を血眼で探しているに違いない。
 どう考えてもこの国に、それも高位な者が手引きをしているに違いないと、少し考えたら分かるはずなのに。
(どうやら自分でも気付かぬうちに驚いていたようね)
 仕方ない。折角ずっと恋い慕っていた彼と結婚出来るという日をこんな形で潰されてしまったのだから。
「…王女様」
 グレーズが振り向くと同時に、エルステーネの首元に剣を置く。
「回りすぎる頭は時によって面倒ごとも起こすのですよ?」
「エルステーネ!」
「動くな!」
 駆け寄ろうとしたエリシアを一喝し、侯爵は高らかに笑う。
「…なぁ、国王よ?私を何も出来ぬ能無しと言ったな。これでもまだ私が何も出来ぬと言うか!」
 はははと声をあげた侯爵に、エルステーネはうんざりした。今までも国王はその遠慮ない物言いから敵を作ってきたというのに。今自分が剣を置かれている状況すらもこのバカ親父のせいだと思うとやるせない。
「……ごめんなさいね」
 それでも私はやはり守らねばならぬのだ。この状況で、武器となる剣を持つのは自分一人。
 フェロンが万が一の為にとくれた短剣をいつでも手にしていた。さすがに婚礼衣装に隠すのは骨が折れたけれど、そうまでしてでも持っていて良かった。
 だって自分の身は自分で守らねばならない。
 だから、私は悪くない。先に剣を向けたのはこの男だ。
「きゃあっ…!」
 ぐふ、という下品な声の後に、エリシアの悲鳴が響いた。侯爵の腹にはエルステーネが刺した短剣が確かに埋まっていた。
「…貴方一人の駄作でこの国が揺らぐとでも?馬鹿な自惚れは大概にしたらどうかしら」
 人を殺めてしまった、という罪悪感。背中から這い出てくる恐怖。平静に装うとした結果が口から出た罵倒だったけれど、正直、エルステーネはその場に立っているだけで限界だった。
 汚い仕事も、手を汚す仕事も、全てフェロンが一人で片付けてくれていた。それに甘えていた。本当に、最低だった。
「…お姉様、お父様」
「っ…エルステーネ…!」
 もし拒否されたらどうしようという想いは簡単に断ち切られる。エリシアが抱き締めてくれ、その体温に泣きそうになった。
「手を汚させてすまない…」
 そう言って手を包み込んでくれた父に、もうそれだけで十分の労いだと感じた。
「…入り口まで戻りましょう。もう少ししたら兵士が鎮圧してくれるでしょう」
 そうね、とエリシアが頷き、ホッとする。出来るだけ姉に死体が見えないようにしようと努める。
 あれほどの出血だ、もう死んでいると踏んだ結果だったのだが。
「……人殺し王女め…!」
 振り返った、その瞬間。
「エルステーネっ……!!!」
 温かい体温の、向こう。真っ赤な鮮血が宙を飛ぶ。
「…え…?」
 その血に満足したかのように、侯爵はその場に座り込む。
 剣は、確かにエルステーネに向かっていた。
 けれど、その血は、エルステーネを庇ったエリシアのものだと、そう理解する前に、エリシアはその場に崩れた。
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