維新竹取物語〜土方歳三とかぐや姫の物語〜

柳井梁

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第15章 前世と来世

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お幸とは同性で年が近いということもあり、打ち解けるのに左程時間はかからなかった。

今もこうやって一緒に台所で食事を作っているのだから。

「近藤先生は女中を雇うとおっしゃってくれるのだけど…。」

どうしても近藤の為にご飯を作りたいと慣れない手つきで一生懸命の食事の支度をするお幸は健気であった。

「近藤先生がそれを聞いたら泣いて喜ぶよ。」

ちょっとお幸をからかうと顔を赤くして、しかしちょっとだけ嬉しそうに顔を俯かせた。


ガラガラ、と入り口の扉が開く音がする。

お幸は薫に堪忍、と一言だけ呟くと小走りで玄関へ向かっていった。

お幸を身請けしてからというもの、

近藤はほぼ毎日休息所に帰って来て心身ともに安らぐ場を見つけたようであった。

薫は一人残されてそんなことを考えながら、夕飯の支度を整えていく。

「薫君!…薫君!」

家の奥から近藤の薫を呼ぶ声がして、慌てて居間の方へ向かうと、近藤の腕の中で倒れるお幸の姿があった。

「薫君、悪いが急いで医者を呼んではくれないか。」

「わ、わかりました!」

薫は取るものもとりあえず、休息所を飛び出し医者の元へ駆けだした。



鹿威しが鳴る。

水が水面を叩く音は絶えず流れるが、それ以外の音は無に等しい。

それほどまでに、薫の眼前に横たわる女の息の根は弱弱しかった。

お幸は持病があるらしく、休息所に移ってからというもの落ち着いていたがまたそれがぶり返したようだ。

医者は手の施しようがなかったらしく、発作が落ち着くという薬を気休めに置いて行くだけだった。


お幸の額に粒のような汗が伝う度に、近藤は不器用なその手でそれを拭った。

近藤の為に作っていた夕飯は結局お幸の滋養をつけるための食事に変貌を遂げた。

薫は近藤とお幸の間に卵とじのおじやを置くと、静かに立ち上がろうとした。

「薫君。」

近藤の呼び止める声に、薫はその足を止めた。

「悪いが、今日は一晩ここに泊まってくれないか。

私もお幸の看病をしてやりたいのだが、今日は生憎屯所に詰めねばならぬ用事ができてしまって…。」

申し訳なさそうな近藤の姿に薫は二つ返事で承諾した。

近藤も新選組の局長である。

愛している女の傍にばかりいられる身の上ではない。

きっとそれはお幸も承知のはずだ。



近藤が屯所に戻ってから幾ばくか経った頃、お幸は目を覚ました。

医者からの薬を煎じて飲ませ、ちょうど人肌に冷えたおじやを匙で掬って食べさせる。

「薫ちゃん、堪忍な。」

お幸の背中を薫は腕で支えながら、大丈夫よと答えた。



小さい背中。

少し力を入れれば壊れてしまうのはないかと思うほど、その体は脆く感じられた。



「もうあかんな。」

「弱気になっちゃダメよ。」

弱弱しくお幸は首を横に振る。

「自分のことは自分が一番わかる。」

「もう少し食べて。力をつけないと、良くなるものも良くならないから。」

薫は茶碗からおじやを掬いあげ、お幸の口元に差し出したが、

その気力すらお幸にはないのか、食べようとしない。

「薫ちゃん。一つだけ頼み事聞いてくれるやろか。」

鼻の奥がツーンとして、今にも涙がこぼれそうになるのを必死にこらえて、薫は何?と聞き返した。

「うちの妹が、京の女郎屋におるんや。一目会いたいわぁ。」

お幸はそう言うと、力を振り絞って薫の差し出したおじやに食らいついた。

そして、何度も何度も噛みしめて、お幸は喉を上下に動かしてそれを飲み込む。

「わかった。探し出して、必ずここに連れてくるから。」

お幸は薫の言葉に安心したのか、それから間もなく眠りについた。

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