大人の恋愛の始め方

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【第1部】8.都合のいい女

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***

 トモの働く飲食店に、見覚えのある顔があった。
「これ、3番テーブル。よろしく」
「はーい」
 厨房から客席が見えた。
(あれは……ミヅキ……なわけないか?)
 料理を作りながら、チラチラと伺う。
(やっぱりミヅキか……)
 連れが男であることも確認できた。
(あれは……俺以外でミヅキを指名するヤツ……川村酒造の御曹司か)
 胸の奥から黒いものがこみ上げてくるのを感じた。
(なんだよ……やっぱり、他の男にも股開いてんじゃねえかよ!)
 会話はよく聞こえないが、川村は聡子を熱心に口説いているように見える。
「この店、すごい美味しいから、ミヅキちゃんを連れてきたかったんだよね」
 トモは見つからないようにしつつも、聡子たちの様子をうかがった。


***

「また一緒に出かけてくれる?」
「…………」
 聡子は困惑した。
 酒造カフェのあと、ドライブをして、夜はこの店に連れてきてくれた。
「あの……わたし、こういうお店は初めてで……」
「ほんとに? ほかのお客さんとは?」
「いえ、こうして出かける事自体なくて」
「そうなんだ!」
 川村は嬉しそうだ。
 自分だけだ、というバッジの喜びに浸っているのだろう。
 確かにこの店の料理は美味しかった。自分では作れない、食べたことのない料理が出てきたし、デザートもとても美味しかった。
 外食をすることはほぼないし、あったとしても自分がかつてバイトをしていたようなファミレスだけだ。もちろんファミレスの料理もご馳走には違いないし、安くて美味しいものがたくさんある。狭い世界しか知らない自分には、このおしゃれな店の料理が新鮮だった。
 こういうお店を知っているなんて、やっぱり世界が違う人なんだな、と感じた。 
「僕のことボンボンと思ってない?」
「……いえー……」
「あ、なに、その間。ちょっと思ってるよね? まあ、確かにボンボンかも。だけど、それだけって思われたくないし、いずれ人の上にたつなら、ちゃんと勉強しておかないとって思ってさ。こういういいお店に行くのも、ただ闇雲に行ってるわけじゃないよ」
 この人は思っている以上に真面目で勤勉家なんだ、と思った。自分の浅はかなイメージを払拭した。
「まあ、そのせいで、あんまり女性と接する機会もないんだけど」
 ついミヅキちゃんに目がいっちゃってさ、と笑う。
「つい、って……次期社長の人が、水商売の女になんて……」
「そんなふうに言っちゃだめだよ」
 需要があるからこの商売があるんだ、と川村は言った。
「ホステスさんってさ、頭の回転早いし、気が利くし、話上手だよね。あと、すごく記憶力がいい。営業向きだなって思うよ」
 確かに、と聡子は頷く。
 先輩ホステスたちを見ていると、一度来てくれた客の顔と名前をほぼ忘れないし、会話も記憶している者が多い。
「第一、ミヅキちゃんが仕事をしていても、ミヅキちゃんはミヅキちゃんだし」
(川村さんって……)
 今日でイメージ変わった気がする、と感じた。
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