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最終章 契約終了ってことで

第70話

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ギシッギシッと規則的にベッドが沈んでは世界の熱を全身に纏ったまま、私は快楽の階段を登っては降りてを繰り返す。

「……世界く……ンッ」

「好きだよ……」

世界の甘い声と匂いが私の心も身体も溶かして何もかもを攫っていく。

世界の唇が私の頬から胸元に口づけていきながら左胸の下を甘噛みする。針で刺したような甘い痛みに私は唇を噛み締める。

世界は執拗に何度も何度も同じ場所に噛みついてくる。まるでそれは自分のものだと誇示するように。私にこの温もりも痛みも忘れさせないようにするように。

「ンンッ……い……た」

「梅子さんっ……心臓ちょう、だいっ……」

世界が苦し気に私の名を呼びながら奥深くへと潜り込んでいく。姿が見えなくても声が聞こえなくても二人の心臓と心臓が離れ離れになったりしないように。いつも互い心が傍により添えるように。

「……あげる……全部……あげるか、らっ……忘れないで」

勝手に溢れては転がる雫を、世界が唇ですべて掬っていくと私の体をぎゅっと強く抱きしめた。私も世界の背中をきつく抱きしめる。

「好きだよ……愛してる……」

その言葉にもう涙は止まらなくなる。
世界が好きで恋しくて愛おしくてたまらない。もういっそ二つの個体は混ざって溶けて一つになってしまえばいいのに。

「世界くん……愛してるよ……」

まるで魔法の合言葉のように私たちは唇の感覚がなくなるほどにキスをして、一ミリの隙間もないほどに抱きしめ合う。心臓と心臓が混ざりあうようにその夜は何度も何度もかさなって、やがて夜明けにようやく一つになって解けていった。

「……ごめん、身体辛くなかった?」

世界が私を後ろからそっと抱きしめると耳元でそっとささやく。私はゆっくりふりかえって世界の頬に触れた。

「大丈夫だよ……なんか世界くんと心の距離っていうのかな……すごく近くなった気がする……」

世界がクスっと笑う。

「それってまだシ足りないってこと?俺のこと煽ってます?」

「ばかっ……どう考えたらそうなるのよっ」

「ふうん。じゃあ気持ちよかった?」

「やめてっ、もうそういう質問なしだからっ」

「あ、怒った?拗ねたの?そうゆう顔する梅子さんもマジでツボっすね。また噛みつきたくなる……あっ」

「え?どうしたの?」

世界が急に起き上がると下着を身に着けTシャツを羽織った。 

「ちょっと思い出したことあって。今日は特別。梅子さんは抱っこしてあげますよ」

「へ?」

世界が私に毛布を巻き付けると軽々お姫様抱っこをする。

「きゃ……ちょっと」

「軽っ、マジで俺が居なくてもちゃんと飯食ってくださいね?はい、返事は?」

「な……分かってるわよ。心配かけるような、ことしないから……」

「今日は聞き分けいいっすね」

世界はそのままソファーに私をそっとおろすと、グラスに水を入れて差し出した。

「はい、喉乾いたでしょ?」

「ありがと」

「どういたしまして」

そして世界も水を飲み干すとシンクにグラスを置きに行き、手を後ろ手に組んだまま私の目の前にしゃがみ込んだ。

「なに……?どうしたの?」

「梅子さん、両手だして?」

「え?」

「いいから。はやく」 

「うん」

言われるがままに両手を差し出すと、世界が形の良い唇を引きあげた。

「はい。ちょっと遅れたけど誕生日プレゼント」

掌にそっと乗せられたのは、犬の形をした目覚まし時計だった。

「わぁ……可愛いっ、ありがとう」

黒毛に切れ長の瞳の犬がおすわりをしていてお腹の部分が文字盤になっている。その姿はどこか意地悪でどこかの噛みつきワンコによく似ている。

「ん……あれ?この子……世界くんに似てる……?」

すぐに世界が自慢げに鼻を鳴らした。

「わざわざ似てるからネットで取り寄せたんすよ。これなら朝一番に俺思い出すでしょ?で夜寝る前にタイマーセットするから、その時も俺のこと思い出すっていう一石二鳥の目覚まし時計っす。てことで朝から晩まで死ぬ気で、俺のことだけ考えとけよ」

「相変わらずめちゃくちゃね……」

私はじっと犬の目覚まし時計を眺めた。

「これは……噛んだりしないわよね?」

私が眉を顰めるのを見て世界がクククッと笑う。

「あ、その機能欲しかったんすけどねー。俺の代わりに毎日梅子さんに噛み痕つけといてくれるやつ」

「ちょっと、恐ろしい事いわないでよっ」

「ぷっ、でもいい機能ついてんの。鳴ったらここ押してみて?」

世界がアラームを1分後にセットするとにんまり笑った。時計の秒針がゆっくり一周するとピピピピッとアラームがなる。

私は言われた通り犬の頭の部分をちょこんと押した。

──『梅子さん起きた?朝だよ!今日も好きです』

押した途端に目覚まし時計から聞こえてきた声は間違いなく世界の声だ。すぐに顔が熱くなる。

「えっと……こ、これって……録音できるの?」

世界が満足そうに笑った。

「そうっすよ。どう?」

「ど……どうって……」

「ツボっすね。そんな真っ赤になってくれんだ?」

世界にのぞき込まれれば耳まで熱くなる。

「いまなら、録音し直すけど?愛してる、に変更しとこっか?」

「い、いっ……大丈夫」

世界は平然としているが、私は世界から面と向かって愛してると言われれば、嬉しすぎてくすぐったい。

「ふっ……さっきベッドの上ではちゃんと俺にも愛してるっていってくれたくせに、そんなに俺から言われたら恥ずかしいんすか?」

「……恥ずかしいものは恥ずかしいの……う、嬉しくて……」

素直に言葉に出せば今度はものすごい勢いで世界が口元を覆った。

「え?世界くん?」

「あー、マジで見ないでください、今俺なんかめちゃくちゃ嬉しくて恥ずかしいんで」

みれば世界は月明かりの中、耳まで真っ赤にしているのが見えた。

「世界くんも照れるのね」

私がクスクス笑うのを眺めながら世界が口を尖らせた。

「そうですよ。梅子さんのせいだからね。マジで結局いっつも……梅子さんの想うツボだし」

その言葉に私の目は大きくなる。

「ちょっと、世界くんの想うツボでしょ?」

「は?梅子さんが俺の言うことだけ聞いて、俺の言う通りになったことあります?結局俺が梅子さんに転がされてんのっ」

世界が私の額をこつんと突いてからすぐに意地悪く笑う。 

「どっちがツボなんすかね?多分どっちもツボっすね」

「え?なによそれ?なぞなぞみたいね」

「ようは、俺らは愛し合ってるってことっすね」

「なっ……なんてこと言うのよ」

「誓いのキスしよ。はい。黙って目つぶって」

子どもみたいにニカっと笑った世界の笑顔に見惚れてしまう。そっと目を瞑れば世界の唇がそっと触れるだけのキスをおとす。

ゆっくり見つめ合ったまま顔を離せば世界が真面目な顔をした。


「必ず帰るから。俺のこと待ってて」

「うん……迎えにきて。ずっと待ってるから」

そして月明かりの仄かな優しいあかりに照らされながら、私達は永遠を誓うように長く甘いキスをした。

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