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【第1部】8.都合のいい女
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「ミヅキ!」
人違いかと思ったが、何時間か前に見た聡子の恰好に間違いがなかったことで、トモは名前を呼んだ。
ベンチに座った聡子は、トモを見るとくしゃっと笑った。
トモは車を降り、聡子の元へ駆け寄った。
(デートだったんじゃねえのかよ)
のろのろと立ち上がった聡子の肩を抱き、車の助手席に乗せた。
「走るぞ。おまえんちの近くの駅まで乗せてく」
以前、聡子が高校生の頃、クリスマスイブに電車で痴漢に遭ったが、その時にどの駅で降りるかを聞いたことがあった。その駅でよかったはずだ。
助手席の聡子の顔を見ると、泣いた痕が見えた。
嫌な予感がした。
トモは自分の働く店に来た二人の姿を思い出す。あの時は楽しそうに、少なくとも男のほうはそう見えた。聡子のほうは楽しそうだったかというと、そうだったかはわからない。
今日は男と出かけたんだろ、なんて訊きたくはない。彼女に関心があると思われたくないのだ。
「どうかしたのか? こんな夜に一人であんなところで。いきなり『会いたい』だなんて。おまえから誘うのって初めてだな。今日予定があったんだろ」
「うん……」
一言聞くことができたらいいが、トモはそれをしたくない。
(男はどうした? ちゃんと送ってくれなかったのか?)
トモは聡子を送った。
聡子も何も言わなかった。
「トモさん……ありがとうございました」
「おう」
聡子に見つめられ、トモは心臓が痛んだ。
(何か話したいことがあれば言えばいいのに)
「なあミヅキ、もう少しだけ、ドライブ行くか。明日休みだろ?」
彼女はただ頷いた。
トモは聡子をドライブに連れ出す。
そういえば毎日遅くて家族は心配しないのだろうか。確か母親と弟がいると言っていた。父親に押し付けられた借金を母親と一緒に返済している様子だ。弟は高校生だと聞いた気がする。
(まあ大人だしな)
「……で、何かあったのか? おまえがメッセージ寄越すくらいなんだから」
そう言うのが精一杯だった。
「トモさんは、好きでもない人にキスされるって……どういう気持ちですか?」
「……は?」
「好きでなくても、誰でもヤれるって……トモさんは言ってましたから、そういうのは平気ですか?」
質問という名のカミングアウトだと悟った。
「もし、わたしにキスされてもどうも思わないでしょ……? 本番が出来ればいいわけですし」
聡子はあの男に、強引に何かされたのだと察した。
泣いた痕があるということは何かをされて抵抗したのだろう。
身体を許したのか、いや泣くくらいは抵抗しただろうから、許してはいないか。
じゃあキスは──されたのだろう、そして逃げ出してきた。
だから一人で歩いていたのだと思った。
あの男に何されたんだよ、と怒りがわき上がる。
(けど俺自身はミヅキのセフレでしかねえ、怒る権利も筋合いもねえんだよな。ミヅキは……俺に気があるようだけど。いや、さんざん身体だけの関係持って、もうさすがに惚れてはないか)
トモはいつものように人気のない場所に車を止め、シートベルトを外すと、聡子の唇を貪った。
シートを倒し、トモは有無を言わせずに車のなかで聡子を激しくかき抱いた。
嫌がる様子はない。
彼女は当たり前のようにトモを受け入れている。少し乱暴に抱いてしまったが、彼女は嫌な顔をしていない。ほっとしたような嬉しそうな表情を見せていた。
トモは昼間のことがずっとくすぶっていて、聡子に当たってしまっていた。
「どうかしたんですか……?」
トモは答えない。
トモは聡子の両頬を挟み、じっと見つめる。
「それはこっちの台詞だ」
「トモ……さん……?」
ひどく悲しそうに聡子を見つめた。
「……悪い、ひどくしたな。こんなところで」
「い、いえ……」
トモは優しいキスを落とした。
「俺は好きでもないヤツにキスされたとしても、なんとも思わねえけど……おまえがイヤなら俺はしねえよ」
「え……」
先程の質問に答えていなかったことを思い出し、ふいに答えた。聡子はきょとんとしたが、質問の回答だと気づいた様子だ。
「嫌じゃないです。トモさんとするのは、嫌じゃないです」
「俺も、おまえのキスは嫌じゃねえよ」
聡子が破顔した。
聡子の気持ちがあふれているのを感じた。しかしそれに応えるわけにはいかない。自分に言い聞かせた。
車を発進させ、聡子の自宅の最寄り駅まで送り届けた。
「今日、突然だったのに、ありがとうございました」
「いや、いいよ。ちょうど帰るとこだったし」
「お疲れのところすみませんでした」
「気にするな。俺は思いがけずおまえを抱けたしな」
「……そうですか」
彼女は耳を真っ赤にしている。
もう慣れただろうと思っていたのに、まだ羞恥心があるようだ。
「早く風呂入って寝ろ」
「……はい。トモさんも」
聡子が自転車に乗って夜道を走って行くのを見送った。
「ミヅキ!」
人違いかと思ったが、何時間か前に見た聡子の恰好に間違いがなかったことで、トモは名前を呼んだ。
ベンチに座った聡子は、トモを見るとくしゃっと笑った。
トモは車を降り、聡子の元へ駆け寄った。
(デートだったんじゃねえのかよ)
のろのろと立ち上がった聡子の肩を抱き、車の助手席に乗せた。
「走るぞ。おまえんちの近くの駅まで乗せてく」
以前、聡子が高校生の頃、クリスマスイブに電車で痴漢に遭ったが、その時にどの駅で降りるかを聞いたことがあった。その駅でよかったはずだ。
助手席の聡子の顔を見ると、泣いた痕が見えた。
嫌な予感がした。
トモは自分の働く店に来た二人の姿を思い出す。あの時は楽しそうに、少なくとも男のほうはそう見えた。聡子のほうは楽しそうだったかというと、そうだったかはわからない。
今日は男と出かけたんだろ、なんて訊きたくはない。彼女に関心があると思われたくないのだ。
「どうかしたのか? こんな夜に一人であんなところで。いきなり『会いたい』だなんて。おまえから誘うのって初めてだな。今日予定があったんだろ」
「うん……」
一言聞くことができたらいいが、トモはそれをしたくない。
(男はどうした? ちゃんと送ってくれなかったのか?)
トモは聡子を送った。
聡子も何も言わなかった。
「トモさん……ありがとうございました」
「おう」
聡子に見つめられ、トモは心臓が痛んだ。
(何か話したいことがあれば言えばいいのに)
「なあミヅキ、もう少しだけ、ドライブ行くか。明日休みだろ?」
彼女はただ頷いた。
トモは聡子をドライブに連れ出す。
そういえば毎日遅くて家族は心配しないのだろうか。確か母親と弟がいると言っていた。父親に押し付けられた借金を母親と一緒に返済している様子だ。弟は高校生だと聞いた気がする。
(まあ大人だしな)
「……で、何かあったのか? おまえがメッセージ寄越すくらいなんだから」
そう言うのが精一杯だった。
「トモさんは、好きでもない人にキスされるって……どういう気持ちですか?」
「……は?」
「好きでなくても、誰でもヤれるって……トモさんは言ってましたから、そういうのは平気ですか?」
質問という名のカミングアウトだと悟った。
「もし、わたしにキスされてもどうも思わないでしょ……? 本番が出来ればいいわけですし」
聡子はあの男に、強引に何かされたのだと察した。
泣いた痕があるということは何かをされて抵抗したのだろう。
身体を許したのか、いや泣くくらいは抵抗しただろうから、許してはいないか。
じゃあキスは──されたのだろう、そして逃げ出してきた。
だから一人で歩いていたのだと思った。
あの男に何されたんだよ、と怒りがわき上がる。
(けど俺自身はミヅキのセフレでしかねえ、怒る権利も筋合いもねえんだよな。ミヅキは……俺に気があるようだけど。いや、さんざん身体だけの関係持って、もうさすがに惚れてはないか)
トモはいつものように人気のない場所に車を止め、シートベルトを外すと、聡子の唇を貪った。
シートを倒し、トモは有無を言わせずに車のなかで聡子を激しくかき抱いた。
嫌がる様子はない。
彼女は当たり前のようにトモを受け入れている。少し乱暴に抱いてしまったが、彼女は嫌な顔をしていない。ほっとしたような嬉しそうな表情を見せていた。
トモは昼間のことがずっとくすぶっていて、聡子に当たってしまっていた。
「どうかしたんですか……?」
トモは答えない。
トモは聡子の両頬を挟み、じっと見つめる。
「それはこっちの台詞だ」
「トモ……さん……?」
ひどく悲しそうに聡子を見つめた。
「……悪い、ひどくしたな。こんなところで」
「い、いえ……」
トモは優しいキスを落とした。
「俺は好きでもないヤツにキスされたとしても、なんとも思わねえけど……おまえがイヤなら俺はしねえよ」
「え……」
先程の質問に答えていなかったことを思い出し、ふいに答えた。聡子はきょとんとしたが、質問の回答だと気づいた様子だ。
「嫌じゃないです。トモさんとするのは、嫌じゃないです」
「俺も、おまえのキスは嫌じゃねえよ」
聡子が破顔した。
聡子の気持ちがあふれているのを感じた。しかしそれに応えるわけにはいかない。自分に言い聞かせた。
車を発進させ、聡子の自宅の最寄り駅まで送り届けた。
「今日、突然だったのに、ありがとうございました」
「いや、いいよ。ちょうど帰るとこだったし」
「お疲れのところすみませんでした」
「気にするな。俺は思いがけずおまえを抱けたしな」
「……そうですか」
彼女は耳を真っ赤にしている。
もう慣れただろうと思っていたのに、まだ羞恥心があるようだ。
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「……はい。トモさんも」
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