維新竹取物語〜土方歳三とかぐや姫の物語〜

柳井梁

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第18章 幸せの定義

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お正月の三が日。

竈の神様を休ませるために、竈に火を入れることはできない。

だから、食べる料理も保存食のようなものばかりで味も素っ気ない。

いつものように夜の明けぬうちから起きなくて済むのは助かるけれど、

正月お構いなしで朝から晩まで働く土方を尻目にゴロゴロすることはできなかった。

仕方がない、とでも言わんばかりに自分や土方の着物の繕いをすることにした。


「暇なのか。」


書類仕事の手を止めて、土方は珍しく薫の方を向いて言った。

いつもは仕事の手を止めることなんてなかったのに。

薫は驚いて思わず針で自分の手を刺してしまった。

「いてっ。あ、暇というかお休みをいただいているというか。」

「初詣にでも行ってきたらどうだ。」

「初詣…。一人で、ですか?」

そう言うと、意地悪な笑顔を浮かべた土方は腕を組んだ。

「なんだ、一緒に行ってやろうか。」

「け、結構です。」



先達ての抱擁が突然思い出されて顔が真っ赤になるのがわかる。

そんなのを見られたくないと、薫は土方に背を向けた。

「俺ァ驚いたぜ。」

ほじくられたくない昔の話を土方はここぞとばかりに突いてくる。

「もう、やめてください。土方さんだって、同じですから!」

「俺はお前にしか聞こえない声で言ったからな。

あの後の齋藤を想うと可哀そうでしょうがねえ。」

「もう二度と言いませんから…ってちょっと!」

薫に覆いかぶさるように土方は後ろから薫を抱きすくめた。

「もう一遍言ってやろうか。」

色っぽい声で囁かれれば、背中がぞくぞくする感覚を覚える。

「か、からかわないで!私は本気ですから!」

「俺だって、本気だ。」

土方の鼻が首筋に触れてくすぐったい。

抵抗しようと体をくねらせるが、土方の強い腕からは離れられない。



土方に押し倒されそうになったとき、廊下の敷板がきしむ音がした。

薫は文字通り飛び起きて土方を両手で突き飛ばす。

「トシ、今いいか。」

近藤が土方の部屋の障子を開けたときには文机に向かう土方と繕い物に精を出す薫の姿に戻っていた。

「どうしたんだい。」

「伊東先生と永倉君と齋藤君が元日に島原に行ったっきり戻ってきてないんだ。

何か知らないか。」

深刻そうに眉尻を下げた近藤は土方の隣に腰を下ろした。

「いや、俺ァ何も聞いてねえな。」

「そうだろう。

いくら正月とはいえ、勝手に“居続け”されたら他の隊士に示しがつかん。」

「永倉に齋藤もいるんだ。

伊東も馬鹿な真似はしめえよ。」

「副長、逆じゃないんでしょうか。」

「逆?」

苛立ちをこめた声で土方は尋ねた。

「永倉先生と齋藤先生がいるから、伊東先生は強く出ておられるのでは…。」

「世話の焼ける…。」

「俺が行こう。」

「近藤さんは駄目だ。

…薫、連れ戻して来い。」

「私がですか?」

「暇なんだろ。」

「ひ、暇ですけどあまり齋藤先生にも伊東先生にも会いたくないです。」

「帰ってこなければ切腹、それだけ伝えて帰ってこい。」

「トシ、それは些か…。」

「大丈夫だ、三人は必ず帰ってくる。」

土方は不安がる近藤を前にして妙な自信を浮かべ、薫を追い立てた。
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