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25,決意も壊したのは貴方
しおりを挟む人の顔とも区別が付かぬほどの泥と血は腫れたその顔面に張り付いている。
「無様ですわね」
地下牢という辛気臭い場所に響いたエルステーネのその声に、男は顔を上げた。
「お、まえ…!」
ボコボコになった顔でも血だらけの目でも、それが誰だか認識は出来るらしい。
「お久しぶりですわ、アスロン王子」
本当に久しぶり。というほどでもない。事実、最後に会った時から数ヶ月しか経っていない。つまりその数ヶ月でファントムの貴族はファントムを見限り、ミリガンの傘下へと下った訳だが。
「よくも私をこんな目に…!」
「あらまぁ、そんなに腫れてもまだ話せるんですのね。驚きですわ」
「全てお前の仕業ということは分かっている!」
「……はい?」
首を傾げて見せると、地面とご対面したままのアスロンが悔しそうに歯噛みする。
「私には分かっているぞ!お前は私を愛しエミリーに嫉妬した挙句、エミリーを誘拐しただろう!ある日突然いなくなったのだ、お前以外に考えられぬ!」
「…恋人にも捨てられたのですか」
プルプルと震えていた女を思い出す。まぁ黙っていれば可愛らしいに入ったであろう部類の女。この馬鹿を愛したというだけでエルステーネには嫌悪の対象だが。
「愚かですわね」
「なんだと…!私はファントム国王であるぞ!」
「目を覚ましてはいかがですか」
それとも夢だと分かっていても覚めたくないが故に目を背けるのか。
「貴方は他国の臣民と云えど、罪のない民を殺した。そんな者が国王?馬鹿馬鹿しくて反吐が出ますわね」
「っ……」
「人殺しのくせに、罪のない人を殺したくせに、」
「違う!殺すつもりなど、」
「ーーまぁ、貴方の愚かな行いで、ミリガンに生かされていたファントムは貴方の代で終わりですわ。これで良かったのかもしれませんね」
この大陸の歴史からファントムという国が消えようと誰も困らない。
だからもう、なにも関係ない。
「貴方が消えようと、誰も困らない。けれど私は貴方を殺したりはしない」
「なん、だと…?」
「私の人生で一番幸せになるはずだった日を壊し、罪なき命を奪ったその罪を、存分に償うがいいわ」
そう言ったエルステーネはアスロンが絶句するほど冷ややかな目をしており、同時に怒りに満ちていた。
「死よりも苦しく辛い罰を。私から貴方への、最初で最期のプレゼントです」
そう言って背を向けたエルステーネに「待ってくれ」とアスロンが呟く。
「お前は私を愛したことが一度でも、本当に、なかったというのか…」
「……何を馬鹿なことを」
当たり前でしょう。にっこり笑って告げれば、アスロンがガバリと起き上がった。
「なら何故、私と婚約した!お前さえ、お前さえ我が国に、お前さえ私と婚約しなければ…!」
「…私は、モラン様を愛していた。けれど政略結婚は王族の女に生まれた上での務め。貴方が婚約者として最大限に寄り添ってくれるのならば、私は貴方を愛し、生涯を共にする努力をしようと決意していた」
けれど蓋を開けてみればどうだ。初の顔合わせには女を連れて来て、いつでもどこでも威張り散らして。
「貴方が全てを壊したのです。人のせいになさるのも、いい加減になさい」
私は何度も忠告した。それでも素知らぬ顔を決め込んだのは、見て見ぬ振りをしたのはこの男。
「今更後悔するがいいわ」
地獄へ、落ちてしまえばいいのだ。
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