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【第1部】3.闘争
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しばらくすると、周囲は静かになった。
その場にいるのはトモと連れの男、そして聡子だけだ。
「トモさん!」
どうしようどうしよう、と聡子はポケットからハンドタオルを取り出し、トモの額を拭った。
「どうしよう、おでこじゃない、こめかみだ……。血が止まらない……救急車呼ばなきゃ……」
スマホをバッグから出そうとすると、その手をトモが掴んだ。
「呼ぶな」
「呼ぶなって……トモさんが死んじゃう……!」
大した怪我じゃない、とトモは言った。
ハンドタオルで止血を試みるが、すぐに真っ赤に染まってゆく。
「血が止まらないよ、どうしよう、どうしよう……わたしのせいで……どうしよう」
「平気だ」
トモは手でこめかみを拭った。
手も服も血まみれた。
聡子の手も血に染まってゆく。
泣きじゃくるだけだ。
「死んじゃう……救急車呼ばなきゃ死んじゃう……!」
「呼ばなくていい」
わたしのせいで、と聡子はトモのこめかみをハンドタオルで押さえながら泣き叫んだ。
「そうだな、嬢ちゃん……おまえのせいだな」
「ごめんなさい」
(前は「あんた」だったのに「おまえ」になってる。めちゃくちゃ怒ってる)
「つーかなんでここにいるんだよ。おまえがここにいなけりゃさっさと片付いてたのに」
「そんな……」
トモがギロリと、でも力なく睨んだ。
「なんでついてきた」
「なんでって……」
そんなのわからない、と聡子は泣き続けるしかなかった。
ごめんなさいごめんなさい、と泣き叫んだ。
ハンドタオルはもう血塗れだった。
「まあいい。とりあえず、おまえに大きな怪我がなくてよかったよ」
トモは聡子の頭をぽんぽんと叩いた。
「ちょっと顔が汚れちまったな。せっかくの可愛い顔が台無しだ」
「そんなこと言われたことありませんっ、そんな冗談言ってないで、血をなんとかしなきゃいけないのに、どうしようどうしよう」
さっきからどうしようしか言っていない気がするが、そんなことを振り返る余裕はない。涙が零れようが、鼻水は垂れようが、自分の顔に構っていられない。
「可愛いけどな。気が強いところも可愛いもんだ。惜しいな、ガキじゃなけりゃな、俺の好みなんだけどな」
「もうこんなときにふざけないでくださいっ」
ふいに周囲が騒がしくなる気配を感じた。
「トモさん」
「まずいな、人が来る」
トモと連れは、急いでその場から立ち上がった。
「おまえも早くここから移動しろ」
「えっ」
「俺のことはいいから早く行け」
「でも血が……怪我がっ……病院に行かなきゃ……わたしのせいで……!」
「わかったから。おまえのせいには違いないから」
トモは力なく笑っている。
「死なないでくださいっ!」
「死なねえよこの程度で」
「でも……でも……大量出血……」
「死にそうだけど死なねえのが俺なんだよ」
ほんとに死なないですか、と聡子はぐちゃぐちゃの顔で止まらないトモの血を拭う。
「どうしたら……どうしたら……」
「じゃあ許してやるから、俺に抱かれてみるか?」
「……は?」
聡子の涙が一瞬止まった。
「なんて言ったら怒るよな」
「ふざけないで下さい! わたしはほんとに……!」
「わかったって。まあ半分は冗談だ。おまえのせいだけど別におまえを責めたりしねえからよ」
そんな、と聡子はトモを見上げる。
「悪いと思うなら……今見たことはすべて忘れろ。そして……俺を見かけても、もう近づくな。もし誰かに何か訊かれても、知らねえって言え。いいな、わかったな」
「どうして」
「どうしてでもだ! 今度声かけてきたらおまえを襲うぞ」
「わ、わかりました」
と聡子は何度も首を縦に振った。
「次に会うことがあったら……そうだな、おまえの初めてを寄越せ。彼氏いないんだろ」
「わ、わかりました……なんでもあげますから! だから助かって……ううっ……」
「いいのかよ」
「で、でもガキは守備範囲外ですよね?」
「嫌だってことか? チャラにしてやるってのに」
「……チャラになるんですか。いいですよ、トモさんが死なないって約束してくれるなら! 絶対助かってくれるなら!」
「はは。ほんとかよ。わかった。でも心配すんな。もう二度と会うことはないだろうけどな。会うことがあったとしても。その頃にはおまえは誰かのもんになってるだろうよ。おまえはきっといい女になってるから」
トモの連れの男は、呆れた顔をして二人のやりとりを聞いている。トモの女好きをわかっているのか、
「この後に及んで、またそんなことを。女好きも大概にしてください。ほら、早く」
と言っているのが聞こえた。彼は聞きながらも、トモの怪我を心配しているようで、血を拭っていた。
「トモさん、いっぱい怪我してますよ……どうするんですか? 止まらない、なんで止まらないの……どうしよう……」
トモの血も、聡子の止まった涙がまた溢れ出す。
「ほんとに俺は平気だよ。心配しなくていい。で、おまえは立てるか?」
弱々しく聡子に言った。
「だ、大丈夫です……」
「ならよかった。ほら、早く行け」
トモが、聡子の血塗れのハンドタオルを奪い取った。血で汚れた聡子の手を自分のジャケットで拭うと、聡子の頭をまたぽんぽんと撫でた。
「気が強ぇのも大概にしとけよ」
「ちゃんと治療して下さいっ」
「わかったよ。じゃあな」
額から血を流したまま、トモは仲間と共に消えていった。
パトカーだろうか、サイレンの音が近づいていることに気づき、聡子はへっぴり腰ながら慌ててその場から逃げ出した。
あの人はあれからどうしただろう、無事だったのかな、と聡子は不安だった。
新聞を見るが、特にヤクザ等の抗争などについての記事はない。SNSも検索してみるが、目撃情報などあのことに関する情報はない様子だ。
あれからは、バイト先のファミレスに彼は現れなかった。
ふとあの場所に行ってもみたが、血の後も消え、何事もなかったかのような街角がそこにはあった。
──全て、現実にあったことなのかもわからなくなってしまった。
その場にいるのはトモと連れの男、そして聡子だけだ。
「トモさん!」
どうしようどうしよう、と聡子はポケットからハンドタオルを取り出し、トモの額を拭った。
「どうしよう、おでこじゃない、こめかみだ……。血が止まらない……救急車呼ばなきゃ……」
スマホをバッグから出そうとすると、その手をトモが掴んだ。
「呼ぶな」
「呼ぶなって……トモさんが死んじゃう……!」
大した怪我じゃない、とトモは言った。
ハンドタオルで止血を試みるが、すぐに真っ赤に染まってゆく。
「血が止まらないよ、どうしよう、どうしよう……わたしのせいで……どうしよう」
「平気だ」
トモは手でこめかみを拭った。
手も服も血まみれた。
聡子の手も血に染まってゆく。
泣きじゃくるだけだ。
「死んじゃう……救急車呼ばなきゃ死んじゃう……!」
「呼ばなくていい」
わたしのせいで、と聡子はトモのこめかみをハンドタオルで押さえながら泣き叫んだ。
「そうだな、嬢ちゃん……おまえのせいだな」
「ごめんなさい」
(前は「あんた」だったのに「おまえ」になってる。めちゃくちゃ怒ってる)
「つーかなんでここにいるんだよ。おまえがここにいなけりゃさっさと片付いてたのに」
「そんな……」
トモがギロリと、でも力なく睨んだ。
「なんでついてきた」
「なんでって……」
そんなのわからない、と聡子は泣き続けるしかなかった。
ごめんなさいごめんなさい、と泣き叫んだ。
ハンドタオルはもう血塗れだった。
「まあいい。とりあえず、おまえに大きな怪我がなくてよかったよ」
トモは聡子の頭をぽんぽんと叩いた。
「ちょっと顔が汚れちまったな。せっかくの可愛い顔が台無しだ」
「そんなこと言われたことありませんっ、そんな冗談言ってないで、血をなんとかしなきゃいけないのに、どうしようどうしよう」
さっきからどうしようしか言っていない気がするが、そんなことを振り返る余裕はない。涙が零れようが、鼻水は垂れようが、自分の顔に構っていられない。
「可愛いけどな。気が強いところも可愛いもんだ。惜しいな、ガキじゃなけりゃな、俺の好みなんだけどな」
「もうこんなときにふざけないでくださいっ」
ふいに周囲が騒がしくなる気配を感じた。
「トモさん」
「まずいな、人が来る」
トモと連れは、急いでその場から立ち上がった。
「おまえも早くここから移動しろ」
「えっ」
「俺のことはいいから早く行け」
「でも血が……怪我がっ……病院に行かなきゃ……わたしのせいで……!」
「わかったから。おまえのせいには違いないから」
トモは力なく笑っている。
「死なないでくださいっ!」
「死なねえよこの程度で」
「でも……でも……大量出血……」
「死にそうだけど死なねえのが俺なんだよ」
ほんとに死なないですか、と聡子はぐちゃぐちゃの顔で止まらないトモの血を拭う。
「どうしたら……どうしたら……」
「じゃあ許してやるから、俺に抱かれてみるか?」
「……は?」
聡子の涙が一瞬止まった。
「なんて言ったら怒るよな」
「ふざけないで下さい! わたしはほんとに……!」
「わかったって。まあ半分は冗談だ。おまえのせいだけど別におまえを責めたりしねえからよ」
そんな、と聡子はトモを見上げる。
「悪いと思うなら……今見たことはすべて忘れろ。そして……俺を見かけても、もう近づくな。もし誰かに何か訊かれても、知らねえって言え。いいな、わかったな」
「どうして」
「どうしてでもだ! 今度声かけてきたらおまえを襲うぞ」
「わ、わかりました」
と聡子は何度も首を縦に振った。
「次に会うことがあったら……そうだな、おまえの初めてを寄越せ。彼氏いないんだろ」
「わ、わかりました……なんでもあげますから! だから助かって……ううっ……」
「いいのかよ」
「で、でもガキは守備範囲外ですよね?」
「嫌だってことか? チャラにしてやるってのに」
「……チャラになるんですか。いいですよ、トモさんが死なないって約束してくれるなら! 絶対助かってくれるなら!」
「はは。ほんとかよ。わかった。でも心配すんな。もう二度と会うことはないだろうけどな。会うことがあったとしても。その頃にはおまえは誰かのもんになってるだろうよ。おまえはきっといい女になってるから」
トモの連れの男は、呆れた顔をして二人のやりとりを聞いている。トモの女好きをわかっているのか、
「この後に及んで、またそんなことを。女好きも大概にしてください。ほら、早く」
と言っているのが聞こえた。彼は聞きながらも、トモの怪我を心配しているようで、血を拭っていた。
「トモさん、いっぱい怪我してますよ……どうするんですか? 止まらない、なんで止まらないの……どうしよう……」
トモの血も、聡子の止まった涙がまた溢れ出す。
「ほんとに俺は平気だよ。心配しなくていい。で、おまえは立てるか?」
弱々しく聡子に言った。
「だ、大丈夫です……」
「ならよかった。ほら、早く行け」
トモが、聡子の血塗れのハンドタオルを奪い取った。血で汚れた聡子の手を自分のジャケットで拭うと、聡子の頭をまたぽんぽんと撫でた。
「気が強ぇのも大概にしとけよ」
「ちゃんと治療して下さいっ」
「わかったよ。じゃあな」
額から血を流したまま、トモは仲間と共に消えていった。
パトカーだろうか、サイレンの音が近づいていることに気づき、聡子はへっぴり腰ながら慌ててその場から逃げ出した。
あの人はあれからどうしただろう、無事だったのかな、と聡子は不安だった。
新聞を見るが、特にヤクザ等の抗争などについての記事はない。SNSも検索してみるが、目撃情報などあのことに関する情報はない様子だ。
あれからは、バイト先のファミレスに彼は現れなかった。
ふとあの場所に行ってもみたが、血の後も消え、何事もなかったかのような街角がそこにはあった。
──全て、現実にあったことなのかもわからなくなってしまった。
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