ちょっとだけ切ない短編集

北きつね

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届いた手紙

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「おばあちゃん!なんかTV局の人が来ているけど?」

「なにごとだい?」

「わからない!でも、なんか・・・。アメリカの人と一緒に来て『”ようすけ”からの手紙を届けに来た』と言っているよ?」

「よ・・・う・・・すけ?」

「え?・・・。あっ・・・。う・・・ん?通していい?」

「離れで待っていてもらってくれ。婆もすぐに行く」

 洋介さん。貴方からの手紙なの?

 もう私は97歳にもなってしまったのよ?
 いつまで待っていればいいの?

---

 おばあちゃんがTVで紹介された。

 でも、そのおばあちゃんは放送を見ること無く息を引き取った。安らかに、本当に眠るように死んでいった。二通の手紙を握りしめていた、最後まで手紙を読んでいたのだろう。
 お医者さんが言うには一切苦しんでいないという事だ。死因も”老衰”と言われた。

 TV局からもお悔やみの言葉が来た。放送を自粛しますか?と言われたが、私が絶対に放送して欲しいと、パパとママを説得した。TV局の人も、おばあちゃんがすでに亡くなってしまった事も紹介すると約束してくれた。葬儀の様子も撮影したいと言ってきた。パパとママは、何度かTV局の人と打ち合わせをして最終的には全部は駄目だが部分的に撮影の許可を出していた。
 番組の冒頭で、おばあちゃんへのお悔やみもテロップで流してくれた。
 丁度1周忌法要の日がTVの放送日だった。

 おばあちゃんは、私が物心つく頃からおばあちゃんだった。
 家の母屋ではなく離れで寝起きしていた。毎朝決まった時間に起きて、家業の浅漬けを作る。そして、朝ごはんを食べてから、店に出るか散歩に出かける。

 子供の頃、おばあちゃんが怖かった。よく怒られたからでもあるがそれ以上におばあちゃんは私を叩いたりしないが甘やかしてくれるだけの存在ではなかった。ママと喧嘩した時におばあちゃんが優しくも厳しく話をしてくれたからだ。ママだけじゃなく家業の店に来ている人を怒鳴っていた。でも、おばあちゃんはすごく優しかった。今なら、おばあちゃんの厳しさは優しさだったこともわかる。
 おばあちゃんは一人でママを育てた。おじいちゃんは戦争に行って帰ってこないと教えられた。おばあちゃんが泣きながら私を殴ったのは戦争の話をおばあちゃんに聞いたときだけだった。

「おじいちゃんはどこで死んじゃったの?」

 この言葉をおばあちゃんに言った時に怒られた。ううん。違う。悲しませてしまった。おばあちゃんはすごく悲しそうな顔をした。

「爺は死んでいないよ。まだ帰ってきていないだけ。だから、婆はまだ死ねない。爺が待っていて欲しいと言って戦争に行ったから婆は待っている。婆以外にも、帰ってくると信じている者は多い。絶対に死んでなんていない。いいかい。それだけは覚えておくのだよ」

 優しく私の胸を叩きながら、おばあちゃんは泣きながら教えてくれた。
 だから、私の家には”おじいちゃんの遺影も無ければ仏壇もない”違う。なかった。今は、誇らしげに笑うおばあちゃんと若い頃のおじいちゃんの写真が並んで家族に笑いかけてくれている。

 おばあちゃんの写真はTV局の人から貰えた。
 すごく可愛くお化粧して、誇らしげに話をしてから悲しいことのはずなのに笑ったおばあちゃん・・・。私には、なんで笑えたのか解らない。おばあちゃんの話を聞いたTV局の人が作ったドラマを見ても、同じ家族なのに・・・。知らなかった事だけではなく知っていた事が混じっている。家族なのに、子供の頃から知っているおばあちゃんの話なのに涙が出てきてしまう。

 そんな話なのに、おばあちゃんは涙どころか辛そうな顔を見せないで笑っている。痛々しい笑顔ではない。心の底から嬉しくてしょうがないという笑顔なのだ。

 おばあちゃんの葬儀は、近親者だけで行う事になった。

 TV局の人がどうしても手紙の朗読をして欲しいと言ってきた。パパもママも反対しなかった。弟が最初は2つの手紙を読み上げる予定だったのだが、ママから私も読んだ方が、おばあちゃんが喜ぶと言われて、私も読み上げる事になった。私が最初におばあちゃんが持っていた手紙を読み上げて、アメリカの人が持ってきてくれた手紙を弟が読み上げる事になった。
 おばあちゃんが持っていた手紙は2通だ。赤い手紙と、和紙に書かれたくしゃくしゃになってしまっている手紙。

 私が初めておばあちゃんの手紙を知ったのはいつだった思い出せない。おばあちゃんはそのくらい手紙をいつも読んでいた。
 そして、赤い手紙が”帝国陸軍からの召集令状”だ。歴史の授業で習って初めて知った”赤紙”だ。実物をおばあちゃんが持っていた。大切に大切に保管していたのだ。もう一通がおじいちゃんからおばあちゃんに宛てた手紙だ。

 私には読めなかった。学校の先生にお願いして教えてもらった。読みやすい文章にしてもらった。その時に、私が国語のことが苦手だとばれてしまって笑われながら先生にいろいろ教えてもらった。

---
みさとへ

私は明日戦地に向かう。
君を守るためだ。今、この国は狂っている。漁師や農家から道具を取り上げて人を殺すための道具を作っている。そんな国に未来があるとは思えない。
でも、私は戦地に向かう。
君を守るためだ。

私は死なない。国の為に命を散らすなんてまっぴらだ。私は、みさと、君のために戦う。君が平穏に笑って過ごせる場所を作ることだけを考えている。私は生きて必ず君の所に戻る。

本当に勝手な話だが待っていてくれないだろうか?
家なんて捨てていい。私の父も母も君には辛く当たらないだろう。でも、辛かったら逃げ出してくれ。
私は君が笑って過ごしてくれる事だけを考えている。

みさとと出会えてよかった。
1ヶ月だけだったがみさとと過ごせてよかった。

・・・・・・・
---

 私がおじいちゃんからの手紙を読み上げると参列者からすすり泣く声が聞こえた。私には何が正しいのかわからない。先生にも”すごく綺麗な字で素敵な手紙”だと言われた。会ったことがないおじいちゃんのことなのにすごくすごく誇らしかった。

 私が読み終わると弟がアメリカのマークと名乗った人が持ってきた手紙を読み上げる。

---
みさとへ

約束を果たせそうにない。
私が乗った船が攻撃された。もうすぐ沈むだろう。

みさと。
今度は私が待つことにする。だが、急いでこないでくれ、この戦争はもうすぐ終わるだろう。平和な世の中になるだろう。

みさと。
日本国がどう変わったのか私に教えてくれ、だから急がなくていい。
私は、みさとが来るまで閻魔様に逆らってでも待っている。

みさと。
愛している。
もう私を待たなくていい。
約束が守れなくて悪かった。

洋介
---

 マークさんはおばあちゃんを見て最初に日本語で”遅くなってごめんなさい”と謝ってくれた。
 おばあちゃんはそんなマークさんの謝罪を聞いて、”いえ・・・。持ってきてくれて、ありがとうございます”とだけ答えた。

 TV局の人は、おばあちゃんとマークさんだけで話をする事を望んでいたようだが、おばあちゃんとマークさんが孫である私と弟には話を聞かせたいと言ってくれて、TVには映らない位置で二人の話を聞くことになった。

 おじいちゃんが乗った船を攻撃したのは”味方のはずの日本”の船だった。マークさんが話してくれた事なので本当の事はわからない。
 おばあちゃんはマークさんからの話を黙って聞いていた。島を攻撃されたおじいちゃんたちはアメリカに投降しようとしていたらしい。絶対に生きて帰ってくるという考えだったのだろう。その場所に居た半数以上の日本兵と沢山の民間人を船に乗せてアメリカに白旗を振りながら投降しようとした。おじいちゃんたちの行いが許せない人たちがいて背中から撃たれた格好になった。
 戦争の事なんか手紙には何も書かれていなかった。全部マークさんが教えてくれた。マークさんは私と弟を見て”自分はアメリカ人で当時戦争していた者だ、自分の話は自分が感じた事だからそのまま信じないでください”と言われた。おばあちゃんは黙ってうなずいていた。

 船が沈みそうになっているのに気がついたアメリカ軍が救助してくれた。沈みかけていた船の中で裏切り者が居て救助のために乗り込んできたアメリカ兵に銃を向けた者が居た。
 標的になったマークさんを助けたのがおじいちゃんだった。民間人を助けてくれたアメリカに対する義理だと片言の英語で言ったようだ。
 裏切り者はその場で日本兵に殺された。殺した日本兵も自害してしまったらしい。おじいちゃんも撃たれて瀕死の状態だった・・と、教えてくれた。

 マークさんは死んでいくおじいちゃんに手紙を渡された。日本語が読めなかったマークさんは手紙を受け取ったがどうしていいのかわからなくて、届けるのが遅くなってしまったということだった。
 戦争が終わって本国に帰ったマークさんは手紙の事を思い出しておじいちゃんたちが命がけで助けた民間人を探しておじいちゃんの手紙を渡してもらおうかと思ったのだが、徴用された者ばかりでおじいちゃんの事を知る者は居なかった。自分たちの事で必死になる民間人よりは自分が・・・。託された自分が探すべきだと思ってマークさんは日本語を勉強して手紙を届けてくれたのだ。

 TVの放送を見て、時代背景や当時の様子なんかもわかった。歴史の授業では教えられなかったこともいろいろ知ることができた。

 マークさんは帰るときに、私を見て名前を聞いてくれた。

「アナタの名前を教えてくれますか?」

「私はサクラと言います」

 名前を素直に答えた。少しだけ片言になったのは緊張していたからだ。
 マークさんは少しだけ驚いた顔をした。

「そうですか・・・。私の孫娘も”サクラ”と言います」

「え?」

「私が日本のことばかりを話すので、息子もすっかり日本のことが好きになってしまって、娘に日本の代表的な花の名前を付けたのですよ。おかげで孫娘は、日本人だと勘違いされていますよ」

「ハハハ」

 笑うしかなかった。

「よかったら孫娘と友達になってください」

「え?」

「孫娘は日本の大学に入ると言って今勉強しているのですよ」

「そうなのですか?・・・・。そうだ、私のメールアドレスを教えますので、よかったらメールしてください!英語は苦手ですががんばります!」

「大丈夫ですよ。孫娘は私以上に日本のことが好きで日本のアニメやドラマも日本語で見ますからね」

「それなら良かった・・・。でも、私も英語を勉強したいな・・・。苦手だから・・・」

「ハハハ。それなら、孫娘には時々英語で話すように言っておきますよ」

「お願いします!」

 差し出されたマークさんの手を握った。
 ゴツゴツしていたけど優しい手だった。もし、おじいちゃんが生きていたらこんな手だったのかもしれないと考えたら涙が溢れてきた。

 少しだけ慌てたマークさんの顔が忘れられなかった。

 サクラとのメール交換はすぐに始まった。本当に、日本人と話しているような感じだった。好きなアニメも同じだったし年齢も同じだった。すぐに友達になった。私の英語の成績が上がったのをサクラに話したら笑われた。

 おじいちゃんが残した手紙はおばあちゃんの生きるための理由だったのだろう。
 マークさんが持ってきてくれた手紙はおばあちゃんのすべてだったのだろう。

 そして今私はおじいちゃんが繋いでくれた縁からサクラとメールのやり取りをしている。
 これも手紙なのだろうか?

 おじいちゃんの手紙の原本はおばあちゃんに天国に持っていってもらった。
 なんとかという大学の先生が家に来て歴史的に価値があるとか言ってきて大学に展示したいと申し出てきたが、パパもママももちろん私も展示なんてさせるつもりはない。おばあちゃんが大事にしていた手紙はおばあちゃんだけの物だ。天国に持っていってもらうことに決めていた。内容の写しや複写は私が持っているが家族以外には内緒にしている。
 おばあちゃんには、おばあちゃんが書き溜めた沢山の手紙も持っていってもらった。本当なら、おじいちゃんが読むはずだった手紙だ。内容は、おばあちゃんしか知らない、家族の誰も中身を開けて居ない。おばあちゃんとおじいちゃんだけが読めればいい。

 おばあちゃん・・・。天国に迷わずに行けたかな?おじいちゃんと会えたかな?
 パパやママの事も私の事も弟の事もおじいちゃんに話してくれたかな?それとも、手紙に書いてくれておじいちゃんが読んでくれたのかな?

 天国に手紙を送る事ができたらおじいちゃんにもいろいろ聞いてみたいな。
 私が知っているおばあちゃんの事も教えるから、代わりに若い頃のおばあちゃんの事や歴史の事を教えてほしいな。
 そうしたら、私の日本史の成績も上がるかな?
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