日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ

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20.蒼き楽園

心の距離

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その日も、レイと桜はホノルルの図書館にいた。
昨日と同じ中庭。けれど、空の色も、風の音も、どこか違って感じられるのは、ふたりの間に流れる空気が変わったからだろう。

「これ、母が書いた演説草稿なの。アジア連帯についての初期案で、結局は採用されなかったけど……」

桜が差し出したのは、古びた原稿用紙の束だった。
丁寧な文字。凛とした筆跡。
その中には、レイの掲げる理念と近い思想がいくつも潜んでいた。

「“声なき国を捨てては、声ある国の正義も薄れる”……。これは、僕が最近使ったフレーズと酷似してる」

「母はね、かつてあなたのお祖父様──蒼月直継さんと一度だけ言葉を交わしたことがあるって。『正義は一方的なものじゃない』って、言われたんですって」

「……そうだったのか」

桜の母は、日本ではあまり知られていないが、国際舞台で一定の影響力を持っていた“思想を語れる政治家”だった。
その娘もまた、知性と誇りを兼ね備えた存在として、いまレイの目の前にいる。

レイは不思議だった。
これまで、どれだけ多くの大人と対話してきたか知れない。
誰にも屈せず、論破し、導き、時に黙らせることさえできた。

だが──
桜の前では、自分が“何者かになろう”とする必要がなかった。

「……ねぇ、レイくん」

初めて“くん”付けで呼ばれたことに、レイは一瞬だけ目を見開いた。

「あなたって、いつも“国”とか“世界”とかの未来を考えてるけど……自分自身の未来って、どう思ってるの?」

「自分自身の、未来……?」

問いは予想外だった。
だが、刺さった。

「うまく言えないけど……私は、世界のために生きるあなたを尊敬してる。
でも、それと同じくらい、“あなたがあなたの人生を大切にしてほしい”とも思うの」

レイは目を伏せた。

彼にとって“未来”は、常に“国の未来”“世界の未来”であって、自分の人生をどうするかなど考える余地すらなかった。
時間は有限で、命もまた、誰かのために燃やすものだと思っていた。

「……考えたことが、ない。正直に言うと」

「じゃあ、これから考えて。少しずつでいいから。
私、あなたに“幸せになってほしい”と思ってる。
たとえば……おいしい物を食べたり、景色を見たり、誰かを好きになったり」

その最後の言葉が、空気を少しだけ変えた。

レイは、顔を上げる。

桜の目は真っ直ぐだった。
そこに下心はない。ただ、純粋な願いがある。

「……君は、変わってるね」

「よく言われます」

「でも……嫌いじゃないよ。そういうの」

風がまた吹いた。
沈黙の中で、ふたりは互いの呼吸だけを感じていた。

距離は、ほんの数十センチ。
だが、心の距離は、今まさに──手の届くところにあった。
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