ちょっとだけ切ない短編集

北きつね

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何度でもあの子を愛する

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 塾の帰り道、公衆電話で親友が電話をかける。
 そして、少しだけ話をして僕に受話器を渡す。

 僕は、誰だろうと思って受話器に耳を当てる。

 最初は何も聞こえない。
 永遠に思える5秒間が過ぎた。

 親友は少し離れた所に居る。相手が誰か聞く前に離れてしまった。

 僕は、勇気を振り絞って話しかける

「もしもし。静間しずま誠司せいじだけど?」

 相手の息遣いが聞こえてくる。小さな吐息のようだ。
 僕が緊張しているように、相手も緊張しているのだろうか?

「ねぇ。誠司くん。まだ私の事、好き?」

 え?
 この声は・・・。間違えるはずがない。あの子だ。

「え・・・。あっ」

 僕は、驚いて電話を切ってしまった。
 あの子の電話番号は指が覚えている。ダイヤルしたことはないが、何度も何度も何度も、それこそ最後の数字を回すまでダイヤルしている。掛け直す事はできる。100円玉を持っている。今ならあの子が間違いなく出てくれる。
 でも・・・。ダメだ。僕はあの子を好きになってはダメだ。
 僕があの子を好きだと言ったばかりに・・・あの子は・・・。僕の責任だ。

 親友や友達の声が聞こえるが、僕は構わず夜の田舎道を自転車で走る。
 電灯も付けないで、危ないとは思いながらも何も考えたくなかった。このまま死んでしまってもいいと思っていた。

 いつの間にか、あの子と初めて会って愛を知った場所に来ていた。

 僕には、心配してくれる人が居ない。このまま夜の海と混ざり溶けてしまいたい。父と母と弟と祖父母が待っている場所に行けるのならそれもいいかと思ってしまう。

 儂はどこで間違えてしまったのだ。
 あの電話からすべてが始まって・・・。すべてが終わった。

 多分、儂は明日死ぬのだろう。長く生きた。明日は、儂とあの子の誕生日だ。98回目の誕生日を迎える。11歳のときには家族で祝った。12歳から一人で祝う事になってしまった。13歳の時に親友とあの子が祝ってくれた。14歳からまた一人で祝う事になった。15歳から友達からの誘いもなくなった。それから、83回。儂はあの子の誕生日を祝い続けた。

 あの子は、儂との電話の後であの子はいなくなってしまった。部活の先輩たちに呼び出された事がわかっているのだが、そこで消息がわからなくなった。あの子は居なくなってしまったのだ。
 儂が電話を続けたら・・・。違う電話を切ってすぐにあの子の家に言っていれば・・・。

 儂は死ぬまで生きよう。
 儂を置いていって先に勝手に死んでいった親友を恨む気持ちはなかった。親友が教えてくれた真実。あの子を虐めていた奴の名前。虐めていた理由。そして最後の夜に電話をかけた理由。儂を置いていった親友は儂の15歳の誕生日の前日にすべてを教えてくれた。そして、翌日に勝手に事故で死んでいった。

 あの子が帰ってくる家を守る為に儂は家族の残してくれた遺産を使ってあの子の家を買った。儂にはそれが当然のことだと思えた。
 あの子の帰ってくるべき場所を守る事が、あの子を守る事ができなかった儂の役目だと思ったのだ。

 儂を迎えに来てくれるのは誰かわからない。
 だが確実に明日だろう。今晩目を閉じたら、明日には死んでいるのだろう。もう指を動かすのも難しい。
 意識だけははっきりとしていく、どんどん・・・。昔の事を思い出す。

---

 15歳で死んでしまった親友の顔が目の前に・・・。
 儂は親友から渡された受話器を受け取る。

 親友と友達たちは、儂から距離を取る。

 受話器に耳を付ける。
 夢で何度も聞いたあの子の吐息だ!夢かもしれない。

 でも!

「もしもし。静間しずま誠司せいじだけど?朝日だよね?」

「え?あっうん!なんで、私だと思ったの?」

「わ・・・。僕は、君のことを忘れた事がなかった!今日、どこにも行かないよね?」

「え?うん。もう塾にも行ったし・・・」

「そう。よかった・・・」

 通話の残り時間が少なくなった事を告げる音がなる。

「あのね。私・・・。ううん。ねぇ誠司くん。私の事・・・。まだ好きで居てくれる?」

「もちろんだよ。去年の様に、朝日と誕生日を過ごしたいよ」

 言えた。
 儂は言えなかったセリフがやっと言えた。これで、あの子は・・・。

 まだ、あの子と話をしていたい。
 100円玉を入れようか迷っている。

「そう・・・。あっ誰か来たみたい。ごめんね。また学校でね!」

「うん。おやすみ」

「おやすみ。ありがとう。私も誠司くんが好き」

 儂は受話器を置いた。
 親友が儂を見てニヤついている。そして、別れの言葉を口にした。

 誰も居ない家に帰ったが今日は家が暖かだった。
 儂は、あの子を救えた。満足感を持って眠る事ができる。やっと、やっと長い長い長い悪夢から・・・・。

 翌日、あの子の死体が儂とあの子が初めて会った場所で見つかった。
 自殺だと判断された。

 また、儂の前からあの子はいなくなった。確かに、また学校で・・・と、あの子は儂に言った。儂は確かに聞いた。儂のことを好きと言ってくれた。学校で待っていれば、あの子に会える。

 翌年、儂は学校を卒業してしまう。
 それでは、あの子を待てなくなる。学校を卒業時に学校内にある用務員になる事にした。ここで、あの子を待っていればいい。儂が待っていれば、あの子は学校に来てくれる。あの子が学校に来た時に誰も居ないのでは寂しいだろう。だから、儂だけでも待っている事にする。

 18歳の誕生日の前日に親友が訪ねてきた。
 高校が卒業できそうだとそして儂にいつまで待っているのかとわかりきった事を聞いてきた。あの子が死んだと親友は儂に伝えた。儂は知っていると答えた。親友はそれならなぜ待つのかと儂に聞いた。儂はそれがあの子との約束だからと答えた。
 そして、親友は今まで言えなかったといいながら、前のときには15歳の誕生日の前日に話してくれた事を教えてくれた。儂は、初めて聞いた感じで親友の告白を聞いた。そして、彼女は自殺では無いかもしれない・・・。先輩たちに殺されたのかもしれないと言ってきた。儂にとってはどうでもいいことだ。
 儂は、親友に話してくれて”ありがとう”とだけ告げる。そして、儂はこれからも”学校であの子を待つ”と伝えた。親友には帰ってもらう。もう儂とは生きている時間軸が違うのだ。儂は、あの子を待つしか無い人間なのだ。親友は、15歳の時に事故で死ななかった。

 それから一週間後に警察が訪ねてきた。
 親友が殺されたのだが何か知っているかと・・・。聞いてきた。儂は、知っていることを全部話した。

 あれから、80年。儂は、明日死ぬだろう。親友を殺した犯人はすぐに捕まった。あの子を虐めていた先輩の親の一人だった。理由は覚えていない。なぜ、親友が殺される必要があったのか?儂に知らせてくれる人は誰も居なかった。儂も積極的に聞こうとはしなかった。

 儂は、誰も救えない愚か者だ。
 あの子がいなくなってしまった時から時間が停まってしまう生きる屍だ。
 それでも、98歳まで生きる事ができた。でも、彼女は学校に現れなかった。約束を守ってもらえなかった。

 前回と合わせると、196回目の誕生日だ。あの子と一緒に祝う事ができないが、あの子も一緒に祝おう。
 明日は祝う事ができないだろう。

 もう立つこともできない。
 朝から意識だけがはっきりとしていって、身体が徐々に動かなくなっていく、あの時と一緒だ。

 今度は、今度こそは、あの子を救ってみせる。

---

 この感じは間違いない。
 3回目だ。

 親友が俺に受話器を渡そうとする。わかっている。あの子だ。

 儂は受話器を受け取ってすぐに話を始める。

「もしもし。静間しずま誠司せいじだけど?朝日だよね?」

「え?あっうん!なんで、私だと思ったの?」

「朝日。今日誰かと会う約束している?」

「ううん。してないよ。ごめん。私が、誠司くんの声を聞きたかったから、無理を言っちゃった」

 電話が切れそうな音がすると、あの子にも聞こえてしまう。
 ポケットから100円玉を取り出して投入する。

 あの子に言われる前に言おうと思っている。

「そんな事は無いよ。僕も嬉しい。朝日」

「なに?」

「僕、朝日のことを好きで居ていい?朝日貴子のことを忘れる事ができないよ。今でも好きだ」

「え?・・・。あっ・・・。うん・・・。あのね。今日、誠司くんにそれを聞こうと思っていたの?私のことをまだ好きで居てくれるのなら、私・・・。頑張れる」

「頑張らなくていいよ。僕が、朝日を・・・。貴子を守る。だから、僕を頼って!お願い」

「うん。うん。うん。ありがとう。誠司くん。また明日・・・。学校でね」

 あの子の声が涙声になる。
 これが正しかったのだ。儂はもう間違えては居ない。

「貴子。明日、家まで迎えに行っていい?自転車を停めさせて欲しいけどダメか?」

 あの子は、電話口を抑えて何か話している。

「大丈夫だって、明日待っているね」

「うん!朝、迎えに行くよ」

「うん。待っている」

 翌日、あの子を迎えに行った。
 一緒に学校に行った。そして、学校が終わって、あの子の部活が終わるのを待って一緒に帰った。あの子の家で夕ご飯をごちそうになって帰った。

 初めて14歳の誕生日をあの子と一緒に彼女の両親に祝ってもらえた。
 15歳の誕生日の前日に、あの子がいなくなった。

 あの子の両親も知らないと言っている。
 15歳の誕生日はあの子を探して過ごしていた。16歳の誕生日のときにもあの子を探している。両親はすでに諦めたのか、喧嘩する日々が続いてついに離婚して町を出ていってしまった。
 17歳の誕生日もあの子を探した。18歳/19歳の誕生日も探したが見つからない。20歳の誕生日の前日に警察が訪ねてきた。

 親友が先輩の一人を殺した・・・と、警察が教えてくれた。
 儂が関係しているのだと・・・。そして、親友は逃げられないと思って、儂に手紙を残して自殺した。

 親友は、儂の為にあの子の消息を探していた。正確には、あの子の死体を探していた。そして、先輩たちがあの子を殺したと知って、先輩たちに死体の隠し場所を教えるように詰め寄った。そして、先輩の一人を殺してしまったのだ。先輩たちの供述通りにあの子の死体も見つかったそうだ。儂が見つけられなかったあの子を親友が見つけてくれた。儂は、初めて”いなくなったあの子”と対面する事ができた。儂が望んだ結果ではなかったのだが・・・。

 儂はそれから78年間生きた。
 毎年、あの子と親友の誕生日を祝いながら過ごしていた。

 もういいよね?
 儂は・・・。あの子がいなくなった・・・。世界から解き放たれた。

 明日が98回目の誕生日だ。
 儂は満足して・・・死んでいける。あの子と親友が待つ、初めて待っていてくれると思う事ができる場所に行く事ができる。

 朝から意識が混濁してきた。
 身体もうまく動かない。明日は迎えられないだろう。98回目の誕生日の前に・・・。

---

 まだ儂にできる事があるのか?
 なぜ・・・。満足したのに、逝かせてくれない!

 あの子を愛して、あの子の事を考えながら、あの子の所に行くことを許してくれない!

 違う!

 今回はまだ塾に居る。時間が違う。
 終わったら、親友が駄菓子屋でゲームをしようと誘ってくれる。それを受けて、駄菓子屋に行くと儂がゲームしている最中に親友はあの子に電話をかける。あの子に頼まれていたそうだ。いじめで苦しんでいたあの子は儂に助けを求めてきたのだ。
 儂があの子の事が好きだと先輩に言ってしまったばかりに、あの子がいじめられていた。部活でひどい仕打ちを受けていた。やがて先輩からのいじめだけではなく同級生からのいじめにも発展した。

 1回目は、儂が電話を切ってしまったからあの子は救われない気持ちになって死を選んだ。
 2回目は、儂が気持ちを伝えてあの子は勇気を持って、訪ねてきた先輩たちに立ち向かった。それが許せなかった先輩たちはあの子を海に突き落としてしまった。
 3回目は、儂が積極的にあの子をつなぎとめた為に、あの子の親が訪ねてきた先輩たちを追い返した。儂と一緒に居て誰が正しいのか解っていじめが終息した。しかし、悪い方向に転んでしまった先輩たちは悪い仲間と一緒になってあの子を殺した。ただ、少しの金が欲しかったという最低な理由で・・・。

 それなら話は簡単だ。儂が、先輩たちを止めればいい。殺してしまっても構わない。

 塾が終わった。親友が誘う前に儂は違う話をする。

まなぶ!貴子に電話してくれ、そして誰が来てもついていくなと言ってくれ!」

「誠司!なんで、知っている!」

「いいから頼む!」

 3回目で何度も通ったあの子の家は覚えている。

 暗くなった道を進む。
 次の信号を右折して50mも進めばあの子の家が見える。

 やはり!
 先輩たちの姿が見える。全部で5人。2回目に親友から聞いた話と同じだ。

 彼女を連れ出して、海に落とすのだろう。

「やめろぉぉぉぉぉ!!!!」

 自転車で先輩たちの中に突っ込む。
 それからの事は覚えていない。儂は、警察に居る現行犯で逮捕されたのだ。先輩たちの中にナイフを持っていた者が居た、儂の脇腹を刺したようだ。儂は、そのナイフを奪って先輩の目を切りつけて、二人の目を失明に追いやって、一人の右腕を使えなくして、一人の左足を使えなくして、一人の子宮を刺して殺したのだと言われた。全部覚えていなかったが、全部認めた。これで、あの子が救われると思った。

 儂はすべての罪を認めた。
 儂は自分が刺された事やナイフは相手が持っていた物だった事が考慮されて、懲役18年の実刑判決を受けた。上告しないで刑を受け入れた。

 親友が何度か会いに来てくれた。
 しかし、親友は儂の15歳の誕生日の前日に事故死してしまった。
 原付きに乗っての事故だ。1回目と同じ結果になった。最後に、親友は儂に教えてくれた、あの子のいじめもなくなって今では学校に毎日来ていると・・・。

 模範囚となった儂は18年を15年に短縮して刑務所に出た。
 殺してしまった先輩の墓参りには行かない。行くつもりも無い。彼女たちは、あの子を3回殺しているのだ。

 儂のことなど世間は忘れてしまっている。
 儂もそれでいいと思っていた。ただ、あの子の事だけが気になっていた。しかし、あの子の前から居なくなった儂が現れるのは良くないだろう。儂はあの子に待っている必要がないと告げたのだ。

 儂は、全てを忘れるために、東京に出た。
 刑務所の中で知り合った人が探偵をやっていると聞いて頼ったのだ。長く生きただけあって、いろいろな知識は持っている。特に、刑務所の中で倣ったプログラムは何度か経験していた事なので、一般の人よりは知識があった。記憶力もよく98歳までに発生することをある程度は覚えていた。相談を受けながら、ネットワークを使った探偵を行っていた。

「シズさん」

「ん?」

「いえ、大丈夫です。もう侵入したのですね」

「データだけでいいよな?」

 合法だと思えることをしていた。
 セキュリティの脆弱性を突いてデータを閲覧できる状態にする。後は、依頼主に閲覧方法を教える。数年で、98歳までは何もしないで生きていける金額を稼ぐ事ができた。株の投資もうまくいった。当然だ。ある程度は同じ事が発生する。微妙に違っている所があるが流れは同じなのだ。

「シズさん。本当に、今日で辞めちゃうの?」

「もう、明日で40だからな。そろそろ引退だよ」

「まだ若いですよ。これからどうするのですか?」

「そうだな。適当に過ごすよ」

「世捨て人になるには早いと思いますよ」

 探偵に誘ってくれた恩人に別れを告げた。身体一つでいろんな所に行ってみよう。

 100円玉を指で弾く。3回目に彼女を繋ぎ止めた100円玉だ。

 表が出た。
 新宿駅に向かおう。

 できたばかりのバスタ新宿から100円玉が示したバスに乗ろうと考えた。

 新宿駅の西口から南口に歩く、新宿の街は好きだ。
 雑踏がすべてを洗い流してくれる。急いでいるようで変わらない街。変わっているが何も変わらない街。

 新宿南口近く交差点で信号が変わるのを待っている。目の前にあるバスタに行くためだ。
 100円玉が信号を渡るように出たのだ。

 信号が変わった、我先に行き交う人。人の流れを止めないように歩く。
 渡りきろうとした時に、後ろから二人の子供に押される格好になってしまった。12-3歳だろうか?もしかしたらもう少し大きいかもしれない。

 元気な男の子だ。押されはしたが怪我をしたわけではない。サングラスをした白髪頭の人間が怖かったのだろう、男の子は固まってしまった。

 後ろから母親らしき人が走ってきた。

静間しずま誠司せいじ!謝りなさい」

 懐かしい声に振り向いてしまった。儂のことを呼んだのかと思ったからだ。

 後ろから走ってきた女性が、二人の頭を叩きながら儂の方を見て頭を下げる。

「お怪我はありませんでしたか?申し訳ありません」

 儂が黙っていると、怒っていると思ったのか、子供の頭を抑えながら更に頭を下げる。

「いえ、大丈夫です。お子さんですか?」

「はい。すみません。田舎から遊びに来て帰る間際なのに・・・。こんなに。本当に申し訳ありません。ほら謝って・・・」

「本当に大丈夫ですよ。静岡ですよね。気をつけて帰ってください。それでは・・・(今、幸せですか?)」

「え?あっはい。ありがとうございます」

 女性は儂の顔を見ないで、子供の手を引っ張るような感じでその場を後にした。
 旦那と思われる男性が優しく女性の肩に手を置いて何かを話している。

 子供は女性に手を引かれながら後ろを振り返って少しだけ不思議そうな顔をした。

 子供の声が耳に届く
「ママ。あのおじちゃん泣いているよ。痛かったのかな?」
「いいから急ぐわよ」

 あの子はいなくなってしまったが、儂のやった事は・・・あの子の為になったのだろう。
 よかった。よかった。よかった。これで、儂は本当に死ぬことができる。もう・・・。何も、思い残すことはない。

---

 私達がバスタに到着したのは、予約したバスの出発時刻の10分前の18時15分だった。本当にギリギリだ。バスタの前で、子供たちが怖い人にぶつかってしまって、文句を言われたりしたら間に合わなかったかもしれない。何もなくて本当に良かった。

 バスは順調に進んで足柄SAで休憩を取る。

「アナタ。子供たちをお願い。私、父さんと母さんにお土産を買っていく」
「わかった。静間。誠司。トイレに行ってから何か食べるか?」

「うん!」「やったぁ!」

 旦那も両親も知っている子供の名前の意味。私の心を救ってくれた人。学くんが教えてくれた。なぜ、彼がそんなことをしたのかわからなかった。私は彼を裏切ったのかもしれない。学くんに最後に会った時に教えてくれた彼が自分を忘れてくれと言っていたと・・・。だから、忘れる事にした。でも、忘れられなかった。旦那にプロポーズされた時に全部打ち明けた。そして、産まれた双子に彼の名前を付けた。
 許されない行為だろう。許して欲しいとは思わない。彼がどこに居るのかわからない。探してはダメだと思っている。
 でも、死ぬまでに彼にお礼が言いたい。ただそれだけだ。

”18時20分頃。新宿駅南口で高齢者が運転する車が暴走し歩道にいた男性(40)を跳ねて・・・男性は運ばれた病院で死亡が確認・・・”

 バス中の掲示板に流れたニュースを見る者は居なかった。
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